歴史から見るアメリカと日本、マンガ・アニメ文化の違い

『ENGLISH JOURNAL』2021年8月号の特集「アニメで英語を学ぶ理由。」より、「オタク文化」のスペシャリストとして大学で国際コミュニケーションを教える、パトリック・W・ガルブレイスさんへのインタビューを2回に分けてご紹介します。日米のアニメーションの違いとは?また、日本のアニメの魅力とは?

手塚治虫から始まった日本のマンガ

―アメリカのコミックやカートゥーンと日本のマンガ、アニメの違いはどこにあると思いますか。

マンガの神様、手塚治虫がやり遂げたことだけを見ても違いは明らかだと思います。彼は『罪と罰』 *1 のような世界の文学、ハリウッドの映画、ソビエトの芸術映画などに触れ、それが若かった手塚に 影響 を与えました。彼はそんな大人向けの物語をマンガに落とし込んだのです。第二次世界大戦が終結した頃、日本にエンターテインメントはほとんどありませんでした。それをなんとかしようとしたクリエイターたちがいて、彼らは人々が楽しめる話を作りました。マンガはテレビ以前から大衆に親しまれ、その後テレビがマンガとつながり大衆文化を生み出しました。これは手塚にとってはよいチャンスでした。

しかし、大事なことはもっと根本的なことです。ただ単にチャンスに恵まれただけだったらマンガは廃れていたでしょう。日本のマンガの根本的な特徴はもっと深い芸術的なものでした。手塚作品は子ども向けでしたが、彼は『ファウスト』 *2 のようであるべきだと考えたのです。ファウストは大人のための哲学書ではなく、マンガで伝えるべき道徳的な話で子どもが読むべきだと。それでマンガができることへの期待が高まったのです。

マンガは文学ではないですし小説でもありません。マーティン・スコセッシ [*3]の映画でもありません。マンガの読者はそんなふうに考えることもありません。敬意を持ってマンガと接し、マンガ、そしてそこから生まれるアニメに高い芸術性を期待します。

「大人向け」になるのに30年かかったアメリカ

アメリカのアーティストが同様のことをするのは大変だったと思います。第二次世界大戦後や(共産主義排斥主義運動である)赤の恐怖の時代、コミックやアニメーションがメディア文化を汚しているという感覚があったのです。子どもたちが非行少年になるというようなものです。当時、毎週無数のコミックが生み出され、ホラーコミック、恋愛コミック、ミステリー、犯罪物のコミックや小説が老若男女、あらゆる人たちに読まれていました。日本と同様にマンガ文化は根強いものでした。

しかしここで何が起きたかというと、政府が「コミックは子どもに悪 影響 を与える、止めるべきだ」と言い、規制し始めたのです。汚らわしいものはいけない、グロテスクなものも駄目だ、みだらなロマンスはけしからん。そういったことは子どもを作る夫婦間だけのことにとどめなくてはいけない、といった具合でした。つまり、道徳観のようなものを作ったのです。コミックス・コード *4 というルールが作られ、それに 従う と、ディズニー映画のようなものかスーパーヒーローものの2種類しか作れなくなりました。これにより、大人向けの物語を語ることは基本的に不可能になってしまったのです。

アメリカにスコット・マクラウド [*5]という研究者でもあるマンガ家がいます。彼は「映画が(すべての年齢層が見られる)G指定を受けることが仮に2倍難しくなり、さらにそのほかの指定は存在しないとなったらどうなるか想像してみなさい」と言っています。ディズニー映画でさえその検閲は通過しないでしょう。もしそうなったら質と深みのある内容を語ることは不可能です。

そこでアメリカのコミックに何が起こったかというと、メインストリームの強い文化となる代わりに主流から外れたものになりました。1960年代にアンダーグラウンド・コミックスと呼ばれたものです。日本のように主流とはならず、そこから外れた場所、独立系の出版社やロバート・クラム *6 のようなアンダーグラウンドのマンガ家を生み出しました。

一方、コミックは子どものためのもの、という考えは何十年も続きました。1970年代には大人向けの物語を描きたい人たちが出てきましたが、それはコミックではなくグラフィックノベルと呼ばれました。彼らは大人向け作品の再来を目指していましたが、実際にそれが実現したのは1980年代の中ごろから終わりの、いわゆるコミックのダークエイジと言われる時代が到来したとき、人々が「これまでのようなものはもうたくさんだ」と言うようになってからです。『バットマン』はダークな物語に変容していきました。『ウォッチメン』 *7 のような話もあります。その時代になってコミックが復権し、大人向けの話になったのです。30年という長い年月がかかりました。

しかし『マウス』 [*8]のようなグラフィックノベルがピュリツァー賞を受賞しても、多くの人は疑ったままでした。『マウス』が実質的に文学作品だとわかっていても、アメリカ文学として語られること、推薦図書となること、大学で取り上げられることに異議が唱えられました。

しっかりとした大人向けの物語であったとしてもです。かわいいマンガのネズミが語っているだけじゃないか、コミックは本物の文学ではない、マンガには芸術性や文学性が足りない、という意見と常に戦っている人たちがいるのです。

日本アニメの影響を受けた作品の登場

アメリカであったほどの偏見は日本にはありません。描画だから芸術的ではないと言う人もいません。ばかげていますよね。萩尾望都さんの『トーマの心臓』 [*9]が描画だから本物ではないなんておかしなことです。アメリカにはおかしな偏見がありましたが、日本のマンガやアニメが広まったために今、世界各地でルネサンスが起きています。突然、グラフィックノベルが注目されて、人々が図書館に足を運び、本屋を訪れ、コミックを買っています。日本のマンガも手に取り、グラフィックノベルも手に取っているのです。そんな人たちは日本のマンガに 影響を受けて大人になり、日本と海外のハイブリッドの表現が生まれてきています。今人気を得てきているそんな作品が、将来のコミック作家を後押しすることになるかもしれません。

影響はアニメーションにも見られます。『 アバター伝説の少年アン10 は明らかに日本のアニメの手法を用いています。子ども向けですが、上の世代にも楽しまれています。『 スティーブン・ユニバース11]も [影響 を受けていますね。『 アドベンチャー・タイム12 という作品は実際、湯浅政明さん 13 のようなアニメーターを起用しています。

大人が楽しめる日本生まれのアニメから着想を得た、新たなハイブリッド型のコミックやアニメーションが生まれています。そんな状況で、コミックやアニメーションが再び人気となっているんです。

昨年だけを見ても、グラフィックノベルの販売部数はアメリカで急増しました。その伸びの80%が日本のマンガによるもので、20%がアメリカのグラフィックノベルによるものでした。読者層は 拡大 していて、マンガがその扉を開いたと言えるでしょう。古典作品やその流れをくむ作品への注目も高まっています。コミックは以前芸術的ではないと思われていましたが、実はそうではないと人々が気付き始めたのだと思います。

後編はこちら!

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※ この記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年8月号の内容を再構成したものです。

*1 :ドストエフスキーの長編小説で代表作。

*2 :ゲーテの代表作とされる長編二部構成の戯曲。手塚氏はこれを題材に、舞台を日本の高度成長期に置き換えた『ネオ・ファウスト』を描いた(1987-88、作者死去により未完)

*3 :アメリカの映画監督。代表作に『タクシードライバー』(1976)、『レイジング・ブル』(1980)など。

*4 :アメリカのコミックス倫理規定委員会が策定したコミックス倫理規定。

*5 :アメリカのマンガ家。マンガに関するノンフィクション・マンガUnderstanding Comics(1994)などで知られる。

*6 :アメリカのマンガ家。1960年代のアンダーグラウンド・コミックス運動の創始者の一人。

*7 :現代の不安を反映させ、反道徳的でもあるヒーローを主人公としたアメリカのコミック。

*8 :『マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』は、ホロコーストの時代をマンガ特有の表現を駆使して描いた作品。1992年にマンガとして初めてピュリツァー賞(特別賞)を受賞した。

*9 :1974 年より『週刊少女コミック』に連載された、ドイツの学校を舞台とする作品。

*10 :原題はAvatar: The Last Airbender。アメリカで放映された、近代以前のアジアをモチーフとするアニメーション。

*11 :日本のアニメファンであることを公言するアニメーターが監督を務めた作品。

*12 :2014 年にアニメ界のアカデミー賞といわれるアニー賞を受賞しているシリーズ作品。

*13 :『クレヨンしんちゃん』シリーズなどで知られるアニメ監督。近作は『映像研には手を出すな!』(2020)。

パトリック・W・ガルブレイス 専修大学国際コミュニケーション学部准教授。アメリカ、アラスカ州生まれ。オタク文化、萌えのスペシャリストであり文化人類学者。著書にThe Moe Manifesto: An Insider’s Look at the Worlds of Manga, Anime, and Gaming(Charles E. Tuttle)、Otaku and the Struggle for Imagination in Japan(Duke University Press)などがある。

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