2時間目:デザイン ウィリアム・モリス ふたたび【イギリス文化論】

イギリス文化論

「美術」「デザイン」「ファッション」「文学」「戯曲」「音楽」・・・。世界や日本が影響を受けたイギリス文化は数多くあります。イギリス好きなら知っておきたい文化の今昔を、詳しい専門家の方々に授業形式で解説していただきます。さらに課外授業として、イギリスに住む人しか理解できない(?)超ブリティッシュ英語フレーズもお届けします。これを読めばきっと、“I Love the UK!”熱にさらに拍車がかかるはず!

ウィリアム・モリスふたたび

ウィリアム・モリスのアートは危機の時代によみがえってくる。彼が生きた19世紀末は、人間の共同体が工業社会に脅かされた時代であった。モリスは小さな、手作りのアートで世界を復活させようとした。1970年代の荒廃したロンドンで、モリスのアートがよみがえってきた。そして今、人々はばらばらになり、閉ざされ、文化やアートは失われようとしている。そのとき、モリスのアートは復活するのだ。

The art of William Morris enjoys a resurgence in times of crisis. At the end of the 19th century, the idea of community was under threat from industrial society. Morris tried to restore a bygone era with his creations. Morris’s art experienced a revival in the rundown capital that was 1970s London. Today, we are at risk of losing art and culture as people are separated and trapped indoors. During times like these, the spotlight will once again fall on Morris’s art.

モダン・デザインの源泉となったDIYの精神

ウィリアム・モリスは19世紀後半のイギリスに生きた。それは工業化、都市化が進み、古いものが失われつつあった時代であった。モリスは小さなアートが失われていくのを惜しんだ。機械による大量生産によって、職人の手作りによるクラフト(手工芸)が滅びつつあった。

小さなアートは、日々の生活を飾り楽しませるものである。壁紙やカーテン、敷物、家具、食器、そして住宅などにもアートの楽しさがあふれていなければならない。さらにそれらの小さな物を作ることにも楽しさがなければならない。

19世紀後半の工業社会では労働はつらいものとなり、物を作る創造的な喜びは失われつつあった。そのとき、モリスは中世の職人たちの共同体に戻り、手工芸を復活させようとした。モリスの考えはやがて「アーツ・アンド・クラフツ運動」に展開する。この運動は、工芸に新しい息吹を与え、モダン・デザインの源泉となる。

それと同時に、「アーツ・アンド・クラフツ運動」は、アート(ハイ・アート、油絵と彫刻)とクラフト(ロウ・アート、工芸)を平等に扱うことによって、刺しゅうや織物などの小さなアートに関わってきた女性をアーティストとして評価した。19世紀では、女性はプロのアーティストとして認められず、女性のアートは趣味であり、手芸として扱われていたのである。

モリスは作る喜びと生活する喜びがアートによって一つになるユートピアを夢見た。その夢は世界中に広がり、アーティストの共同体(アーティスト・コロニー)がロシア、アメリカ、そして日本にも生まれた。日本の民芸運動「新しき村」などのアーティスト・コロニーは、モリスの思想とつながっているのである。

20世紀に入り、高度消費社会の中でモリスの思想は失われたかに見えた。しかし1970年代にロンドンを中心に爆発的にリバイバルする。ひたすら新しいものを追い求めてきた現代が行き詰まり、古いものの見直しが始まったのだ。私自身、19世紀末のアール・ヌーボーに興味を持ち、その起源の一つであるモリスのデザインに出会ったのである。

実は、私は今、ロンドンの「1970年代」についての本を準備している。驚いたことに、モリスの時代、19世紀末と「70年代」は極めて似ている。イギリスは行き詰まり、最悪の時代といわれ、パンクのミュージックやファッションが現れた。パンクというカウンターカルチャーにはモリスの思想に通じるところがあるのだ。両者をつなぐのは、DIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)の精神である。手元にあるものをなんでも使って、手作りで作り上げるのだ。古物や古着も使われる。古いものと新しいものの境界はなくなる。既成のルールやアートは無視される。モリスのアートはそのとき、よみがえってきたのである。ロンドンの「70年代」を調べていると、この時代にモリスに憧れてロンドンに向かった日本の若者たちがいたことに気付かされる。

そして私が今、ロンドンの「70年代」に魅せられているのも、ウィリアム・モリスが新しい意味を持ってよみがえった「70年代」の波が、今再びやって来ているのではないかと感じるからだ。19世紀末、1970年代、そして現代という三つの時代の中で、ウィリアム・モリスの夢が花開こうとしている。

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【コンテンツラインナップ】
ザ・ビートルズ/音楽
コナン・ドイル/文学
ウィリアム・モリス/デザイン
ウィリアム・シェイクスピア/戯曲
ウィリアム・ホガース/美術
ヴィヴィアン・ウェストウッド、ツイッギー/ファッション

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年12月号に掲載した記事を再編集したものです。

海野 弘(うんの ひろし)1939 年、東京生まれ。 評論家。作家。早稲田大学ロシア文学科卒業。平凡社に 勤務、『太陽』編集長を経て独立。美術、映画、音楽、文学、 都市論、ファッションなど幅広い分野で執筆を行う。