J.D.サリンジャーの出版エージェンシーで働く新人アシスタントの知られざる実話を描いた映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に長谷川町蔵さんが解説します。

今月の1本

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(原題:My Salinger Year)をご紹介します。

※動画が見られない場合は YouTube のページでご覧ください。

1990年代、ニューヨーク。作家を夢見るジョアンナ(マーガレット・クアリー)は、老舗出版エージェンシーでJ.D.サリンジャー担当の女上司マーガレット(シガニー・ウィーバー)のアシスタントとして働き始める。日々の仕事は、世界中から毎日大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターを 処理する こと。心揺さぶられる手紙を読むにつれ、飾り気のない定型文を送り返すことに気が進まなくなり、ふとした思い付きで個人的に手紙を返し始める。そんなある日、ジョアンナが電話を受けた相手はあのサリンジャーで??。

夢と現実で揺れ動く全ての人に送る、「大人の自分探し」ストーリー

欧米ではポピュラーだが、日本ではなじみが薄い職業に「 agent (エージェント)」というものがある。日本では「代理人」と訳される彼ら/彼女らの仕事は、売り込みやギャラ交渉、キャリア計画の作成、時には新人育成までと多岐にわたる。トム・クルーズが1996年に主演した『ザ・エージェント』は、アメフト選手のエージェントを描いた映画だった。スポーツ選手だけではなく、小説家のエージェントもいる。マイケル・ダグラスが小説家グラディに扮した『ワンダー・ボーイズ』(2000)では、ロバート・ダウニー・Jr.演じる彼のエージェントが、グラディの大学の教え子(トビー・マグワイアが演じた)をスカウトするシーンがあった。

1995年を舞台にした本作で、主人公ジョアンナ(マーガレット・クアリー)が就職した「ハロルド・オーバー・アソシエイツ」も、出版エージェンシーである。ニューヨークにオフィスを持つ老舗だけあって、歴代のクライアントがすごい。ジャック・ロンドン、H.G.ウェルズ、フィッツジェラルド、フォークナー、そしてジョアンナが働いていた時代にはまだ存命中だったJ.D.サリンジャーも 契約 していたのだ。といっても、サリンジャーは1965年に『ハプワース16、1924年』を発表したのを最後に隠居生活に入っていたので、当時のハロルド・オーバー・アソシエイツがエージェントとして行う仕事は、世界中から大量に送られてくるファンレターを 処理する だけだったのだが。

その業務を任されたジョアンナが、サリンジャーを読んだことがないという設定が面白い。彼女はファンレター(内容が映像付きで語られるシーンが映画ならではの見せ場になっている)を読むことで、彼の小説『ライ麦畑でつかまえて』(1951)や『ナイン・ストーリーズ』(1953)の魅力を発見していく。そして一度は挫折しかけた、作家になりたいという自身の夢も再発見するのだ。そんな彼女の決断の後押しをするのは、他ならぬサリンジャー自身!

これが実話ベースだというのだから、事実は小説よりもよっぽど奇妙で面白い

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(原題:My Salinger Year)

9232-2437 Quebec Inc - Parallel Films (Salinger) Dac c 2020 All rights reserved .
Staff ">Cast & Staff

監督・脚本:フィリップ・ファラルドー/出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・F・オバーン、コルム・フィオール他/公開中/配給:ビターズ・エンド

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※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年6月号に掲載した記事を再編集したものです。

長谷川町蔵(はせがわ・まちぞう) ライター&コラムニスト。著書に『あたしたちの未来はきっと』(タバブックス)、『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワーブックス)、『文化系のためのヒップホップ入門3』(アルテスパブリッシング)など。

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