渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。
少し前、あるコマーシャルに目が留まった。携帯電話を両手に持って忙しげに話す男が、ふとバーに入ると、そこにはビールを片手に楽しげに踊る人たちが。それで、忙しそうだった男も電話をしまってビールを手に踊り出すという、この手の宣伝にありがちな能天気な内容であった。
何がヘンって、みんながビールを手に持っているのに誰も口をつけないところが不思議だったのだが、次の瞬間、ああそうか、アメリカではアルコールのコマーシャルでは飲んでいる場面を見せてはいけないのだった、と思い当たった。
日本では、「のどごし爽快! ごくごく、ぷはーっ」などと、ビールをいかにもおいしそうに飲み干すシーンがお約束だが、アメリカではこれはご法度である。また、視聴者の約3割以上が未成年である番組では、アルコールの宣伝はしないことになっている。
これらはテレビ局やアルコール飲料会社による自主規制だが、FCC(連邦通信委員会)は、子ども向けの番組の宣伝には以下のようなルールを設けている。本編の番組に出ているキャラクターがコマーシャルに登場しないこと。また、宣伝の総時間も1時間以内に10.5 ~ 12分(曜日による)までなどと決められているそうだ。メディアの 影響 を受けやすい子どもを守るための規制なのである。
アメリカのコマーシャルの中でもユニークなのは、新薬の宣伝である。「夜、なかなか眠りにつけなくてお困りですか? 夜中に何度も起きてしまう? そんな方はぜひネヨルムをお試しください。寝つきがよくなるだけでなく、朝までずっと眠れます」
こんなふうにごく普通に始まるコマーシャルだが、その後、訴訟大国アメリカならではの 展開 になる。
「ネヨルムを飲んだら、車の運転や重機による 作業 などはおやめください。目覚めないうちから歩き回ったり、また、まれに混乱したり、興奮したりという異常行動や、幻覚などの症状が出る場合もあります。アレルギー反応として、動悸(どうき)や頭痛、吐き気などが生じ、時に致命的になることもあります。気分が落ち込み、自殺の恐れもありますからご注意ください・・・」などなど。問題が起こったときに「いや、注意したでしょ」と言えるように、すべてのリスクを 先に 挙げておくというわけだ。処方箋が必要な薬( prescription drug)なので、「医師の診断により服用してください」という一文も付く。このような新薬のコマーシャルがラジオで流されるときには、リスクの数々が、早回しかというぐらいにものすごい早口で語られて、もはや「伝える」ことが目的ではなく、「言った」という事実だけが大事なのだなと思わされる。
イラスト:尾崎仁美
日米のコマーシャルの違いを語るときによく言われるのは、日本では有名人が起用されるが、アメリカでは違うということだ。たしかに、日本のテレビコマーシャルにはその時の人気者がずらりと出てくるけれど、アメリカでは、無名の役者がほとんどである。制作費を抑えたいという意図もあるのだろうが、アメリカではコマーシャルに出る=落ち目、売れない、という固定観念があり、そんなイメージがつくのを嫌うから、という説もある。昔も今も、テレビは映画よりも下に見られているし、テレビコマーシャルとなるとその中でもさらに下、ということであろう。唯一の例外と言えば、アメリカンフットボールの優勝決定戦「スーパーボウル」。この時には、第一線のスターが起用され、気合の入ったコマーシャルが作られる。
そんなアメリカのハリウッドスターたちが、日本のテレビコマーシャルに出て、本国では見せないようなコミカルな一面を見せたりすることもある。健康ドリンクのコマーシャルで、宮沢りえに「シュワちゃん」などと呼ばれていたシュワルツェネッガーとか(例えが古くてすみません)。昔は、そのような出稼ぎの姿は日本にのみとどまっていたものだが、今ではSNSにより瞬時に世界中に拡散してしまうから、ハリウッドスターたちも出演には慎重になっている かもしれない 。
たまに日本に行ってテレビを見るアメリカ生まれのウチの娘は、日本のコマーシャルのサウンドロゴを聞くと、「日本だなあ」としみじみするそうである。コマーシャルの最後の方に、女性の高い声でひと言「カゴメ♪」とかいうアレである。そう言われてみると、アメリカのコマーシャルにはそういうのはあまりない。あったとしても、「You’ll find it at Fred Meyer ♪」という具合に長い。日本はサウンドロゴもコンパクトなのであった。
あれこれ書いたが、実はコマーシャルを見ることが少なくなってきている。ケーブルテレビの加入をやめたので、最近はストリーミングしか見ていないのだ。ストリーミングにもCMは入るが、数も種類も 少ない 。スマホやPCでいろいろ見ては楽しんでいる中3の娘の、映像に触れる時間は私の子どもの頃とおそらく変わらないだろうが、見ているコマーシャルの数や時間は相当 少ない と思われる。新商品などの情報をどうやって世間に伝えていくのか。企業の担当者は、頭を悩ませているのではないだろうか。
アメリカのオレゴン州ってどんなところ?
アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。
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