3時間目:ファッション 世界に影響を与え続けるイギリスファッション【イギリス文化論】

イギリス文化論

「美術」「デザイン」「ファッション」「文学」「戯曲」「音楽」・・・。世界や日本が影響を受けたイギリス文化は数多くあります。イギリス好きなら知っておきたい文化の今昔を、詳しい専門家の方々に授業形式で解説していただきます。さらに課外授業として、イギリスに住む人しか理解できない(?)超ブリティッシュ英語フレーズもお届けします。これを読めばきっと、“I Love the UK!”熱にさらに拍車がかかるはず!

世界に影響を与え続けるイギリスファッション

近現代のファッション史は、イギリスの影響を抜きに語ることはできない。とりわけ20世紀後半は、音楽やカウンターカルチャー、社会の動きと手を携えたファッションが時代を先導したが、その中心には、活きのいいイギリス人のデザイナーがいた。時代の変化とともに変わる人々の思いや衝動をファッションという形に昇華させ、社会の動きを先導したイギリスのデザイナーたちは、階級社会の不条理や伝統という名の旧弊と闘って新しい価値をもたらしたイノベーターでもある。

It is impossible to talk about the history of contemporary fashion without discussing the
British influence. Especially in the second half of the 20th century, British designers were
active at a time when fashion together with music and counterculture were at the forefront of social change. These groundbreaking British designers used fashion to channel the thoughts and energies of people who were experiencing this change. They fought against the absurdities of class society and old traditions to create a new set of values.

不条理や伝統と闘ったファッションイノベーターたち

現代につながるファッションビジネスの起点を探すと、1858年に行き当たる。オートクチュール(高級仕立服)のシステムが生まれた年である。このシステムを考案し、成功させ、「ファッションデザイナー」というコンセプトとその社会的地位を築いた人は、ほかならぬイギリス人、チャールズ・フレデリック・ワース(1825-95)である。1845年にパリに移住した彼は、シャルル・フレデリック・ウォルトとフランス名を名乗った。

ワースを筆頭に、近現代のファッション史は、イギリスの影響を抜きに語ることはできない。とりわけ20世紀後半は、音楽や対抗文化、社会の動きと手を携えたファッションが時代を先導したが、その中心には、活きのいいイギリス人のデザイナーがいた。

1960年代の「スウィンギング・ロンドン」は、労働者階級の若者を中心とするポップカルチャーの震源地となり、ロック、映画、写真、アート、演劇、ファッションの領域に続々スターが登場して熱狂のうちに時代を変えていった。ファッションの領域で時代の寵児(ちょうじ)となったのが、マリー・クヮント(1930-)である。彼女がストリートからヒントを得た「キンキーな」(刺激的な)ミニスカートを売り出したところ、大流行した。防水のマスカラも考案した。ミニに似合うヴィダル・サスーンのヘアカットはセット不要で、女性の「お泊まり」のハードルを下げ、性革命を促した。クヮントが変えたものは、服の形だけではなかった。女性のアティテュード(態度、考え方)、ひいては行動、そして社会そのものだった。ファッション史の流れも変えた。上流階級からストリートへ「降りて」くる流行の向きを変え、ストリート発のファッションを上流階級に模倣させた。

ミニのアンバサダーとなったモデルのツイッギーが来日したのは、1967年10月18日である。少年のようなショートヘア、ぺたんこの胸で小枝のように細いツイッギーは、従来の女性美の基準を覆した。衝撃を受けた女性たちは、ミニスカートとそれに合う小物を購入するために百貨店へ走り、美容院へ行き、ダイエットを始めた。その経済効果は推して知るべし。日本女性を目覚めさせ、景気をさらに押し上げる契機となった10月18日は「ミニスカートの日」となって現在に至る。

活気ある日々は続かず、1970年の後半には、イギリスの社会経済は悪化していた。失業者が増加し、路上にはごみもあふれ、若者の欲求不満が高まっていた。そうした状況の中、ヴィヴィアン・ウエストウッド(1941-)は、2度目の夫、マルコム・マクラーレンと共にロンドンのキングスロードからパンクムーブメントを起こす。マルコムがプロデュースしたバンド「セックス・ピストルズ」は過激さ故に放送禁止となり、放送禁止故にヒットチャートの上位に輝いた。ヴィヴィアンが作る挑発的なメッセージTシャツ、安全ピン、チェーンや鋲びょうを多用した装飾、攻撃的なヘアメイクなどのパンクスタイルは時代の象徴となり、彼女は「パンクの女王」の異名をとった。

ヴィヴィアンは1980年代にはマルコムとの関係を解消し、歴史に着想を得た本格的な服作りに取り組んで実績を積み、「デイム」(男性の「ナイト」に相当)の称号も与えられるなど「権威」となった。しかし彼女は体制に対して反抗を続けることをやめず、現在は服作りを主に25歳下の夫に任せ、社会活動家として世の中を挑発している。現実に不満があればそれを破壊し、その上で新しいものを創り出そうという「パンクな」姿勢は、1970年代から一貫している。

時代の変化とともに変わる人々の思いや衝動をファッションという形に昇華させ、社会の動きを先導したイギリスのファッションデザイナーたちは、階級社会の不条理や伝統という名の旧弊と闘って新しい価値をもたらしたイノベーターでもある。自由でエネルギーと愛にあふれた彼らはまた、人としても個性的な魅力にあふれ、世界中で愛されている。

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【コンテンツラインナップ】
ザ・ビートルズ/音楽
コナン・ドイル/文学
ウィリアム・モリス/デザイン
ウィリアム・シェイクスピア/戯曲
ウィリアム・ホガース/美術
ヴィヴィアン・ウェストウッド、ツイッギー/ファッション

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年12号に掲載した記事を再編集したものです。

中野 香織(なかの かおり)服飾史家として研究、 執筆、講演を行うほか、昭和女子大学客員教授、企業のアドバイザーを務める。日本経済新聞・読売新聞ほか多数媒体で連載中。著書『「イノベーター」で読むアパレル全史』(日本実業出版社)、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)ほか多数。