“My dear, I don’t give a damn.”【英米文学この一句】

“My dear, I don’t give a damn.”【英米文学この一句】

翻訳家の柴田元幸さんが、英米現代・古典に登場する印象的な「一句」をピックアップ。その真意や背景、日本語訳、関連作品などに思いを巡らせます。シンプルな一言から広がる文学の世界をお楽しみください。

My dear, I don’t give a damn.

_Margaret Mitchell, Gone with the Wind (1936)

英語圏で一番読まれている 文芸誌はロンドンに拠点を置く Granta だが、その Granta が 1991年に「家族」の特集を組んで、表紙に “They f**k you up”(「奴らは君を駄目にする」) という一文を、**の部分もし っかり隠さずに書いた。これに抗議が殺到し、「もうGrantaは 購読しない!」という声も多く上がったという。マーク・ト ウェインの名著Adventures of Huckleberry Finnが、黒人を意 味する、(現在では)絶対禁句の一語n****rが使われ ているという理由でたびたびアメリカの図書館で禁書となってきたのと同様の話である。言葉の「汚さ」というのは、外国人にはなかなか実感しにくい。

『風と共に去りぬ』の映画版が1939年に公開されたときも、この damnという言葉が問題になった。俺はこの女性を愛しているのだと自分に言い聞かせつづけ、我慢に我慢を重ねてきたレット・バトラー=クラーク・ ゲーブルが、とうとう愛想をつかして去っていこうとするとき、あなたがいなくなったら私はどうしたらいいの、と訴えるスカーレット・オハラ=ヴィヴィアン・ リーに向かって、一言

Frankly, my dear, I don’t give a damn.

正直言って、俺の知ったこっちゃないね。

と言い捨てるのだ。“Frankly” は原作にはなく、またレットがこの一言を吐く前の最後の迷いも映画では省か れているが、流れは原作に忠実である。

ここで、とうとうレットが出ていったあとにスカーレットが考えることがいかにも彼女らしい。

“I won’t think of it now,” she thought grimly, summoning up her old charm. “I’ll go crazy if I think about losing him now. I’ll think of it tomorrow”

「いま考えるのはよそう」と彼女はいつ もの呪文を厳めしい思いで呼び 起こした。「いま彼を失うことを 考えたら頭がおかしくなってし まう。明日考えよう」

スカーレットという人は先送りの大家であり、どんな悩み事があっても「明日考えよう」と言って寝てしまう(そして明日には考えな い)。 “My dear, I don’t give a damn” と同じくらい有名な一句は、この長い小説を締めくくる

After all, tomorrow is another day.

何と言っても、明日は明 日の風が吹くんだから。

である。

damnという語に戻れば、戦前の小説などを読んで いると、時おりd̶nという書き方に行きあたるが、 現在ではもうf**kやn****rに較べればだいぶマイ ルドな言葉となった。何十年か前の話だが、ある日本人家族が一家でアメリカに移り住み、子供が初めて登校する日に母親が「いじめられたら、“Don’t!” って言うのよ」と言い聞かせて送り出したが、帰ってきた子供は「お母さん、“Don’t!” なんて誰も言わないよ― 『駄目!』って言えばいいんだよ」と報告した。これは “Damn it!” のことだろう。言われてみれば、たしかにそっくり・・・。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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  • 作者:柴田 元幸
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 単行本
 
【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/12/17
  • メディア: 単行本
 

文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年11月号に掲載された記事を再編集したものです。