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6時間目:音楽 誰よりもイギリスらしかった ザ・ビートルズの音楽【イギリス文化論】

「美術」「デザイン」「ファッション」「文学」「戯曲」「音楽」・・・。世界や日本が影響を受けたイギリス文化は数多くあります。イギリス好きなら知っておきたい文化の今昔を、詳しい専門家の方々に授業形式で解説していただきます。さらに課外授業として、イギリスに住む人しか理解できない(?)超ブリティッシュ英語フレーズもお届けします。これを読めばきっと、 “I Love the UK!” 熱にますます拍車がかかるはず!

誰よりもイギリスらしかった ザ・ビートルズの音楽

世界的な人気を誇り続けるポップ・グループ、ザ・ビートルズ。1960年代に活動、国籍や人種を超えて支持を得てきた彼らは、アメリカのロックンロールや映画の格好よさを取り入れながら、常にイギリスの文化やユーモアをその音楽で表現してきた。ローカルな地名や17世紀のブラック・ユーモア、ミュージックホール文化などを取り入れるなど、ザ・ビートルズは誰よりもイギリスらしい音楽グループだった。

Active in the 1960s, The Beatles created music that continues to enjoy worldwide popularity and boasts a following that transcends nationality or race. Their music combines the appeal of American movies and rock ’n’ roll with British culture and its distinct sense of humour. Incorporating local place names, 17th century black comedy and music hall culture in their work, The Beatles feel more British than any other music group, past or present.

実は巧みにイギリス化されたアメリカンロック

ザ・ビートルズは20世紀以降のポピュラー音楽で最も重要なグループといわれる。1962年にデビュー、世界に「ビートルマニア」と呼ばれる旋風を巻き起こした彼らは、同じイギリス出身のザ・ローリング・ ストーンズやクイーンですらもかなわない人気を誇る。1965年にロックンロール・バンドとしては初めて大英帝国勲章(MBE)を受けたのも彼らだった。

デビュー当時の彼らがイギリスで支持を得たのは、実は「イギリスらしくない」イメージによるものだった。彼らの音楽はチャック・ベリーやリトル・リチャードなどのアメリカのロックンロールからの影響が大きかったし、また映画『乱暴者(あばれもの)』(1953)の マーロン・ブランド、それを踏襲したエルヴィス・プ レスリーのレザー・ファッションも取り入れていた。 

だが、単なるアメリカ文化のイミテーションに終わることなく、イギリスのローカル性を失わなかったことが、ファンに親しみを持たせた。ポール・マッカートニーやジョン・レノンは世界的な成功を収めてもリバプールなまりが取れなかったし(取る気もなかった?)、後期の曲「サン・キング」(1969)でもリバプール独特のなまりのスラングchicka ferdy(「失せろ!」というような意味) が使われている。

また、ザ・ビートルズの音楽には、20世紀初めからのイギリスのミュージックホール(コンサートホー ルとパブの中間のような当時の娯楽の中心)文化の流れにある音楽とコメディーからの影響があった。彼らが聴いて育ったラジオ番組『The Goon Show』 (1951-60) ではしばしばコメディーソングが歌われたが、スパイク・ミリガンやピーター・セラーズら出演者の多くがミュージックホールの舞台を踏んできた。その音楽プロデューサーがジョージ・マーティンだった。ザ・ビートルズのメンバーたちは彼が自分たちのレコードをプロデュースすると聞いて、「あの『The Goon Show』のジョージ・マーティンだ!」と色めき立ったという。

旧時代のミュージックホール文化から脱して新しいポップ文化を創っていったザ・ビートルズだが、最もわかりやすい形でミュージックホール文化を取り入れたのがアルバム『アビー・ロード』(1969)の「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」だった。この歌詞は主人公のマックスウェルが銀のハンマーで次々と脳天をかち割り、殺人を犯していくというブラッ ク・ユーモアに満ちたものだった。

『The Goon Show』にもそんなブラックな要素はあったが、「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」 の無邪気なバイオレンスは17世紀からイギリスで子どもたちに愛されてきた人形劇『パンチとジュディ』まで時代をさかのぼることができる。パンチが棒でジュディをめった打ちに殴ったり、オチでパンチが絞首刑になったりするなど、現代ではその暴力性が問題視されることの多い人形劇だが、300年以上の間イギリスの子どもたちを喜ばせてきた。

『The Goon Show』の大ファンで、イギリスのコメディーを代表するチームとなったモンティ・パイソンもザ・ビート ルズと密接な関係を持ってきた。メンバーだったエリック・ アイドルは、ザ・ビートルズのパロディーであるザ・ラトルズをフィーチャーしたテレビ映画『オール・ユー・ニード・ イズ・キャッシュ』(1978)を監督、出演もしているし、ジョージ・ハリスンはパイソンの映画『ライフ・オブ・ ブライアン』(1979)の制作費を一部負担している。

もう一つ、ザ・ビートルズのイギリスらしさは、ロー カルな地名を引き合いに出したことだった。リバプールの孤児院ストロベリー・フィールドや通りペニー・レイン、ロンドンのスタジオがあったアビー・ロードなどをタイトルや歌詞に持ち込み、親しみを持たせていた。世界的な人気を誇りながら、常にイギリス的な文化やユーモアを音楽に取り入れてきたザ・ビートルズは、誰よりもイギリスらしい音楽グループだったのである。

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【コンテンツラインナップ】
ザ・ビートルズ/音楽
コナン・ドイル/文学
ウィリアム・モリス/デザイン
ウィリアム・シェイクスピア/戯曲
ウィリアム・ホガース/美術
ヴィヴィアン・ウェストウッド、ツイッギー/ファッション

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年12月号に掲載した記事を再編集したものです。

山﨑智之(やまざき・ともゆき)1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。ミュージシャンを中心に1000以上のインタビューを行う。著書『ロックで学ぶ世界史』(リットーミュージック)。ブログはhttp://yamazaki666.com/blog/。