技術スタッフチームとの通訳者としての関わり方【通訳&翻訳 BEHIND THE SCENES③】

翻訳家で通訳者の平野暁人さんの連載『通訳&翻訳 BEHIND THE SCENES』では、舞台芸術の仕事を中心に通訳翻訳の世界を語ります。第3回は、舞台に携わるさまざまな技術スタッフと、どのように関わっているのかをお話しいただきます。

こんにちは。翻訳家で通訳者の平野暁人です。前回の 「演出家と密に関わる稽古場での通訳」 では演出家付きの通訳について概説しましたが、今回は技術スタッフチームとの業務の大枠をご紹介します。舞台美術、装置、照明、音響、衣装など、一つの舞台にはさまざまな分野の専門家が携わっています。では、通訳者はそこにどのように関わるのでしょうか。

外国人演出家を日本チームに招いた新作公演

演出家を除く全員が日本人で編成されたチームでゼロから作品を作るケース。人にもよりますが、フランスの演出家なら大抵は最初に各セクションのデザイン担当者(「照明デザイナー」「衣装デザイナー」のような呼び方をします)一人一人と打ち合わせをし、こんな雰囲気の美術にしたい、こういう表情のある照明にしたいというふうに自分なりのイメージを伝えます。まだ多分に観念的なので通訳も難儀しますが、この時点で誤った情報を渡してしまうと後々大事故につながりかねないので全神経を集中し、臆せず聞き返し、時には紙とペンを突き付けて「描いてみて!」と要求することも。逆に、参考になりそうな映画や画集、写真などの資料を自分から提示してくれる演出家もいます。デザイナー陣はそれらの手掛かりを基に、稽古の進捗も見ながらイメージを膨らませてデザインを組み立て、演出家と適宜すり合わせながら進めていきます。

こうした過程にゼロから立ち会うのはとても楽しい反面、通訳者の負荷も相当です。稽古中も常に全セクションの進捗状況に留意し、スタッフたちと自発的にコミュニケーションを取って、現時点で最大の懸案は何か、近々演出家に新たな提案をする予定はあるかといった点を確認し、急な打ち合わせに備えておかなくてはなりません。演出家の機嫌を損ねそうな案件があれば穏当な表現から切り出すタイミングまで前もって考えておく必要があります。

実際、新作の現場での通訳者は大忙しの引っ張りだこ。常にどこかのセクションの誰かが演出家(つまり通訳者も)を捕まえる機会をうかがっていますから、稽古中はもとより休憩に入った瞬間に申し訳なさそうな顔をしたスタッフが「すみません、ちょっとお話が・・・」と近寄ってきてそのまま休憩が吹っ飛ぶような展開はざらにあります。「いま休憩中なので!」と言う権利は当然ありますが、皆さんそれぞれに作業を進める上で大切なお話があっていらしているので、なかなかむげにはできないのが実情です。

外国人チームと日本チームが入り混ざった新作公演

演出家が自分で連れてきたスタッフと日本人スタッフとの混合チームで新作を作るケース。外国へ招かれて作品を作るくらいのアーティストともなれば、多くの仕事を共にしてきた「戦友」とも呼ぶべきスタッフを抱えているのが普通です。何人くらい連れてくるかは人(と予算)にもよりますが、少なくとも自分が特別に重視しているセクションのデザイナーには昵懇(じっこん)の人物を配置することが多いです。

ではそのぶん通訳者の負荷も軽減されるかというと必ずしもそうではなく、例えばフランス人演出家が旧知のフランス人照明デザイナーを連れてきたとしても、日本側でも日本人の照明家を手配するのが普通です。従って通訳者は仏日双方の専門家の間に立って意思の疎通を助けることになるわけですが、プロというのはただでさえそれぞれに異なった哲学を持っている上に、国が違えば流儀も異なります。かといって互いにプロですからどちらか一方を無条件に優先するいわれはありません。同業者特有の緊張関係の板挟みになって変な汗をかくのは日常茶飯事です。

上演されたことのある作品を再演する場合

再演の場合、初演時に照らして大きな変更がなく、美術や装置、衣装などもそのまま使うのであれば、デザイナーが現場に顔を出す機会は限られています。通訳者が関わる場面も装置類のメンテナンスや修復、運搬についての確認程度です。照明や音響については上演する会場ごとに調整も必要ですが、基本的には初演時のデータを基に再現するのでやはり通訳者の出る幕はあまり多くありません。

外国で作られた作品を日本で公演する招聘公演

外国で上演済みの作品を丸ごと持ってくる「招聘公演」は基本的に通訳者の負担も少ないのですが、スタッフワークに関してはリスクもあります。理由は単純で、国が変われば条件も変わるからです。パリ市立劇場で完璧に成功したプランが東京芸術劇場にそのまま当てはまるとは限りません。建物の構造が違う、フランスと同じ機材が日本にない、消防法の定める防炎性能基準が異なるなどの理由で大幅な変更を余儀なくされることも珍しくなく、中には現地入りしてから発覚するようなケースまで。ただでさえ招聘公演は時間的制約が厳しいので、土壇場で初日が迎えられないのではと思うほどの修羅場の中で通訳した経験はむしろ招聘公演に多いです。次回のテーマは「舞台通訳に特有の周辺業務」です。どうぞお楽しみに。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年3月号に掲載した記事を再編集したものです。

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EJ
平野暁人(ひらの・あきひと)

翻訳家(日仏伊)。戯曲から精神分析、ノンフィクションまで幅広く手掛ける他、舞台芸術専門の通訳者としても国内外の劇場に拠点を持ち活躍。主な訳書に『隣人ヒトラー』(岩波書店)、『「ひとりではいられない」症候群』(講談社)など。Twitter:@aki_traducteur

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