この連載では、現役通訳者として活躍する方々にお仕事内容やおすすめの英語学習法を教えていただきます。第4回では、会議通訳者の松下佳世さんが、英語力の基盤をつくるための学習法を実体験を基に紹介します。
記者になるも、英語とはほぼ無縁の生活
皆さん、こんにちは。日英通訳者の松下佳世と申します。
この連載では、さまざまな英語学習法を紹介していますが、これまでに登場した通訳者のおすすめと、私の提案は少し異なります。そこで、なぜそのような学習法をすすめるのかを理解していただくために、私の一風変わったキャリア遍歴をたどりながらお話しさせてください。
私はイギリスで幼少期を過ごした帰国子女です。しかし、現地での滞在期間が短く、小学生のうちに帰国したため、「ちょっと英語ができる普通の子」として、都内の公立小学校から公立中学校に進みました。
高校受験の際にも、「帰国子女枠」では受験資格がなく、一般枠で受験しました。進学した高校では、私のような海外在住経験のある一般生は、「隠れ帰国」と揶揄(やゆ)される存在でした。
当然、自分の英語力に自信が持てるはずもなく、日本の大学でジャーナリズムを学んだ後は、主に 国内のニュースを日本語で報じる一般記者として、新聞社に入社 しました。
初任地は鹿児島。殺人事件の取材をしたり、高校野球の県代表と一緒に甲子園に行ったり。英語とはほぼ無縁の3年間を過ごしました。次の赴任地の山口では、100年以上前にハワイに移住した山口県民を追いかけた連載など、英語を使う機会も多少はありましたが、やはり日本語漬けの日々でした。
入社5年目で留学を決意
この辺りから、「 このまま自分は一生日本で、日本語だけを使って仕事をしていていいのか 」と焦りに似た気持ちを抱くようになりました。入社当時、「海外特派員として、国際報道の現場に立ちたい」と思っていたことを思い出し、ある大きな決意をしました。
それが、 入社5年目でのコロンビア大学ジャーナリズム・スクール(大学院)への留学 でした。1年でジャーナリズム修士号を得られるプログラムだったため、会社を辞めずに、休職して渡米しました。
この経験が、私のその後のキャリアと、英語との関わりを大きく変えることになりました。最大の要因は、 四六時中ハイレベルな英語に囲まれて過ごす機会を得たこと です。
同大学院は、ピューリッツァー賞を運営していることでも知られる、世界トップクラスのジャーナリズム・スクールで、全米から優秀な人材が集まっていました。取材をし、文章を書くことに秀でたネイティブが300人以上周りにいる状況で、同じペースで大量の文献を読み、英語でインタビューを繰り返し、記事を量産することを求められました。この時の経験が、その後につながる英語力の基礎を築いたと思っています。
1年後に帰国して職場復帰を果たしたものの、しばらくはまた英語と無縁の日々が続きました。
英語力の基盤をつくった、ある経験
転機が訪れたのは4年半後。人事異動により、 国連担当の特派員として、ニューヨークに赴任 することになりました。大学院時代を過ごした思い出の地での生活に、懐かしさを覚えたのも束の間、 すぐに 国連取材に忙殺されるようになりました。
国連といえば、安全保障理事会を舞台に、各国大使が舌戦を繰り広げているイメージが強いかもしれませんが、大きな紛争や外交イベントがない時の国連本部取材では、プレスリリースや報告書など、膨大な量の文書を読み込み、報じる価値のあるものを探し出す能力が求められます。
毎日数百から千ページに及ぶ英文を読み続けたことにより、自然と語彙力が底上げ されました。 ちなみに 、安保理決議や事務総長による報告書など、当時私が読んでいたような国連の公式文書は、 インターネットで公開 されており、皆さんも自由に閲覧することができます *1 。
通訳者を目指している方なら、動画を活用するのもいいでしょう。国連で行われている会合や記者会見の一部は、 このサイト から視聴可能です *2 。
日本語は残念ながら国連の公用語ではありませんが、毎年9月に開かれる国連総会の「一般討論演説」については、 特設サイト があり、日本の首相らが行う日本語のスピーチの原稿だけでなく、それを翻訳したものや、同時通訳付きの動画が見られます *3 。
こうした国際会議で、議事を進行する際の正式な英語を学びたければ、 『ロバート議事規則』(Robert’s Rules of Order) を読んでみることをおすすめします。
話題の洋書やオーディオブックもおすすめ
さて、ここまで自らの半生を振り返りながら、英語との関わりについてお話ししてきました。お読みいただいた方はすでにお気付きだと思いますが、 私の英語学習の基盤をつくってくれたのは「多読」 です。
ただ、真似しようにも「いきなり国連はハードルが高すぎる」という方が多いと思いますので、その場合は、 話題の洋書を原書で読んでみる ことから始めてみてはいかがでしょうか。
1冊読み終える自信がないという方は、 先に 日本語版を読んでおけば、あらかじめ内容がわかっている分、英語でも理解しやすく、読み続けられると思います。
通訳になりたい人や会話力アップを目指している人は、 本を読むだけでなく、オーディオブックも聞いてみましょう 。発音を学びつつ、内容の復習にもなって、一石二鳥です。
英語を学びたい人に多読をすすめても、ほとんどの人は実行しません。きっと、もっと「即効性」のあるソリューションが欲しいのでしょう。しかし、 本気で英語力を身に付けたかったら、地道な努力を継続するしかありません 。
この連載で4回にわたって紹介してきた学習法が、皆さんの「英語の旅」のよい伴走者になることを祈っています。
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松下佳世 新聞記者から会議通訳者に転身した変わり種。元サイマル・インターナショナル専属通訳者。現在も通訳を続けながら、立教大学異文化コミュニケーション学部・研究科で教鞭をとるほか、サイマル・アカデミーのインターネット講座などを通じて、プロの育成にも取り組んでいる。著書に 『通訳になりたい!ゼロからめざせる10の道』 (岩波書店)、編著書に 『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』 (イカロス出版)など。
立教大学研究者情報は こちら 。
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