多文化コミュニケーションに必要な「あなただけの英語」とは?

この連載では、現役通訳者として活躍する方々にお仕事内容やおすすめの英語学習法を教えていただきます。第3回では、アートトランスレーターの田村かのこさんが、共通語としての英語の魅力と多文化コミュニケーションについて考察します。

言語の変換のみに縛られない「アートトランスレーター」

こんにちは、田村かのこです。アートトランスレーターとして、現代美術・舞台芸術の分野を中心に活動しています。

「アートトランスレーター」とは、一般的な通訳・翻訳のイメージに縛られず活動するために自らつけた肩書きです。もちろん活動の核にあるのは、芸術に携わる人々の間に立ち、日英・英日の通訳や翻訳を行うことです。しかし創作の現場で実践経験を積みながら、いい作品をつくるために必要なコミュニケーションを追求していった結果、 言語の変換のみを部分的に担当するのではなく、多文化の人々が集まる場のコミュニケーション環境全体をデザインすることが重要 だと考えるようになりました。

そこで近年では、「翻訳」の考え方をより広範囲に応用しながら、芸術祭や国際共同制作の企画において、関わる人々全員が気持ちよく意思疎通・意見交換できるようなコミュニケーションの場をつくっていく仕事をしています。

あなたが話すのは「どんな英語」?

さて、この記事を読んでくださっている皆さんは、日常的に英語を使う方や、英語が好きで学習している方が多いと思います。そこで突然ですが、 あなたが話す英語は「どんな英語」でしょうか?

「読み書きはできるけど、話すのが苦手・・・」

「アメリカで1年勉強したから、アメリカ英語・・・かな?」

「えーっと、発音が下手で、語彙が足りなくて、ゆっくりしか話せなくて・・・」

いろいろな回答が聞こえてきそうです。もしかしたら、自分が「どんな」英語を話すのかなんて考えたこともなかった、という方もいるかもしれません。

多くの人が学んでいる英語ですが、改めて考えると、私たちはそれぞれどんな英語を話しているのでしょうか。あらゆる言語の中でも「ちょっと特殊な」存在であるこの言語への向き合い方と、それに伴うコミュニケーションについて、少し考えてみたいと思います。

まず、日本の英語学習者の多くが目指しているのは、「ネイティブみたいに英語が喋れること」だと思います。イギリス英語、アメリカ英語の好みはあれど、美しい発音と正しい文法、豊富な語彙で淀みなく話せる自分をイメージして、日夜努力されている方も多いでしょう。

それ自体はもちろん素晴らしいことですが、例えば 「日本育ちの人がアメリカ人のように英語を話せること」は本当に必要なのでしょうか

英語はさまざまな地域で話されている言葉ですが、ご存知の通り世界共通語としての役割も持っています。文部科学省などの発表によると、英語を公用語・準公用語にしている国は54カ国、そのうち実用レベルで英語を使う人は世界中に約17.5億人以上います。その中で、英語を母語とする人は約4億人です。 *1

純粋に言語としての英語が好きで、語学を極めたいということであれば、ほかの言語を学習するときと同様、母語話者の話し方に近づくことを目標として学習するのは自然だと思います。

しかし皆さんがもし、世界中の人々とコミュニケーションを取るためのツールとして英語を習得したいと考えているのであれば、 「ネイティブのような完璧な英語」はむしろ少数派 だということです。

英語の魅力は「複数性」にある

世界共通語としての英語と言うと、日本の標準語のように、何か一つの決まった話し方や型があるように思うかもしれませんが、 英語の魅力はむしろ、その複数性にある と私は感じています。さまざまな国や地域で英語が広まっていった結果、その地域の文化や生活に英語が取り込まれる形で、それぞれが独自の英語を話しています。

特に東南アジアには、英語を公用語としている国や日常的に英語を使う人も多く、英語が自国の言葉と混ざった結果、Singlish(シンガポール英語)、Manglish(マレー英語)、Filinglish(フィリピン英語)とそれぞれ呼ばれるほど特徴的な英語が使われています。

もちろん東南アジアの文化にそこまで英語が浸透した背景には、彼らが日本だけでなく欧米諸国にも植民地化された歴史があるので、手放しに喜べる話ではありません。しかし少なくとも現代を生きる人々は、 自分たちの話す特徴的な英語にアイデンティティを見出し、誇りを持っている人が多いように感じます

例えばハリウッドで初めてのオールアジア系キャストで話題になり、大ヒットした映画『クレイジー・リッチ』が公開されたとき、物語の舞台であるシンガポールの観客から出た批判の一つは、映画のキャラクターたちが完璧なイギリス発音やアメリカ発音の英語を話す人たちばかりで、Singlishが足りない!というものでした *2

YouTubeには、映画の予告をわざとコテコテのSinglishで紹介する動画や、キャストが実際どのくらいSinglishを知っているかクイズを行う動画もアップされています。

 

このように、それぞれの地域で人々の文化や生活に見合った英語が生まれ、独自の言葉使いやアクセントが発達し、「どんな英語」を話すかが、その人のアイデンティティを形成している。これが世界共通語としての英語の面白さの一つだと思います。

「みんな違う」を前提に行う英語学習

しかしそのように言うと、「でも目の前でゴリゴリのSinglishを話されても私は理解できないだろうから、結局『共通語』としての役割を果たさないのでは?」と疑問を持つ方もいるでしょう。私も、通訳の現場でいきなり『クレイジー・リッチ』をSinglishで紹介されたら、まったく役に立てる自信がありません!

でも実は、そこが世界共通語としての英語の二つ目の興味深い点であり、また英語学習者である私たちが認識するべき重要なポイントだと、私は思っています。

つまり、それぞれが異なる英語を使うことで、コミュニケーションは共通の言語を話すことだけが重要なのではなく、 異なる文化背景・文脈を持つ相手の状況を考慮し、理解を深めるため能動的に努力して初めて成り立つもの である、ということを再認識できるのです。

そしてそれは、地域特有の「〇〇グリッシュ」を話す人々や英語を習得中の人だけではなく、 いわゆるネイティブスピーカーも、同等の、もしくはそれ以上の努力をしなければならない ということを意味しています。

これまでは、英語を使用する議論の場においていちばん「偉い」のは英語が上手な人で、うまく話せなければ発言権もない、といった考え方が多くの人の中にあったと思います。それで悔しい思いをした経験のある人も少なくないのではないでしょうか。

しかし近年、語学力のレベルで人を判断するのではなく、多様な人々とのコミュニケーションにそれぞれの立場から取り組もうという意識が、ネイティブスピーカーの中でも少しずつ高まっているようです。

例えば こちら のウェブサイト「Tips for Avoiding the “Western Takeover” When Working as Part of a Cross-Cultural Team」では、アメリカの英語ネイティブを対象に、異なる文化を持つ人々が集まる場でコミュニケーションを取る際に気を付けるべきことと、その対処法を 整理して伝えています。 *3

その内容を少しご紹介すると、例えば多文化チームで話し合いをする場合にネイティブスピーカーが念頭に置くべきこととして、下記の点が挙げられています。

  • ダイレクトにものを言うほうがよいとされる文化と、婉曲的に伝えることを好む文化があること
  • 話すことを重視する文化と、聞くことが基本の文化があること
  • アクセントの 有無 や流暢(りゅうちょう)に話せる かどうか でその人の知性や意見の 妥当性判断 してしまっていないか
  • ヒエラルキーや権威に対する態度や捉え方に違いがあること
  • 意思決定の方法や考え方に違いがあること
 

すでに同じ文脈を共有している人々や、コミュニケーションの取り方が似ている人々に日々囲まれていると、コミュニケーションに努力が必要なことを忘れてしまいがちですが、異なる文化圏、言語、世代の人々が集まる場では、よくあるすれ違いや偏見を前もって認識しておくことで、より有意義な対話の場をつくることができます。

例えば、西洋の文化は話すことを重視する「speaking culture(話す文化)」である場合が多く、「発言する=意欲的」「黙っている=意見がない」と考える傾向にあります。そう考える人が大多数の場で会議が進行すると、たくさん発言する人の意見のみで結論を出してしまい、発言しづらい人・できない人の声を取りこぼしがちであることが指摘されています。

しかし、もし「話す文化」の人が、「listening culture(聞く文化)」の人の事情、例えば話す代わりに聞くことで思考を深める傾向にあること、黙っているのは必ずしも悪い意味ではないこと、などを前もって知っておけば、沈黙に慌てたり、発言の少ない人を蔑ろにしたりすることなく会議を進行できます。

そうすれば、これまで発言してこなかった人(実は有効な意見をもっているかもしれない)の意見もきちんと取り入れられ、その場にとってよりよい結果をもたらすはず、というわけです。

ちなみに先ほどのウェブサイトでは、今すぐ実践できる方法として「18秒ルール」も提案しています。人が受け取った情報を脳内で処理し、応答するためには、最低でも18秒かかるということで、相手が沈黙していても18秒は待たなければならない、というルールです。

非ネイティブのいるグループでは、30秒程度待つことも必要だろう、と書かれています。頭の中で18秒をカウントしてみると、結構長く感じるはずです。議論好きで相手の話を遮ってまで意見を交換するのを好む人には、拷問のように感じられるかも・・・。コミュニケーションにはそれほどの努力が必要ということかもしれません。

あなたはどんな英語を話したいですか?

さて、ここまで英語の複数性と、それに伴い必要となるコミュニケーションのあり方についてご紹介してきましたが、改めて皆さんは「どんな英語」をしたいですか?

アクセント、イントネーション、話のスピードやリズム、好んで使う語彙や文法、声のトーン、身振り手振り・・・ あなたの使う英語は、あなたの育った地域や文化、個人の特徴や魅力、そして努力の歴史が反映された、あなただけの英語なはずです

世界中の人々がそれぞれの英語を持ち寄り、「同じだけど違う」を前提として話ができたなら、素晴らしいと思いませんか。自分はこうだから、相手は違うだろう。そんなことをリマインドしてくれる「自分だけの英語」を、私も継続して習得していきたいと思います。

“Never make fun of someone who speaks broken English. It means they know another language.”
― H. Jackson Brown Jr.

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*1 :文部科学省「英語を公用語・準公用語等とする国」 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/attach/1379959.htm 文部科学省「世界の母語人口」 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/attach/1379956.htm Harvard Business Review “Global Business Speaks English” by Tsedal Neeley” https://hbr.org/2012/05/global-business-speaks-english  

*2 :Stuff “Crazy Rich Asians is not us, say Singaporeans”
https://www.stuff.co.nz/entertainment/film/106395816/crazy-rich-asians-is-not-us-say-singaporeans

*3 :International Relations EDU “Tips for Avoiding the “Western Takeover” When Working as Part of a Cross-Cultural Team”
https://www.internationalrelationsedu.org/tips-for-avoiding-the-western-takeover-when-working-as-part-of-a-cross-cultural-team/?fbclid=IwAR2iBnT1Nqs0RHU8cbwaO4ShLoLAL6cV-kAaQs3du123BHYjlU5ATlxQYRw

田村かのこ

アート・トランスレーター。Art Translators Collective主宰。現代アートや舞台芸術のプログラムを中心に、日英の通訳・翻訳、編集、広報など幅広く活動。人と文化と言葉の間に立つメディエーター(媒介者)として翻訳の可能性を探りながら、それぞれの場と内容に応じたクリエイティブな対話のあり方を提案している。札幌国際芸術祭2020ではコミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐメディエーションを実践。非常勤講師を務める東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻では、アーティストのための英語とコミュニケーションの授業を担当している。NPO法人芸術公社所属。

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