『ENGLISH JOURNAL』2021年8月号の特集「アニメで英語を学ぶ理由。」より、「オタク文化」のスペシャリストとして大学で国際コミュニケーションを教える、パトリック・W・ガルブレイスさんへのインタビューを2回に分けてご紹介します。後編では、「オタク」という言葉が持つ意味や、ガルブレイスさんのお気に入りの日本アニメを教えていただきました。
前編はこちら!
「オタク」に魅了されていた初来日の頃
――日本のアニメ文化と切り離せない言葉に「オタク」があります。今はポジティブな意味合いも持つようになってきていると思いますが、ガルブレイスさんは、この言葉をどのように感じているでしょうか。
私は以前からオタクに非常に興味があり、そのよくわからない存在に魅了されていました。留学のため初めて日本に来たとき私は胸躍らせたものです。でもその話をした日本のホストマザーには、予想に反し嫌な顔をされてしまいました。彼女は私に秋葉原に行くようにも教えてくれたのですが、少し家から離れた方がよいという意味だったのかもしれません。友人たちからの印象も予想とは異なり、とにかくオタクというのはいい言葉ではないのだという印象を受けました。
オタクというのは奇妙な人々で、シャツの裾をズボンの中に入れ、頭にバンダナを巻き、マンガを読みあさっている変なやつと思われているようでした。この単語はポジティブな言葉ではなくネガティブな言葉だという印象を受け始めたのが2004年ごろです。
そんな中で『電車男』 *1 が注目を集めました。
すると突然、みんながオタクを肯定し出したのです。オタクが格好いいものになりました。昨日までは否定されていたものが、今日はよいものとして取り上げられる。これはいったいなんだろうと思いました。同時期に政治家の麻生太郎氏が秋葉原を訪れ、路上でスピーチをして「オタク文化は日本文化であり誇るべきものだ」と語ったこともあります。
でもそのスピーチをした通りで成人向けマンガなどが売られていることを麻生氏は気付いていたのでしょうか。オタク文化とは手塚治虫や宮崎駿のような作品ばかりではありません。
人によって使い方が異なる「オタク」
オタクという日本語の単語への理解が深まるにつれて、人によってその意味することが違うと感じるようになりました。それはまるで、同じ単語をある人はカタカナ、ある人はひらがな、もしくはひらがなと漢字を組み合わせて書き、その意味するところがそれぞれ違うようなイメージです。
実際にオタクという言葉は人によって異なる解釈で使われていました。ジャニーズオタクのように広い意味で使われるケースもあれば、特別な意味を持つこともあります。観光客がやってくる秋葉原では、オタクという言葉が特別な意味を持って使われていることが顕著でした。
私が秋葉原でフィールドワークをしているとき、物珍しそうにこの界隈の写真を撮る人々を見掛けました。外国を訪れてサファリで変わった動物を見ているかのように、渋谷から来たような人たちがメイドカフェを探したりして街を見学しているのです。このエリアは東京の中心にありながらも奇妙なサブカルチャーに覆われてきた特異な場所だったのです。
その頃海外では、アニメやマンガがクールなものとして捉えられ始め、日本政府にとっては一種のソフトパワーとなり始めました。2005年には村上隆の展覧会「リトルボーイ」 2 がニューヨークで開催され、(権威ある機関の)ジャパン・ソサエティー 3 がそのスポンサーをしました。そこで展示されていたのはウルトラマン、仮面ライダー、エヴァンゲリオンといった純粋なオタク文化です。
彼が成し遂げたことの意義は、オタク文化を日本の文化として披露しただけでなく、エッジの効いた芸術的、前衛的、クールな文化として披露したことにあります。彼の作品には数百万ドルの値が付き、カニエ・ウェスト *4 のような人々がアニメに興味を持っていることも知られるようになります。何かが起こっていると感じさせるような出来事でした。
このようにオタクという言葉には別の側面もあるのです。奇妙で普通ではない人々として見られがちですが、見方が変われば彼らも普通の人々であり、外国のクールな文化のファンでもあります。海外から日本に逆輸入されるにせよ日本から海外に進出するにせよ、海を越えて新たな場で生まれる愛好家たちもオタクになります。その際に使われるオタクという言葉は、それまで日本で使われてきた意味とはまったく違った意味合いで使われているかもしれないと思いませんか。
「常識」から見る「オタク」
私がフィールドワークでアニメやマンガに関するさまざまなことをしていると言うとオタクと呼ばれますが、それはクールな文化として見られることもあれば奇妙な文化として見られることもあります。価値ある資源として捉えられることもあれば、迷惑として捉えられることもある。そういったすべての要素が絡み合う中で、この界隈は葛藤しています。
オタクという言葉について質問されたときに私がいつも言っているのは、人が誰かのことをオタクだと言うとき、その人はその人のレンズを通じて世界を見ているということです。そこには多かれ少なかれステレオタイプがあり、それがポジティブであろうとネガティブであろうと、オタクである決め手をその人の中に探しているのでしょう。そして、それは大きく偏る可能性があるのです。
私の友人であるシンガポールの社会学者は1980年代以降に育った日本の大学生や若者たちを対象に、オタクと普通の人は何によって分けられるのかを研究しました。オタクとは何かを定義するために、彼は非常に興味深い四つの「法則」をまとめ、普通の人とそうでない人、つまりオタクの行動分析をしました。
四つの法則とは、まず「コミュニケーションの法則」。オタクはコミュニケーションを取るのが苦手だということです。これは二つ目の「マイノリティーの法則」にも関係します。マイナーなことの面白さを人に伝えるのは難しいですし、誰も理解しませんし、だから面白いと思うような人たちです。
三つ目は「現実の法則」です。度が行き過ぎてしまう人はオタクです。マンガは誰だって読みますね。外出せずに家でずっとマンガを読んだら、オタクかもしれません。誰も理解できないマイナーなマンガを読んだらどうなるでしょう。閉鎖的な世界にハマっていけばいくほどオタク度合いは強くなります。
そして最も面白い四つ目の法則は「男らしさの法則」です。のめり込み過ぎてしまう人は性役割を果たすことができないと思われます。つまり例えば、デートをすることができない、成熟した大人になることができないといったことです。これが性役割の失敗であり、男らしさの法則です。
ここで「男らしさ」という言葉が使われるのは、女性がオタクであるということが想定されていないからですが、実際には女性のオタクもいます。歴史を振り返っても1970年代から女性のアニメファンは存在していました。初のアニメファンクラブが作られたのは、1970年代初期の『海のトリトン』 *5 でしたが、その会員のほとんどは女性です。
1970年代の同人誌は女性が中心で、コミックマーケットのような集まりを開けばその80~90%は女性でした。女性がファンダム(ファンの集まり)の一部ではなかったと考えるのはおかしな話です。
では、なぜ女性はオタクとして見られないのでしょう?それは男性だけをオタクとして捉えがちな私たちの凝り固まった偏見のためです。ここからわかるのは、認識には偏りがあり、私たちが話していることにはずれがある、ということです。全員が同じことを話しているつもりでも重要なニュアンスを逃している、例えば、男性のファンと同じくらい熱狂的な女性ファンの存在が忘れられていることなどです。
私はこれがオタクだと決め付けるのではなく、その言葉には常に疑問符を付けておくべきだと思います。私がこの言葉を使うときは引用符で囲み、“オタク”とすることで議論の余地を残すようにしています。アニメオタク、日本オタク、アイドルオタク。その意味はなんでしょうか。オタクとは明確に定義されるものではなく、そこから議論を始めるために付け加えられる言葉のような存在であるべきだと思います。
日本ならではの秀作の数々
――インタビューも終わりに近づいてきましたが、ガルブレイスさんのお気に入りの日本のアニメについてお話しいただけますか?
数週間前に『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 *6 を見ました。アニメーションとしてだけでなく、テレビ映画プロジェクトとしてもこれまで生み出されてきた作品の中で最も優れたものの一つがエヴァンゲリオンだと思います。本当に独創的で心を奪われます。私にとってトップの作品はこれでしょう。
今私が見ているのは『NOMADメガロボクス2』 7 という、『あしたのジョー』 8 を基にした話です。アニメーションも素晴らしいのですが、ほかの国のアニメができないことをしています。具体的に言うと、社会に存在しないとされる下層階級の人々への差別、人種差別、そしてナショナリズムを、アニメを通して問題提起しているのです。作品ではラテン系の人々にスポットを当て、人間らしい人間として描いています。このことはアニメの視聴者に対して、ジョーを主人公として見る以上のインパクトを与えるだろうと思います。ジョーは、私たちが考えを及ばせたり共感したりすることのない、下層階級の移民の声の一部なのです。このような発信の在り方は素晴らしいと思います。
今後も期待作が次々に発表されるようです。これは特にNetflixがブームになり新しい資金の流れができたことにも関係すると思われますが、同時に多くの才能豊かなクリエイターたちがアニメの世界に参入し始めたことにも起因すると思います。女性の監督はその一例でしょう。『銀魂』 9 などを女性が監督するようになり、山本沙代さんや山田尚子さん 10 といった女性監督が業界に新しい風を吹かせ、可能性を広げています。
思いもよらない作品がとても深かったりして、私を本当にとりこにしています。何日か前にふと見たのは『Vivy ?Fluorite Eye’s Song?』 11 という未来のAIテクノロジーに関する話で、ロボットが未来からやって来てAI革命を止めるというものでした。『ターミネーター』 12 のような話かと思っていたのですが実際にはまったく異なり、とても引き込まれる予想もしていなかった内容でした。
こういう予想外のことがあるから日本のマンガやアニメというアートの魅力にはまってしまいます。ほかのものでは不可能なことも形にして、私たちに驚きを与えてくれる。ハリウッドからラブコールがあるのも納得です。唯一無二であり、クリエイティブ業界ではもう今や枯渇している新しいアイデアがあるのです。この先は日本のアニメブームというだけにとどまらず、知的財産である作品と才能あふれるクリエイターたちが、欧米のクリエイティブ産業全体で熱狂を巻き起こしていくことでしょう。
インタビューこぼれ話もお見逃しなく!
ENGLISH JOURNAL 8月号ではインタビュー英語音声をDL提供中!
*1 :2004年に発行された、インターネット掲示板への書き込みを基にした恋愛小説ベストセラー。マンガ、映画、テレビドラマなども作られ大きな話題となった。
*2 :2005年にニューヨークで開催された展覧会。芸術家、村上隆氏のキュレーションにより、戦後日本のサブカルチャーをまとめ上げた。
*3 :日米の相互理解を深めることなどを目的とする、アメリカの非営利組織。
*4 :アメリカのミュージシャン。音楽制作の 影響 を大友克洋氏のマンガ『AKIRA』に受けたことを公にしている。
*5 :手塚治虫氏のマンガを原作とするアニメ作品。トリトン族の生き残りで13歳の少年が主人公。1972年放映。
*6 :2021年作品。1995年に始まったSFアニメ「エヴァンゲリオン」シリーズの完結編。
*7 :1960-70年代のマンガ『あしたのジョー』の50周年を記念して製作されたアニメシリーズ『メガロボクス』の続編。
*8 :1967年から『週刊少年マガジン』に連載された、ボクシングがテーマのスポーツマンガ。
*9 :累計発行部数5500万部を超えるマンガを原作とするアニメ。
*10 :山本氏、山田氏共に、数々の作品の演出などを務めるアニメーション監督。
*11 :2体のAIを中心とするSFヒューマンドラマ。各配信サービスで視聴可。
*12 :架空のアンドロイドが登場するアメリカのSF作品。1984年に公開された。
パトリック・W・ガルブレイス 専修大学国際コミュニケーション学部准教授。アメリカ、アラスカ州生まれ。オタク文化、萌えのスペシャリストであり文化人類学者。著書にThe Moe Manifesto: An Insider’s Look at the Worlds of Manga, Anime, and Gaming(Charles E. Tuttle)、Otaku and the Struggle for Imagination in Japan(Duke University Press)などがある。
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