書籍『通訳というおしごと』の執筆裏話【通訳の現場から】

通訳の現場から Vol. 34

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

書き下ろしを一冊作り上げる苦労

2020年2月26日にアルクさんから『通訳というおしごと』という本を出しました。前作の『同時通訳者のここだけの話』は、もともとENGLISH JOURNALで連載されていたこのコラムをまとめて微修正を加えただけの作品なので、1冊書いた!という思いは正直なかったのですが、新作は書き下ろしです。そして書き下ろしは・・・とてもハードでした!本業をこなしながら本を1冊書くプロセスを完全になめきっていました。

どれくらいなめていたかというと、2018年の冬にはもう書籍の具体的な話が出ていて、2019年5月にキックオフ、通訳業務が比較的スローになる夏場に一気に書き上げて、9月から始まる繁忙期は本業に集中、という基本的な計画に対して、「これでいきましょう。8月末までに書けなかったら永遠に終わりませんよ」とデカい口を叩いて担当編集者を喜ばせたのでした。いや、本気で終わると思っていたのですよ、少なくとも当時は。

私は常日頃から通訳者以前に自営業者であることを強く意識しているので、通訳以外の仕事も興味が持てれば積極的に関わっています。通訳一本で食べていこうと考えたことは一度もありませんし、働き方の多様化が求められている今日、きちんと仕事をするのであれば別に一つに絞る必要はないと思うのです。これまでも隣接分野の翻訳をはじめとして、翻訳・通訳コーディネーター、金融ライター、言語コンサルタント、セミナー講師などさまざまな「副業」を持ってきました。パリコレのオファーはまだ正座して待っている状態です。本をゼロから1冊書き上げる経験はしたことがなかったので、よし、やってみるかと深く考えずに飛び込んでいきました。書きたい内容はわかっていたので、あとは思考を整理しながら言語化する作業だけです。

さて、いざ書き始めてみると、これも書きたい、あれも書きたいと考えるばかりで、遅々として進みません。『同時通訳者のここだけの話』のように1話完結ではないので、全体の流れや内容の重複を管理しながら進めなければなりませんが、PCの前に座ったら考えが膨らむばかりで肝心のキーボードはノータッチ。それどころかYouTubeで2時間浪費、なんてことが日常的にありました。そしてこういう時に限って部屋の片付けや本棚の整理がはかどる。さらに仕事もぼちぼちあるので、マイペースで進めていたら進んでないけど)9月の繁忙期に突入していました。この時点で締め切りを1度延期してもらったのですが、担当編集者から「もう次はねえぞこの野郎」的なメッセージを内包した丁寧なメールを頂き、一気に尻に火がついて書き始めました。本当は8月に今時珍しい手書きの催促レターをもらった時点でこれはヤバいと思っていたのだけど。

女性ファンを増やすのが究極の目的⁉

本の内容にも触れておきましょう。本書は基本的に、職業としての通訳に興味がある人から、現場デビュー3年未満程度の読者層を想定して書きました。第1章「通訳業界のしくみ」では、通訳が必要とされる業界とその特徴、異なる通訳形態、フリーランスやインハウス(社内通訳者)の違い、標準的な報酬体系などを解説。第2章「通訳者の道」では、通訳者に求められる適性やスキル、プロになるまでの典型ルートなど。第3章「実況中継 ! 通訳の現場から」では、現場に入る前の準備、ブース内での振る舞いとマナー、案件終了後にするべきことを細かく説明。第4章「選ばれる通訳者になるために」では、通訳技術を少しと通訳者としてのブランディング、レートとスケジュール管理など。そして第5章「激変する環境をサバイブする」で、今後の通訳業界のトレンドと、その流れの中でどう振る舞うべきかについて個人的見解を述べています。これに加えて、異なる背景を持つプロ通訳者6人にインタビュー形式で協力してもらいました。ページ数が担当編集者の想定を大幅に超えたため、もう誌面上で土下座しかありません。迷惑かけてごめんなさい!

私は二番煎じが好きではないので、何かを書くのであれば絶対的に新しい要素、つまり市販の通訳本ではまだ取り扱われていない内容を盛り込みたいと考えていました。例えば、通訳エージェントに登録する際に受ける試験の具体的対策や、レートやスケジュール管理の考え方、通訳技術や話し方を工夫したブランディングのヒントなどは確実に国内初だと断言できます。いつもはこのコラムでテキトーな姿を見せている私にも真面目な一面があるのだよ……とアピールして女性ファン(F1層)を増やすのが本書の究極の目的です。

本では書けなかったこと・・・

ちなみにロングインタビューに協力してもらった3人の通訳者について、本では書けなかったのでここで少し。平山敦子さんは業界のドラえもんと呼ばれるほどのガジェットおたくで、自作のマイクや音響設備を現場に持ち込むほどの徹底ぶり。最近では通訳用のタイマーもハンダごてで自作していました。彼女が管理している現場では音響の問題が皆無なのでとても安心です。イギリス在住時からブログなどで情報発信をしていた方で、私が新著で書いた内容をずっと前から実践していた方です。元レースクイーンといううわさ。

中村いづみさんは私が業界で純粋に尊敬する通訳者の一人。技術は当然として、一緒に組むパートナーの気分を絶対に害さないし、社内通訳経験が長いので、雇い主(企業側)が求めるものを明確に把握できていて現場がスムーズに回ります。通訳は安定性が大事とこのコラムでもたびたび書いていますが、彼女は安定性の塊。ピンチでもまったく動じません。でも飲み会でワインが入ると子どものようにケラケラ笑うのが魅力的。旦那さんは生粋のニューヨーカーです。

橋本佳奈さんは、台湾関係のトピックでは間違いなく国内トップクラスの通訳者です。彼女はとても謙虚な方なのですが、本来であれば私のようなチンピラ通訳者が書いた本に登場するなんて考えられないくらいの実力者。仕事をしながら2人の子どもを立派に育て上げました。以前に自宅を訪問したとき、冷蔵庫に「通訳5カ条」というメモが張り付けてあって、その最初に「1.奇跡は起きない」と書いてあったのがとても印象に残っています。実際、起きないですしね !

さて、この原稿は新著発売日(2月26日)に書いているのですが、2時間後には成田空港へ向かいます。コロナ問題の終息が見えない中、果たしてアメリカに入国できるのか・・・入国審査ではデトロイト・ビカム・ヒューマン的なシーンをリアルに味わってきます !

関根マイクさんの本
同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年5月号に掲載した記事を再編集したもので す。