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フランス語圏のマンガ「バンド・デシネ」沼にはまった研究者おすすめの作品10選

フランス語圏のマンガ「バンド・デシネ」沼にはまった研究者おすすめの作品10選

フランス語圏のマンガ、バンド・デシネは、日本のマンガ家に影響を与えたことでも知られています。「興味はあるけれど、どの作品から読めばいいかわからない・・・」という方に向けて、バンド・デシネをご専門に研究されている猪俣紀子さんが、おすすめの作品を紹介します。

バンド・デシネ(BD)って何?

今回は、日本ではなかなか知られていないフランス語圏のマンガ「バンド・デシネ」(以下BD)について紹介します。bande dessinée(バンド・デシネ)は、直訳すると「描かれた帯」という意味です。英語のcomic strip(コミック・ストリップ)を訳した言葉といわれています。

フランスでBDは「9番目の芸術」とも言われており、芸術としての地位も確立しています。BDは日本でもフランス語のアルファベットの読み方で、「ベデ」もしくは「ベーデー」と呼ばれます。

日本、アメリカ、フランスは世界でも三大マンガ大国として挙げられる国です。日本ではそのイメージがあまりないかもしれませんが、フランスは「マンガ」文化の根付いた国なのです。

私とBDとの出会い

私がBDを知ったのは十数年前、フランスに留学していたときでした。フランスのアングレームという街で毎年開催される「アングレーム国際漫画フェスティバル」である作家と出会い、猛烈に好きになってしまったことから出版社を立ち上げ、BDを翻訳出版するに至りました。

翻訳出版をしたとき、出版社と書店の間をつなぐ取り次ぎ会社も通しておらず、何もわからなかったので、本屋を訪ねては交渉し、本を置いてくれるところが見つかるとリュックに本を詰めて納品しに行っていました。本を作ることは簡単だけれど、本を売ることは大変であると身をもって知りました。今よりもさらにBDが珍しかった2008年くらいの話です。そのときの作家とは今でも交流が続いています。今後も、細々とでも彼の作品の翻訳出版を続けていければと思っています。BDと出会ったおかげで、私の人生はとてもカラフルになりました。 

多様で自由なBDの世界

BDの魅力、それは「多様で自由なところ」だと思います。日本の感覚で考えると「マンガ」というジャンルから外れてしまうような、コマのない作品なども含んでおり、作家の豊かな世界が表現されています。

戦後、日本のマンガ市場は「雑誌に掲載され、それが単行本となる」という形式で発展しました。しかしフランスでは80年代くらいからBD雑誌がほぼ消滅し、BDの単行本は描き下ろしで出版されることがほとんどです。雑誌の編集方針や刊行ペースを考える必要がないということは、少なからず作品にも影響を与えていると思います。

日本のマンガとBDとの違いは?

白黒で印刷されることが多い日本のマンガと異なり、フルカラーの美しい色使いもBDの魅力の一つといえます。絵を描く人が着色もする場合と、カラリストが色を付ける場合があります。

美麗な絵で知られるエマニュエル・ルパージュは、2012年に来日した際のイベントで、「1ページ描くのに5日間かかる」と話していました。BDの作画ではアシスタントを使うことはほぼないので、日本のマンガ誌のように週に20ページ、月に30ページといったペースで連載することは困難です。

しかし、こだわり抜かれたルパージュの絵の写実的で細密な描き込み、練られた構図、彩色の美しさは我々をとりこにします。前述のように、日本のマンガと異なるシステムを持っていることがBDの魅力の一つを生み出しているのです。

ただし、BDの出版ペースは遅いです。日本のように3カ月待てば200ページを超える新刊が出るということはなく、BDは1年に1冊、48ページ程度の単行本が出るとよいペースなので、数十巻を超える長編シリーズは作られにくい傾向があります。

単行本の版型や装丁も、「アルバム」と呼ばれる伝統的なハードカバーのA4判から、ソフトカバーの新書版のようなもの、辞書のような厚さのものなどさまざまあり、見ているだけで楽しめます。  

BDの読者層や人気のジャンルは?

日本で翻訳されているBDは大人向け作品が多いですが、子ども向けのBDもあり、読者は子どもから大人までと幅広いです。いちばん読まれているジャンルは「ユーモア」、次に人気なのが「冒険」です。

日本と異なり、女性向け作品の市場が発展してこなかったため、BD読者には男性が多いという特徴があります。しかし日本の少女マンガの影響や、2000年以降SNSで発信されるエッセイBDが増えた影響で、「ガーリーBD」という言葉も聞かれるようになり女性作家は増えてきています。

フランスの思春期以降の若者には日本のマンガも多く読まれており、1人あたりのマンガの消費量は、日本に次ぐ世界第2位となっています。

フランスの国民的BD作品

2020年最も売れたのは『ラッキー・ルーク(Lucky Luke)』という西部劇のシリーズの最新刊でした。1946年から始まった、クラシックといえる作品です。

2019年のベストセラーは、1959年に開始し、古代ローマ時代を描いた「アステリックス(Astérix)」シリーズでした。

La fille de Vercingetorix

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英語版はこちら

特に「アステリックス」はフランスの国民的作品といえるBDで、日本では70年代に翻訳されていたものの今ではほぼ知られていませんが、多くの国で翻訳されている世界的に有名な作品です。

パリから北に30キロメートルのところには「アステリックス・パーク」というテーマパークもあり、ディズニーランド・パリとともに人気を博しています。アステリックス・パークには、ディズニーランドより激しいアトラクションが多いそうです。

日本のマンガと同様に、フランスでもしばしば人気のあるBDが映画化されています。「アステリックス」はもちろん、日本でもキャラクターグッズで知られている、ベルギーのマンガ家エルジェによる「タンタン」のシリーズは、スティーヴン・スピルバーグ監督によってハリウッドで映画化され、2011年に公開されました。同監督初の3D映画でもあり、話題となりました。

ハズレなし!研究者おすすめBD

日本でも2010年以降、BDの翻訳版が一定数安定して刊行されるようになりました。今では年に10タイトルを超える作品がコンスタントに出版されています。フランスでの日本マンガのように、本国で人気の作品がそのまま翻訳刊行されているわけではありませんが、フランスでの人気作、話題作も含めて日本語で読める作品が増えてきています。

以下では、おすすめのBDを紹介していきます。

少年マンガが好きな人に

日本のマンガ、アニメに親しんだ若手作家3人が、『バクマン。』(原作:大場つぐみ、作画:小畑健)の制作方法を参考にして描いた作品です。制作ペースは週20ページ、白黒で描かれ、日本の少年マンガと同じくらいの版型。バトルものの少年マンガですが、やはり日本の少年マンガとは違うというところを探すのも楽しいです。 

異文化を知りたい人に

1978年にシリア人の父とフランス人の母の間に生まれ、リビア、シリア、フランスで暮らした作者の自伝的作品。なかなか知ることのできない当時の中東の生活を、冷徹な観察眼とユーモアで赤裸々につづっています。第42回アングレーム国際漫画フェスティバル年間最優秀作品賞、第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しています。

フランス文学好きの人に

アルベール・カミュの小説『異邦人』をBD化した作品。マンガで簡単に「異邦人」がわかる、という学習漫画的要素はなく、作者が思い描いたカミュの世界をじっくりと味わうことができます。フランス文学者である訳者の詳しい解説付き。

「日常系」マンガが好きな人に

パリに住む独身アラサーOLの日常を描き、フランスで大ヒットした作品。実写映画化もされました。世間体に悩まされたり恋人に浮気されたりというジョゼフィーヌの日常が、日本の読者の共感も誘います。ペネロープの作品はほかにも邦訳されており、必見です。 

「老い」を考える人に

皺 (ShoPro Books)

皺 (ShoPro Books)

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アルツハイマー病を患い、老人介護施設に入所したエミリオが主人公。アルツハイマー病の進行でエミリオが変化していくさまに、胸が締め付けられます。この作品が老いに対して物理的な助けになることはなくても、しばしば思いをはせ、その存在に感謝するような、人生に寄り添ってくれる作品です。

おしゃれが好きな人に

イヴ・サンローランがクリスチャン・ディオールで働いていた1956年、20歳の時に描いたもの。フランスでは1967年に刊行されました。自己顕示欲が強く自分勝手なルルの日々が描かれています。イヴ・サンローランの新たな一面を見いだすようで興味深い作品です。

日本産の変わり種BD

村上春樹原作の短編小説をフランス人アーティスト2名が翻案、作画しBD化したもの。もともとアーティストの2人が村上春樹の大ファンで実現したプロジェクトで、計9タイトルが刊行されました。日本人原作の小説がフランス人によって描かれ日本で出版されたという変わり種BDです。

飛行機が好きな人に

第1次世界大戦時の航空機が多数登場する物語で、BDファンよりむしろ模型好きや第1次世界大戦に関心を持つ人々の間で話題となった作品です。第2次世界大戦を扱った別の作品もあります。出版元が旅客機専門出版社であることも興味深く、本屋ではミリタリー系の棚に置かれていることもあります。

日本のマンガに影響を与えたBD

フレンチコミック界の巨匠、メビウス幻の長編コミ ック『アンカル』の初の完訳出版です。メビウスは、映画監督フェデリコ・フェリーニら世界中のクリエイターに影響を与えており、谷口ジロー、大友克洋、浦沢直樹ら日本マンガの巨匠も、メビウスらBD作家の影響を受けたことがよく知られています。メビウスは宮崎駿とも親交があり、2004~05年にパリ貨幣博物館で共同展覧会「MIYAZAKI/MOEBIUS」が開催されました。

画を担当するガルニドは、アーティストが憧れるアーティストといわれており、来日した際にはマンガ家との対談が相次いで行われました。日本の少年マンガ『FAIRY TAIL』の作者、真島ヒロもイベントでガルニドと対談し、本作品の主人公である黒猫のブラックサッドを基にしたキャラクターを『FAIRY TAIL』に登場させています。

【番外編】話題のBD雑誌&イベント

バンド・デシネを紹介する雑誌です。2008年から紙書籍で8号まで出されていたものが、電子雑誌となり再登場しました。試し読みができ、毎号10作品以上が掲載されているため、BDとはどんなものかを知るのにも適しています。

www.meiji.ac.jp

明治大学米沢嘉博記念図書館で、「はじめてのバンド・デシネ」展(会期:2021年6月11日から9月20日まで、観覧無料)が開催中です。多数のBDを翻訳する原正人氏監修の展覧会です。2階の閲覧室は有料ですが、250冊以上の邦訳BD作品が読めます。

人生を彩る作品と出会おう

日本ではなかなか知る機会がありませんが、BDの世界は無限に広がっています。

特にBDに興味がない方も、コンテンツの一つの選択肢として覚えておくと、自分の人生を彩ってくれる作品と出会う機会があるかもしれません。最近ではBDを置いている公共図書館も増えていますので、ぜひ探してみていただければと思います。

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猪俣紀子

猪俣紀子(いのまた のりこ)茨城大学人文社会科学部准教授。翻訳BD:『ピエールとジャンヌのパパ!お話しして!』『オリブリウスのゆかいな冒険』『KUE(9)』『ポケットにつめるお話』(すべて、くらしき絵本館)
プロフィールイラスト:©José Parrondo