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言葉は私たちより大きい。英文法を通して考える「コトバ」とのつきあい方【ブックレビュー】

英文法は堅苦しい。せっかく覚えても「例外」ばっかり。いくらやっても身に付かない・・・。そんな、英文法に苦手意識がある人にこそ手に取ってほしい、話題の本を紹介します。その名も『英文法を哲学する』。ただでさえ難しそうな英文法を哲学したら、何が見えてくるのでしょうか?

英語は自転車、日本語はブランコ

本書の著者、佐藤良明(さとう よしあき)さんは、アメリカ文学が専門の東京大学名誉教授。英語に関する著書が多数あり、英語教育や翻訳でも活躍する、この道60年の英語の専門家です。

アルクの月刊誌『ENGLISH JORNAL』で連載したり、通信講座「1000時間ヒアリングマラソン」の総合監修を務めたりもしていたので、英語学習をしている人なら、どこかでその名を見かけたことがあるかもしれません。

佐藤さんが英文法の教え方について考えるようになったのは、60代半ばを過ぎてから、放送大学で初級英語の教材を制作したのがきっかけ。

佐藤さんが無意識のうちにつかんできた英語の感覚=文法と、世の中で行われている英語の教え方がずれていることを実感したからです。

佐藤さんが英語の世界に飛び込んだのは、高校1年のとき。今とは違って、手軽に生の英語に触れることができない1960年代にアメリカに留学し、「足下から日本語を取り去られ、とにかく英語を繰り出さなくてはやっていけない環境」に飛び込んだのです。

自転車は右足と左足で交互に漕ぐことで前に進みます。(中略)とにかく漕がないと倒れてしまう。ただ英語という乗り物は日本語と漕ぎ方が違う。その漕ぎ方こそが「文法」なのだという感覚を、知らず知らずのうちに私は授かったのだろうと思います。

英語が自転車なら、日本語はブランコ。

日本語は、ブランコのように大きなフレームの中で漕いでいるので、固有のリズムさえつかめば途中で漕ぐのをやめても文になる。ところが英語はSを出し、Vを出し、多くの場合OやCも出さないと文が立たずに倒れてしまう……。

私たちが英文法を学ぶときにつまずいてしまうのは、もしかしたらブランコを漕ぐやり方で、無理やり自転車を漕いでいるからかも。それならバタンと倒れるのも無理はありませんね。

また、洋画や海外ドラマでは、ダダダダッと、登場人物がものすごくたくさんしゃべる印象があります。あれは自転車が倒れないようにするためだったのか・・・。

しかし、自転車だって勢いがつけば漕がずに前進することができるし、坂道をスーッと下れば楽ちんな上に爽快なはず!

本書を読めば、そのきっかけがつかめるかもしれません。

YesもNoも返事ではない!?

中学レベルの英文法でも、日常会話のなかですらすら使いこなそうとすると、なかなか難しいものがあります。

質問に対する答えも、そのひとつではないでしょうか?

You’re not tired, are you?

疲れていません、よね?

この場合、「はい、疲れていません」と同意するには、返事はNo.になります。

No. I'm not.

はい、疲れていません。

頭では分かっていても、つい、日本語の「はい」に引きずられて、Yes.と答えてしまいそうになりませんか?

私は中学生のとき、英語の先生から「英語と日本語はとにかく反対なんだよ」と言われて、「そんなもんかなあ」と思った覚えがあります。

こうして、「よく分からないけど、とにかくそう覚えておく」ことの積み重ねで、だんだん英語が分からなくなっていくんですね。

また、「とにかく覚えておく」方式では、テストでは点が取れても、実際に会話するときには、「はい」と言いたいのにNo.と答えるという気持ち悪さが残ります。

英語のネイティブスピーカーも「そんなもんだ」と受け流しているのだろうか・・・と思っていたら、もちろんそうではなくてちゃんと訳があったのでした。

本書では次のように説明しています。

英語のNo.はそもそも相手に対する「返事」ではないのです。相手の言ったことへの賛否ではなく、一つの否定的事実(negation)を知らせる言葉です。これからいうのは否定文の内容です、とあらかじめ知らせる予告の赤信号のようなもの。

なんと。そもそも返事ではなかったのですか・・・。

そしてこの背景が、発話のしかたにも関係してきます。

「疲れていない」と聞かれて、疲れていないなら、このNo.はやさしい口調で返しましょう。相手も承知していることに、同意を示すだけなのだから、強く言ったらおかしく聞こえます。

なるほど!当たり前といえば当たり前ですが、「言う内容」と「言い方」は、一人の人間の中でつながっているんですね。

本書によれば、日本語は「対人言語」。「相手との関係を最優先する言語」なので、相手の発言を肯定するか否定するかで、「はい」「いいえ」を使い分けます。

英語は、相手との関係よりも「ある出来事が事実であるかないか」が優先。先ほどの例で言うなら、「疲れていない」ならNo.だし、「疲れている」ならYes.になるわけです。

「ここはどこ?」を英語で言うと?

これもまた中学レベルですが、道に迷ったときに場所を尋ねるフレーズが、英語ですらっと出てきますか?

「ここはどこですか?」を直訳するとWhere is here?ですが、もちろんこれは英語としては意味を成しません。Where am I?または Where are we?となりますね。

この違いを、本書では次のように説明しています。

Where am I? と問う人は、地図のような、客観的な「空間」を思い描いて、その中に「私」を位置づけます。(中略)記号としての I やyouが公的空間で行動し、反応するというモデルによっています。

日本語は「対人言語」であるのに対して、英語はいわば「空間言語」。地図を見ながら、「この空間において私はどこにいるのか?」と尋ねる感覚なんですね。

これが分かると、先ほどのYes/No問題も、より腹落ちする気がします。目の前にいる人の言葉ではなく、「私は疲れている」という命題に対して、肯定か否定かを発しているんですね。

「英文法」は役に立つ?

英文法の学習というと、ルールや例文を丸暗記したり、穴埋め問題を解いたりというイメージがあります。

もちろん、日本語ネイティブとして育った私たちが英語を学ぶには、ガイドブックのようなものがあった方がよく、中学レベルの英文法がそれにあたるかもしれません。

ただ、そうやって「コトバ」を分解し、ラベリングし、丸暗記して、分かったような気になるのには限界があるのかもしれないと、本書を読んで思いました。

言葉は私たちより大きく、その客観的な姿を目の前にすることがそもそもできないものだと思います。

日本語でも、毎年どんどん新語や流行語が生まれるし、年代や職業などによって使い方もニュアンスも違いますよね。丸暗記や○×テストでチェックすることもできますが、そうやって言葉を身に付けるのも、なんだかむなしいものです。

言語の構造は、私たちの思考や信念を織り上げている構造そのものである。その構造が日本語と英語でずいぶん違う。どのくらい違うのか?実は同じところもけっこうあるのか。-英語と日本語の違いに関するたしかなイメージを持って、英語にアプローチしていくことは、大いに時間と労力の節約になる-(後略)

英語は自転車、日本語はブランコ。

かなり違うところもありますが、練習すれば、どちらも遠くまで行けて、新しい景色が見られるのは同じ。そして、上手く乗りこなせればうれしいのも同じです。

まとめ

もうひとつ、本書を読んで思ったのは、英文法の教え方もどんどん進化しているということ。

特に、私自身も苦手とする「時制」については、目からウロコ。

進行形とか完了形とか現在完了進行形とか、とにかくいろいろ覚えた記憶がありますが、本書で紹介している、「二つの時制(テンス)」「三つの時相(アスペクト)」という捉え方の方が、ずっとわかりやすいのです。もっと、早く言ってくれればいいのに・・・。

他にも、英語で無生物主語がよく使われる理由や、英文がこれでもかというくらい延々と長く続く理由、そしてそれらがネイティブにとっては自然で、ちゃんと理解できる理由もよく分かりました。

英語や英文法に苦手意識がある人はもちろん、英語を教える立場の人にも、ぜひ読んでほしい。言葉の世界は複雑だけれど、豊かで味わい深いと改めて感じる1冊でした。

尾野七青子
尾野七青子

都内某所で働く初老のOL兼ライター。

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