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『ENGLISH JOURNAL』編集者が振り返る、アメリカ政治・文化研究者の越智道雄さんとの思い出【追悼】

『ENGLISH JOURNAL』編集者が振り返る、アメリカ政治・文化研究者の越智道雄さんとの思い出【追悼】

英語圏の政治・文化を専門に研究され、『ENGLISH JOURNAL』でも度々ご執筆いただいていた越智道雄さんが、2021年5月26日に亡くなりました(享年84歳)。追悼企画として、当時のアルクの編集者が思い出を振り返ります。

アメリカの政治・文化研究の第一人者、越智道雄さん

越智道雄さんは、1936年愛媛県生まれ。英語圏の政治・文化の研究者で、1975年から明治大学商学部教授、2007年からは名誉教授に就任されました。

『ワスプ(WASP):アメリカン・エリートはどうつくられるか』(中公新書)や『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』(朝日新書)など、アメリカ論を中心とした多数の著書を持つほか、『フリスビーおばさんとニムの家ねずみ』(童話館出版)、『キリストは何を食べていたのか?聖書から読む「神に近づく食生活」』(ビジネス社)など、90冊以上の作品の翻訳に携わりました。

また、詩人や随筆家、小説家などから構成される「日本ペンクラブ」の理事、同国際委員長、オーストラリア・ニュージーランド学会会長、日本翻訳家協会評議員を歴任。同時に映画の造詣も深く、パンフレットなどへも多数寄稿されています。

そんな越智さんには、『ENGLISH JOURNAL』でも、アメリカの時事を中心に数多くの記事をご執筆いただきました。

この記事では、2021年5月26日に老衰のため亡くなられた越智さんへの追悼企画として、EJでお世話になった当時の4人の編集者たちが、「舞台裏」の越智さんとの思い出を振り返ります。

衰えることのない、知的パワーとバイタリティ

80年代後半に私がEJ編集部に配属された際、越智先生はすでに多元文化国家アメリカの政治・文化研究家として名をはせておられました。

当時、同僚が先生に依頼し「キーワードでアメリカを知る」という趣旨の連載コラムを始めたのですが、まだワープロも普及していなかった頃のこと。先生の「恐ろしく個性的な」手書き文字に、彼女が毎月悪戦苦闘していたのが思い出されます(笑)。

でもいざゲラを読むと、毎回毎回、切れば血の出るような新鮮な情報に触れることができて刺激的でした(なぜか、アメリカに広がる「中華料理店症候群(MSG症候群)*1」の記事のことがやけに印象に残っています)。

単に情報を紹介するだけでなく、それに加えられたアメリカの政治、人種、ジェンダー、セクシュアリティ等に関する先生の深い洞察に唸(うな)らされたものです。インターネットなんて影も形もなかった時代に、あれだけの情報を収集するには、よほどの熱意を持って各種文献や映像などさまざまな媒体を調査しておられたのでしょう。

先生のすごいところの一つは、その後年を重ねられても、「過去の業績」に頼ることなく、常に新しい情報にキャッチアップし、どんどんアップデートされていたことだと思います。その知的パワーやバイタリティには、多くの人々がインスパイアされ、勇気づけられたのではないでしょうか。

本当に、唯一無二の方でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

そういえばノリのいい先生は、「上から読んでも下から読んでもオチミチオ」がキャッチフレーズだった国会議員の越智道雄氏との「同姓同名対談」なども引き受けてらっしゃいました(どんな内容かは知りません)。

もう一人の越智氏はどうなさっているかな、とふと思い立って調べると、奇しくも今年1月逝去されていました。なんだか不思議な気がしました。

菊地田孝子

菊地田孝子
1986~87、92~96年頃にEJ編集部に在籍。1980年代半ば入社、語学教材や会報誌の編集に携わる。映画を題材にした越智先生の時評エッセイ集『アメリカ映画の暗号を読み解く』(2000年)の編集も担当したが、先生は内心「書名が大仰」と思われていたようで、前書きに「私がつけた題名ではない」と書かれた(爆)。

「ヒラリーがかわいそうで・・・」印象的な一言

私がEJ編集部にいたとき、越智先生にはもっぱらその時々の社会事象や事件についてエッセイを執筆していただいていました。

現在のBLM(Black Lives Matter)運動の発端となった黒人少年、トレイヴォン・マーティンの射殺事件や、自動車の街デトロイトの財政破綻と再建など、政治、歴史、音楽、映画といったさまざまな視点から縦横無尽に切り込んだ長文エッセイは、「非常に読み応えがあり、アメリカに興味が出てきた」「仕事の顧客とのトークのときに、こういう教養のあるネタが使える」など、読者の人気も高いものでした。

2013年11月号「黒人少年トレイヴォン・マーティン射殺事件を解く オバマは自ら開いた『パンドラの箱』を閉じられるのか?」

EJ2013年11月号「黒人少年トレイヴォン・マーティン射殺事件を解く オバマは自ら開いた『パンドラの箱』を閉じられるのか?」

2014年2月号「デトロイト物語」

EJ2014年2月号「デトロイト物語」

マイケル・ジャクソンについての特別寄稿で、熱烈なMJファンの読者から反論をいただいたときには、越智先生が「僕ね、ファンの心理はよくわかりますよ」と落ち込んでいる私を逆に慰めてくださったことも。

ヒラリー・クリントンが大統領選で思わぬ敗退を喫し、その敗北演説についてエッセイを依頼したときには、「ヒラリーがかわいそうでね、まだ敗北演説を聞けてないんですよ」と。そんなやさしいところがある越智先生でした。

英語圏の社会事情を知らなくても英語を身に付けることはできます。でも、言葉は元来、人と人を結びつけるもの。相手を知りたい、理解したいという心もなく、記号の使い方の手練れになってしまってもむなしいでしょう。

越智先生の博識と知への飽くなき探求力にはかないませんが、英語を取り巻くやわらかい情報にも敏感な、そういう一学習者であり続けたいと思っています。

永井薫
2008~2014年にEJ編集部に在籍。英語学習書籍や翻訳・通訳者向けムック、通信講座「ヒアリングマラソン」「ボキャビルMUST」などを担当。

想定外のトランプの勝利!特別対談を企画

EJを担当していた2016年の大統領選でドナルド・トランプが勝利し、アメリカ合衆国第45代大統領に就任しました。メインストリームのメディアしか見ていなかった私は当然ですが、越智先生ですら予想外の結果です。そこでEJでは、越智先生のご提案で、同じくアメリカ事情に詳しい町山智浩さんとの対談による特別企画を組みました

先生のアメリカに関する知識の豊富さと鋭い分析のおかげで、とても読みごたえのある記事になりました。

朝熊浩
2016~17年にEJ編集部に在籍。書籍や雑誌、通信講座の編集を担当。

ヴァージニア州を2人で駆け回った、ディープな取材旅

「この曲、よくかかるねぇ」。

あの日、越智道雄先生と私は、アメリカ・ヴァージニア州の片田舎を目的地シャーロッツヴィルに向け、カーラジオから流れる曲に耳を傾けながら車を走らせていました。クリントン大統領2期目の就任式直前、1997年1月のことです。

アメリカ南部州政府観光局が採用してくれた観光誘致企画、「大統領多産地帯ヴァージニアの謎」の取材のため、2人でヴァージニア州を車で走り回っていました。「観光誘致」とはいえ越智先生のこと、風光明媚な名所をめぐる旅などではありません。

史上最多8人の大統領を生み出しているヴァージニア州の秘密を解き明かそう、というミステリー仕立ての企画でした。

2013年11月号「大統領多産地帯ヴァージニアの謎」

EJ1997年4月号「大統領多産地帯ヴァージニアの謎」

大統領ゆかりの地を押さえつつ、取材対象は、新右翼と目される実業家から、キリスト教右翼の説教師、ワスプ文化の継承者であるキルト作者、1960年代のカウンターカルチャーを彷彿(ほうふつ)とさせるコミューンの住人たちやトランスパーソナルの協会代表まで。

アメリカの深層に触れ続け、独自の仮説を立て、特異な情報を発信してきた越智先生らしいディープなセレクションでした。

キリスト教右翼がその後、トランプ大統領を生み出す一因になったことを考えれば、越智先生の目の確かさは明らかでしょう。アメリカがバイデン氏を大統領に選び、舵(かじ)を切り直したとはいえ、この混迷の時代、越智先生の声に耳を傾けたい、そう願うのは私ひとりではないはずです。

あの日、車のラジオから流れていたのは、当時アメリカFM局でヘビーローテーションされていた、R.ケリーの "I Believe I Can Fly"。取材から帰国後、すぐにタワーレコードに行ってCDを買い求めました。越智先生にもプレゼントしておけばよかったなあ、というほろ苦い思いを残しつつ、今後もこの曲を聴くたびに、越智先生とのあの旅を思い出すに違いありません。R.I.P.

白川雅敏
1994年4月号~2001年9月号まで(90回!)、越智先生によるEJの長寿連載「アメリカ再認識への旅」を担当。

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*1:中華料理を食べた後に生じる体調不良のこと。グルタミン酸ナトリウムが原因と言われていたが、現代では科学的に因果関係がないことが証明されている。

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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