1時間目:美術 ウィリアム・ホガースと美のエッセンス【イギリス文化論】

イギリス文化論

「美術」「デザイン」「ファッション」「文学」「戯曲」「音楽」……。世界や日本が影響を受けたイギリス文化は数多くあります。イギリス好きなら知っておきたい文化の今昔を、詳しい専門家の方々に授業形式で解説していただきます。さらに課外授業として、イギリスに住む人しか理解できない(?)超ブリティッシュ英語フレーズもお届けします。これを読めばきっと、 “I Love the UK!” 熱にさらに拍車がかかるはず!

ウィリアム・ホガースと美のエッセンス

18世紀イギリスを代表するアーティスト、ウィリアム・ホガース。政治的・道徳的テーマで版画を多数制作したホガースは、欧米では“風刺漫画の父” と称され、そのユニークで画期的な制作手法で生み出された作品は、現代の漫画やアニメの原点と位置付けられている。また、自身の著書『美の解析』で展開した「モノの見方」につながる芸術論は、現代においても美的思考の基礎技術として、色あせることなく圧倒的存在感を放っている。

William Hogarth was one of the most prominent British artists of the 18th century.  Hogarth, who created a vast number of prints on the themes of politics and morality, is known in the West as the “father of satirical cartoons.” He used unique and groundbreaking methods to create his body of work, which is considered to be the origin of modern cartoons and animation. The impact of Hogarth’s work is still felt today. The “way of seeing things” he describes in his book The Analysis of Beauty is still regarded as the starting point for understanding modern aesthetics.

風刺漫画の父が説いた「優美の線」

イギリスの著名なアーティストといえば、日本では、19世紀のロマン派ウィリアム・ターナーや、現代のバンクシーの名が挙がるでしょう。今回はあえて、日本での知名度はさほど高くはありませんが、欧米においてはビッグネーム、18世紀イギリスのアート界をけん引したウィリアム・ホガースをご紹介します。西洋美術史上、ホガースが残したものは大きく二つあります。現代漫画への影響と「モノの見方」につながる芸術論です。

版画家としてスタートしたホガースは、ブラックなウィットやユーモアに富んだ多数の作品を精力的に制作しています。アイロニカルな視点で社会問題を風刺し、卓越したテクニックで庶民生活を詳細に再現した作品の数々は、当時のイギリス人の心を捉えました。

中でも大ヒットしたのが、「道徳的風俗画」と呼ばれる一連のシリーズ版画作品。これらの風俗画は複数枚の版画から成り立っており、並べてみると、6コマ、8コマ漫画の様相を呈しています。細かい情報が描き込まれている作品は「見る」というよりは「読む」といった方がよいのかもしれません。小説をそのまま絵にしている感覚です。

政治的内容も扱ったホガースは、欧米では“風刺漫画の父”と呼ばれています。彼の活躍はその後、19世紀イギリスの風刺漫画誌『パンチ』の誕生、さらには、20世紀の漫画アニメの創生へとつながっていきます。

A Rake’s Progress

ホガースが描いた道徳的風俗画A Rake’s Progress(「放蕩息子一代記」、1735)、8連作の1点目。商人の息子が財産を使い果たし破滅する物語を描いている。

版画で成功を収めたホガースが次に取り組んだのは、「モノの見方」にもつながる芸術論『美の解析』(The Analysis of Beauty、1753)の執筆です。美しい、魅力的だ、と感じ、私たちを引き付けるものとはいったいなんだろう……。理念は、この美的思考の一般への普及にありました。ホガースが説くセオリーを版画絵を参照し実際に体感できるという、当時としては画期的な構成も評判を呼び、この本は、当初のもくろみどおり広く庶民の共感を得ました。

この芸術論で考察が重ねられている「線」「形」「色」のうち、ホガースが最重要視したのが「線」の力です。ホガースのキャリアの原点は版画。自然界にある物を効果的に「線」に落とし込む方法について、普段から考えを巡らせていた、彼らしい視点だと感じます。

さまざまなバリエーションの「線」の中で、美に最も影響を与える線であるとホガースが結論付けたのは、目を愉(たの)しませ、一種の「複雑性」を持つThe Line of Beauty and Grace(優美の線)です。

The Analysis of Beauty

ホガースの芸術論『美の解析』の挿絵。

では、「優美の線」とはいかなる線を指すのでしょうか。「直線」といえば、単純で規則性があり、どこか決められた終わりがあるような感覚や、人工的で無機質な印象を見る者に与えます。自然界にはすべて「直線」で構成された物は存在しないからです。

逆に、不規則性を持つ有機的な形状で構成されているのが「曲線」。人間も「曲線」から成り立っていますね。中でも「蛇線」―英語でSerpentine Lineと書かれています―は、単なる「曲線」とは異なり、字のごとく「ヘビ」のようなS字型の線であり、この線こそがホガースが最も優美だと述べている線です。

「蛇線」は永遠の継続性を感じさせ、それを目で追う愉しみをももたらす、よって、われわれはそれに魅了されるのだ、とホガースは説いているのです。

このホガースが言う「蛇線」のS字カーブ、現代では「ホガースのカーブ」(Hogarth Curve)と呼ばれています。例えば、フラワーアレンジメントの世界では、緩やかなS字カーブ状にまとめたアレンジを「ホガース」と呼んでいます。

美術品を見る際も「線」を意識して鑑賞すると、ひと味違う作品の魅力に気付くかもしれません。また、アートを離れ、日常生活においてさまざまなモノやヒトの「線」に注目してみると、身近な「線」が私たちの感情に与える効果の大きさに驚かれることでしょう。ホガースが私たちに教えてくれた「線」の見方は、今でも最強の美的鑑賞ツールなのです。

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【コンテンツラインナップ】
ザ・ビートルズ/音楽
コナン・ドイル/文学
ウィリアム・モリス/デザイン
ウィリアム・シェイクスピア/戯曲
ウィリアム・ホガース/美術
ヴィヴィアン・ウェストウッド、ツイッギー/ファッション

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年12月号に掲載した記事を再編集したものです。

宮本 由紀(みやもと ゆき)「英語でアート」(西洋美術史、美術英語)講師。アート・エデュケーター。“英語でアート”のスクールArt Alliance 代表。女子美術大学非常勤講師。ヒューストン大学美術史学科卒、セント・トーマス大学大学院リベラル・アーツ(美術史)科卒、ヒューストン美術館ヨーロッパ美術部門インターンシップを経て、同美術館リサーチライブラリー勤務。著書に『メンタルに効く西洋美術』(マール社)などがある。