朝起きて「I wake up.(目が覚める)」、会社に向かうため「I get on the train.(電車に乗る)」、休日は「I catch up on my sleep.(寝だめをする)」――身の回りのことを1人で言う練習、すなわち「つぶやき練習」を繰り返して英語力を高めていく。それが、アルクの超ロングセラー「起きてから寝るまで英語表現」シリーズです。今回、『新装版 起きてから寝るまで英語表現1000』の刊行を記念して、監修の吉田研作先生(上智大学名誉教授)に特別インタビューを実施しました。「起き寝る」シリーズ誕生秘話や、英語学習者へのメッセージを前・後編の2回に分けて語っていただきます。
前編|後編
前編|後編
「起き寝る」の基礎にあるフランソワ・グワンとは
――このたび、『起きてから寝るまで英語表現1000』が、新装版になって登場しました。このシリーズ最初の1冊目『起きてから寝るまで表現550』が誕生してからもう35年になるんですね。まずはその誕生のきっかけについて振り返っていただきたいと思います。
1988年頃、僕はNHKの語学番組「テレビ英会話Ⅰ」で講師を務めていました。番組開始の1年間、最後に5分間の「One-up」というコーナーがあって、そこで「起き寝る」の原型になることをやっていたんです。例えば、最初の回は「朝起きて朝食を食べる」までの行動を、一つずつ英語でつぶやく姿を放送する。そして次の週は、「家を出て会社に到着する」までの行動を一つずつつぶやく、という具合です。
そうしたら、番組を見ていたアルクの編集者の方から「うちでもぜひやってほしい」と連絡が来てね。当時の月刊誌『Active English』で連載が始まり、アルクのオフィスに呼ばれて取材も受け、そしてあっという間に、知らないうちに「本にしましょう」ということになっていて(笑)。
――1冊目の刊行が’89年ですから、番組が前年の’88年に始まったことを考えると、確かにものすごく早いペースですね!「One-up」のコーナーは、非常に人気が高かったと伺っています。
「誰でもできる」という点で好評だったようですね。ベースになっているのは、フランソワ・グワンという言語学者の教授法です。日常のちょっとした場面を切り取り、それを英語で口にしながら行動するという、グワンの考え方を基にして作っていました。
フランス人のグワンは、ドイツ語がなかなか身につかずに苦労していたんです。グワンが生きていたのは1831~’96年で、その頃の外国語の勉強法は文法や単語を覚えるものが多かった。
そんなある日、たまたま外で見かけたのが、一人遊びをしている小さい子の姿でした。その子は、「これを水につけてみようかな」「これは回したらいいよね」などとつぶやきながら遊んでいました。「内言」、つまり自分の頭で考えていることを全部「外言」、声に出して言葉にしているのを見て、グワンは「なるほど、これは使えるかもしれない」と思ったわけです。
「~をする」と一つで終わるのではなく、「まずこうやる。次にこうする。その次はこうする」というように、行動の流れのまま言葉にしていく。子どもが言語を学んでいくそのやり方を、外国語の学習に取り入れたらどうかとグワンは考え、実際にやってみたら簡単に身についた。行動がつながってシリーズになっているので、この方法をシリーズ・メソッドと言います。サイコロジカル・メソッドと呼ばれることもあります。
つぶやきだからこそ劇的に伸びる
――「起き寝る」シリーズは、そのグワンの考え方を発展させたメソッドで学びますね。
そうです。僕は元々応用言語学が専門で、英語教育法についても研究していた中でグワンの考えに出会いました。「これはなんだか面白そうだ」と思い、大学の授業にも取り入れてみたところ、みんなとても楽しそうにやるんです。
TPR〔*1〕のようなイメージで、まずは僕が、Stand up.(立ち上がって) / Walk to the door.(ドアの所まで歩く) / Take hold the door knob.(ドアノブに手をかける) などと言う。それを実行するだけでも楽しそうでしたね。その後、学生たちに I stand up. / I walk to the door. / I take hold the door knob. / I open the door. / I pull the door. と、全部に「 I 」を付けて言ってもらいます。
まずは聞いて理解した上で、一つひとつの行動を自分の言葉として口にすると、すぐに覚えてしまうんです。ものすごく早かったですね。
――「相手がいないと英会話の勉強にならない」という意見もありますが、たとえ自分1人でもつぶやいて練習することで、自然と言葉が出て話せるようになっていくんですよね。
独り言って、誰しも口にするものでしょう。「あれ、ドアに鍵かけたっけ?」とか「ああ、お腹減った」「今日何するんだっけ」など、思わず言葉に出てしまうことがありますよね。これは、その瞬間の気持ちや行動など、考えていることを「外言化」しているということです。
それを外国語学習の方法として教材にして、教材を通じて話すことに慣れてもらうような工夫ができたらと、常々思っていました。そして形となったのが「起き寝る」です。当時の英語教育の中では、ほとんどそういうものがなかったから、みんな「起き寝る」に飛び付いたんじゃないかな。
●〔*1〕 TPR
Total Physical Response(全身反応教授法)の略。アメリカの心理学者ジェームス・アッシャーが提唱した外国語の指導法。赤ちゃんが母国語を習得する過程がモデルとなっている。学習者は指導者から指示されたことに対して、言語ではなく動作で反応する。
自らの子育ての試行錯誤を生かして
――おかげさまで人気が出てロングセラーとして今日まで続いているのはもちろん、「子育て」「海外旅行」「オフィス」などシリーズとして広がり、「イヌ英語表現」「ネコ英語表現」や、「中国語表現」「韓国語表現」も出ています。
イヌネコに関しては、「なんだか変わったことをやるなあ」と思っていましたよ(笑)。それから、『子育て英語表現1000』を制作していたとき、僕の一番下の子は3歳でした。アルクの編集者さんたちと3人くらいで作っていたんだけど、全員、子どもがまだ赤ん坊でね。打ち合わせも活気がありましたよ。自分たちもまさに子どもを育てている状況下で、いろいろな経験をしていたから。
赤ちゃんが泣いたらどうする、病気になったらどうするとか、そういう表現をみんなでシェアしながら作り込んでいった覚えがあります。僕たちは心理学の専門家ではないけれど、「同じように子育てに悩んでいる親御さんたちのための本にできたら」という意識は持っていました。
――先日刊行になった『新装版 起きてから寝るまで英語表現1000』の原型である『起きてから寝るまで表現550』も、そのように編集者とフレーズ案を出し合うところから始まったんでしょうか。
そうですね。最初の1冊は、それこそありとあらゆる場面を扱うようなイメージで、「日常的に使えるものならなんでも入れよう」とアイデアを出し合っていたと思います。そして、だんだんテーマが細分化して、『オフィス編』や『海外旅行編』などが生まれていきました。
――なるほど。その制作過程で大変だったことや気を付けたことなど、特に覚えてらっしゃることを教えてください。
かなりくだけた英語やスラング表現がフレーズ案として出てくるようになった時期がありました。それで僕はかなり注意してチェックして、直していましたね。そういうものを知りたいという読者の声や、「かっこいい」と見なす風潮も確かにあるのですが、日本人が使うとかえって誤解されたり笑われたりしてしまい、学ぶ意味がなくなってしまいますから。
「役に立つ英語」だけではいけない
――「スラングを話すことがかっこいい」といったトレンドは、いつの時代も時折現れますね。スラングとは少し違うのですが、人が起きてから寝るまでの行動や気持ちにフォーカスすると、「いやだ」「困った」「がっかり」など、いわゆるネガティブなつぶやきがどうしても増えてしまいます。
確かにそうですね。人間が使う言語って、ポジティブな形容詞とネガティブな形容詞を比べてみると、明らかにネガティブなもののほうが多いんですよ。嬉しいときは「嬉しい」でおしまいだけど、気分が悪いときは、「だめだ」「腹が立つ」「許せない」なんて感じでいくらでも出てくるものだから。英語も同じです。
その瞬間に感じた気持ちを正直に伝えること、それ自体は決して悪いことではありません。ただし、ネガティブ、あるいはマイナスな表現だけで終わってしまわないように、ポジティブなものやプラスのものも一緒に学ぶことが重要です。
「起き寝る」では、解説やSkit(会話形式のストーリー)部分で、さまざまなバリエーションを紹介したり、くすりと笑えるようなオチをつけたりしています。せっかく外国語を学ぶのなら、役に立つだけではなく、楽しくて、そして面白くなくちゃいけない。僕はそう考えているので、NHKの語学番組でも一度もネクタイを締めなかったし、「One-up」コーナーではギターを弾きながら出演者と歌を歌ったりしました(笑)。
――楽しくなくちゃ、面白くなくちゃ、という吉田先生のそうした考えは、これまでの「起き寝る」シリーズ全体に浸透しています。次の後編では、「起き寝る」シリーズの進化や、学習者に向けたメッセージなどをお届けしますのでどうぞお楽しみに!
※【後編】は コチラ から!
●撮影:山本 高裕(アルク)、構成:ENGLISH JOURNAL編集部
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