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なぜ英語を勉強するの?言葉とのつきあい方を振り返る【ブックレビュー】

病んだ言葉、癒す言葉 生きる言葉 書評

忙しい日々の中、英語学習を頑張っているけれど、それって一体何のため・・・?英語をはじめとする「言葉」と自分との関係を、たまにはふり返ってみませんか。

環境の変化で感じた「言葉」の難しさ

こんにちは!ライターの尾野です。

ここ2年ほどの間に、リモートワークを経験した人は多いと思います。私もその一人。

最初は、「通勤しなくていいなんてラッキー!」と思っていましたが、そのうち、なかなか面倒なこともあるのに気づきました。

例えば、上司にひと言「いいよ」と言ってもらえば済むところを、チャットだと返事が来るまでずっと待つことに。

また、返事が来ても「いいかも」というような曖昧なものだと、本当にこのまま進めていいのかどうか迷います。対面だったら、表情や声の調子から、判断が付くのですが・・・。

そうこうするうちに、チャットでのやり取りに慣れてきて、「このまま進めますが、問題があればチャットしてください」と書くなど、工夫するようになりました。

日常的に行っている、何ということのないやり取りでも、お互いホントにたくさんの情報をやり取りしているもの。

「言葉」を使うことの難しさを、改めて感じました。

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「言葉」について改めて考える

日本語でもこの調子ですから、英語の場合、自分が言いたいことをどれくらい的確に伝えられているのか・・・。

また、相手の言いたいことを把握できているのかどうかも、気になるところです。

「言葉」との付き合い方について、改めて考えたいとき、手助けになりそうな本を見つけました。

その名も『病んだ言葉 癒やす言葉 生きる言葉』。

大学入試の英語民間試験導入問題や、高校の新科目「論理国語」など、教育に関する話題から、鴎外や漱石、ワーズワス、ボブ・ディランまで。「言葉」というテーマで、さまざまな事象を掘り下げた論考集です。

著者は、東京大学の教授で、英文学者の阿部公彦(あべ まさひこ)さん。

近現代の英米小説や英米詩が専門ですが、個別のテーマを設定して、日本の小説や詩も含め、幅広く研究を重ねる言葉のスペシャリストです。

英語学習者向けの本や、英語教育についての論文も発表しています。

大学入試のドタバタの原因は?

英語教育といえば、大学入試での民間試験導入をめぐるぐだぐだぶりはすごかったですね。

受験生や親御さん、現場の先生にとってはたまったものではなかったと思います。

阿部先生は、民間試験導入に反対する立場でした。そもそも言葉を「技能」と割り切ることが気になったと言います。

言葉とはもっと扱いの難しいものではないのか。もっと「あやうい」ものではないのか。政策が中止された今も、この問題は解決していません。

確かにそうだとも思いますが、私などは、会話を重視するのは実用的でいいんじゃないかと単純に思っていました。

しかし、ことはそう単純ではなかったのです。

民間試験導入にあたって重視されたのが、「CEFR」という指標Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessmentの頭文字をとった略語で、「セファール」または「シーイーエフアール」と読むそう。

日本語では「ヨーロッパ言語共通参照枠」と訳されます。

「英語なのに、なぜイギリスでもアメリカでもなくヨーロッパ?」と思ったら、英語を含む「各言語の運用能力を図るための参照枠」として、ヨーロッパで使われているからなのでした。

EU圏内では、人々が自由に移動して仕事を選び、移民もやってきます。「この人は何語で何ができるか」がひと目で分かる指標があれば、働く側も雇う側も便利ですよね。

CEFRはまさにそれで、もともとは「労働者のスペック管理」に使うものなのでした。

それを知ると、確かにCEFRを中学や高校の英語教育に当てはめるのは、なんだかちょっと違和感がありますね。

「国際基準だから安心」というのも安直な気がします。

さらに、CEFRは「オーラル中心主義」。ネイティブ並みに流ちょうであることを到達点とするなら、ノンネイティブ・スピーカーは、どうしてもネイティブ・スピーカーを越えられません。

オーラル中心主義の信奉は、英語のネイティブ・スピーカーではない日本の若者たちを、端から英語帝国の最底辺に位置付けることになりはしないだろうか。

阿部先生の懸念もうなずけます。到達不可能な頂点を目指して「さあ、頑張れ!」と言われても、勉強する気が無くなってしまいそう。

中学・高校での英語教育や、大学入試の英語はどうあるべきか、根本的な検討が必要だと思いました。

英会話の「会話」とは何か?

「英語の四技能」を評価するための民間試験導入は中止になりましたが、日本人が、読み書きに比べて会話が苦手なのは確かな気がします。

では、「日本人は英会話ができない」というとき、そもそもの問題は何でしょうか?

本書では、英語のスピードについていけないことを一因としながらも、別の側面に注意を向けています。

「会話の中心は情報よりも、情動や態度のやり取りにある」というのです。

会話の習得そのものに重きを置くのであれば、情動、共感、態度といった要素にこそ注意を払わなければならない。

冒頭で、チャットだとどうも意思疎通がしにくいという話をしましたが、それは、文字情報だけだと、お互いの情動や態度が感じ取りにくいからですね。

とはいえ、「日常会話ならそうかもしれないけど、ビジネス英語は情動や共感だけでは進まない」と思うかもしれません。

確かに仕事では、情動や共感より、細かい数字やデータが大切ということになりますが、それらは紙の書類やメールなどに残しているはず。

モノやお金が動く局面になれば、契約書や請求書などの書面が登場します。日付や金額といったデータは、むしろそちらに任せておけばいいことです。

英会話の習熟を果たそうとするなら、態度の読み取りや表明、情動や共感のやり取りと無縁でいることはできない。むしろそれが会話の肝なのである。

それでも、「やっぱり、ビジネス英語はそれだけでは心もとない」という人はどうしたらいいのでしょうか。

阿部先生が勧めるのは、「人間の注意力や認知がどのように働くかを把握しておくこと」「言葉の構造を知ること」です。

具体的には、たくさんの英語を読むこと。

グローバル社会で英語を通して活躍したいなら、まず英語を読まねばならない。書くことも、読むことからしか始まらない。

今は、ネット上にたくさんの英文があふれていて、そのほとんどは無料で読めます。ビジネス英語に磨きをかけたいと思ったら、試してみるといいかもしれません。

何のために英語を学ぶのか?

この本を読みながら私が考えたのは、「自分は何のために英語を勉強しているのだろう」ということです。

数年に一度の海外旅行ならGoogle翻訳でもなんとかなりそう。仕事では、全く英語は使いません。

何かしら目標があったほうがいいかなと思って、ときどきTOEICを受けていましたが、ここ最近はコロナの影響で、それも難しくなってしまいました。

「では、何のために?」と改めて考えてみると、私はびっくりするのが好きなんですね。

なんじゃそりゃという感じですが、テーマパークでアトラクションに乗ったり、アクション映画を見たりするのと同じように、「おお~!」と驚く瞬間が好きなのです。

そして、私が驚き、感銘を受けるのは、英語と日本語の違いや、意外な共通点を発見したとき。

この2年ほどは、コロナをめぐって、英語でも日本語でも聞きなれない言葉がどんどん出てくるのでそれをチェックしたり、各国の首脳が英語で行うスピーチを聞いたりするのが好きでした。

大げさかもしれませんが、新しい言葉や世界を知り、「できた」「わかった」と感じるのが、自分にとっては喜びであり、娯楽なんだと思います。

「それ意味あるの?」と言われると無言になってしまいますが、本書でこんな一節に出合いました。

私たちに必要なのは「母語話者のようになる」という目標ではなく、「おのおのが必要とする力を伸ばす」ことではないか。語学こそ、多様性の時代である。(中略)言語の習得を通して本人が何をやりたいかを意識させることの方がはるかに重要なのである。

「語学こそ、多様性の時代である」っていうの、いいなあ・・・。

以前、語学のイベントで、ある精神科医の方が行った講演を思い出しました。

大人の語学は、自己肯定感を高めるためにやるもの。やって落ち込んだり、劣等感が生まれたりするようなら、やらなくていい」という話。

そのときも、なるほどと思ったものです。

30代、40代になった社会人が、これからネイティブ並みの流ちょうさを目指すのは、おそらくあまり意味がないでしょう(トレーニングを重ねた結果、「ネイティブ並みに流ちょうになった」というのは喜ばしいことですが)。

だからといって、私のようなだらだら英語学習も無意味なわけではありません。

これからの語学は、多様性。

日々、さまざまな英語表現に触れて「へーっ」と思い、生活にハリが出るなら、それでいいのではという気がしてきました。

もちろん、「TOEICで900点取るのだ」「国際会議でバリバリ活躍するのだ」という方もいると思います。それはそれで、とても立派なこと。

自分の興味や関心が赴くほうへ、自分の生活に合ったやり方で、英語を楽しんでいけたらすてきですね。

まとめ

英語教育や英語学習に関するところばかり取り上げましたが、本書には、日本語も含め、言葉に関する広くて深い考察が詰まっています。

英語学習者だけでなく、英語をはじめとして何かを教える立場の人、子育て中の人にとっても、言葉とのつきあい方を考えるヒントがいっぱい。

コロナ禍の生活にも出口が見え始め、また別の新しい世界が開かれようとしている今、じっくり読んでほしい一冊です。

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ENGLISH JOURNAL ONLINE 編集部

尾野七青子都内某所で働く初老のOL兼ライター。