どこまで「戻る」か/スチュアート・ダイベック【英米小説翻訳講座】

英米小説翻訳講座

翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。

紹介する作家:スチュアート・ダイベック

Stuart Dybek

1942 年アメリカ、イリノイ州シカゴ生まれ。自身の故郷シカゴを舞台にした短篇が特徴。1990 年の短篇集『シカゴ育ち』に収められた短篇3 作でO・ヘンリー賞を受賞、ほかの作品にI Sailed with Magellan(『僕はマゼランと旅した』)など。

『A Minor Mood』

She taught Lefty to play the measuring spoons like castanets in accompaniment to her gypsylike singing. She was playing the radiators with a ladle as if they were marimbas. Lefty was up, out of bed, flushed, but feeling great, and in steam that was fading to wisps, he was dancing with his gran. Her girlish curls tossed as around and around the room they whirled, both of them singing, and one or the other dizzily breaking off the dance in order to beat or plunk or blow some instrument they’d just invented: Lefty strumming the egg slicer; Lefty’s Gran oompahing an empty half gallon of Dad’s old-fashioned root beer; Lefty bugling “Sunshine”*1 through the cardboard clarion at the center of a toilet-paper roll; Lefty’s Gran chiming a closet of empty coat hangers; Lefty shake-rattle-and-rolling*2 the silverware drawer; Lefty’s Gran Spike Jonesing*3 the vacuum cleaner; Lefty, surrounded by pots and lids, drum-soloing with wooden spoons; while Lefty’s Gran, conducting with a potato masher, yelled, “Go, Krupa, go!”*4

(“A Minor Mood”*5)

*1 “Sunshine”: この小説で何度か言及される有名なポピュラーソング“You Are My Sunshine”(1939 年作)のこと。 *2 shake-rattle-androlling: 初期ロックンロールのヒット曲“Shake, Rattle and Roll”(1954)から。 *3 Spike Jonesing: 楽器以外の音をコミカルに取り込む冗談音楽の大家スパイク・ジョーンズ(1911-65)から。 *4 “Go, Krupa, go!”: ベニー・グッドマン楽団のドラマーGene Krupa(1909-73)から。 *5 “A Minor Mood”: クリフォード・ブラウンの“Minor Mood”(1953)から。このタイトル自体、音楽用語の“minor mode”(短音階)を踏まえている。

祖母ちゃんはレフティを仕込んで、自分のジプシー っぽい歌い方に合わせて、計量スプーンをカスタネッ トみたいに叩くことを教えた。祖母ちゃんもおたまで スチームをマリンバみたいに叩いた。レフティはもう ベッドを出て起きていた。まだ顔は熱っぽかったけれ ど気分はすっかりよくなって、糸のように細くなってき た湯気のなかで祖母ちゃんと踊っていた。二人とも歌いながら、一緒に部屋をぐるぐるぐるぐる回ると祖母 ちゃんの若やいだカールが揺れた。そのうちに、どち らか一方がくらくらした頭で踊りを中断し、たったいま 発明したばかりの楽器を叩くなり弾くなり吹くなりする ―レフティは卵スライサーをかき鳴らし、祖母ちゃ んは父さんの古めかしいルートビアの半ガロン瓶をホ ルンみたいにふーふー吹く。レフティがトイレットペー パーの芯をボール紙製のラッパに仕立てて「サンシャ イン」を奏でれば、祖母ちゃんはクローゼットに並ん だコートハンガーをチャイムみたいに鳴らす。レフテ ィは食器の引き出しでシェイク=ラトル=アンド=ロー ルし、祖母ちゃんは掃除機でスパイク・ジョーンズす る。鍋カマに囲まれたレフティが木のスプーンでドラ ムソロをくり広げる。祖母ちゃんはポテトマッシャーで 指揮を執とり、「ゴー・クルーパ、ゴー!」とわめいた。(「マイナー・ムード」)

前回はさまざまな音楽を百科事典的に引用する作家リチャード・パワーズを論じた。今回は、個人の小さな人生のなかに音楽を味わい深くしみ込ませる書き手スチュアート・ダイベックを取り上げる。

ダイベック作品の音楽は、人と人とのつながりと、隔たりとを同時に表しているように思えることが多い。上の階から聞こえてくるショパンのメロディ、陸橋のトンネルの向こう側から聞こえてくる黒人の少年たちのハーモニー、夜更けのアパートの窓から漂ってくるロシアオペラ。どれも音楽を奏でる人と聴く人とをひそかに連帯させ、と同時に、両者のあいだの埋めがたい隔たりも暗に示している。左で引用した箇所などは、お祖母ちゃんと孫が楽しく音楽しているシーンで、そういう隔たりも一見なさそうだが、これは人生をほぼ棒に振ってしまった中年男の回想であり、その現在と過去の落差と、記憶がもたらすかすかな救いとがポイントなので、やはり同じような二重性がある。

音楽へのこういう言及に注をつけるかどうかは、いつも迷うところである。原則としてはなるべく注をつけず、文章の流れ・勢いで感じを摑んでもらう方がいいように思う。

ダイベックを訳す上でもうひとつ大事なのが、少年の語り口である。一般的に言って、少年・少女小説の語り口は対照的な二極が想定できる。一方の極は、気持ちも完全に子供に戻りきった語りであり、もう一方の極は、それほど戻らず、大人の目のまま、距離を置いて子供のころを眺めている語り。現実のもろもろの訳は、両極を結ぶ線のどこかに位置することになる。たとえば―

The winter Dzia-Dzia came to live with us in Mrs. Kubiac’s building on Eighteenth Street was the winter that Mrs. Kubiac’s daughter, Marcy, came home pregnant from college in New York. Marcy had gone there on a music scholarship, the first person in Mrs. Kubiac’s family to go to high school, let alone college.

(“Chopin in Winter”)

(a)ぼくたち一家は、18 番通りにある、クービアッ クのおばさんが大家さんのアパートに住んでいた。 そこへジャ= ジャが来ていっしょに暮らすようにな った冬に、クービアックのおばさんの娘さんのマーシ ーが妊娠してニューヨークの大学から帰ってきた。マ ーシーは音楽の奨学金をもらって大学に行っていた。 クービアックのおばさんの家族で、高校に行ったの はマーシーがはじめてだったし、大学なんてもちろん はじめてだった。

(b)18 番通りのアパートにジャ= ジャがやって来て 我々一家と同居するに至った冬は、ミセス・クービア ックの娘マーシーが妊娠してニューヨークの大学から 舞い戻ってきた冬であった。マーシーは音楽の奨学 金を受給されて大学に進学しており、それまでミセス・ クービアックの家族で高校へ行った者は一人もいな かったし、ましてや大学となると当然前例はなかった。

(「冬のショパン」)

(a)は「戻りすぎ」、(b)は「戻らなさすぎ」のつもりの訳例だが、「正解」があるとすればまあやや(a)に近いと僕は思いますが、この原文、あなたにはどう聞こえますか?

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

  • 作者:柴田 元幸
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 単行本
 
【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/12/17
  • メディア: 単行本
 

文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年12月号に掲載された記事を再編集したものです。

出典:Stuart Dybek, “A Minor Mood,” I Sailed with Magellan (Picador)—, “Chopin in Winter,” The Coast of Chicago (Picador)