暖かいけど悩ましい、イギリスの暖房【LONDON STORIES】

暖かいけど悩ましい、イギリスの暖房【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で10年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。

ちょっと似ている、ロンドンと北海道の冬

この冬が「暖冬なのか?」「寒冬なのか?」は、例年、晩秋までにはだいたいの予測がつく。その目安になるのが「この秋、最初に暖房をつけたのはいつ?」だと言う人は多いだろう。10月中旬ごろになると、「まだ早いと思ったけど」という前置きとともに、「とうとう耐えられずに暖房つけちゃった」「朝はヒーターをつけないと寒過ぎる」などの「初暖房」話で盛り上がる。

この後に「もう冬が来ちゃったか、やれやれ」と続くのだが、この手の会話は、寒い季節の文句ばかり言っているイギリス人にとって毎年繰り返される「時候のあいさつ」のようなもの。では「実際にイギリスの冬がそんなにも厳しいのか?」というと、実はそうでもないのである。

もちろん外は寒い。同じイギリスでもロンドン(イングランド)とグラスゴー(スコットランド)では違いがあるので一概には言えないが、冬季は日照時間が極端に短く(午後3時半にはもう暗いことも)、野外に長時間いると足の先からジンジンと凍り付く。しかし一度室内に入ってしまえば、どの家も本当にポカポカ。

北海道出身の友人が「ロンドンと北海道の冬はちょっと似ている」と言っていたが、家の中にいるぶんには日本よりもイギリスの方がずっと暖かいかもしれない。もともと寒い国だけに、イギリスの家は冬の寒さをしのげるように工夫され現在の形になっている。私は日本にいたとき、冬場になると深刻な肩凝りに悩んでいたが、イギリスに来てから改善したのは想定外のおまけだった。

セントラルヒーティングで家じゅうが水浸しに!?

イギリスの一般的な住居の暖房は、部屋に取り付けられたラジエーター(鉄のパネル)の中を温水が通るタイプのセントラルヒーティングである。オール電化の家もごくたまに見掛けるが、ほとんどの家はガスで動くボイラー式だ。家じゅうに細いパイプが張り巡らされていて、ボイラーから各部屋のラジエーターに温水が供給される。家全体の温度とタイマーの調整はボイラーまたは廊下などに取り付けられたサーモスタットで行い、各部屋の温度はラジエーターのバルブで調節できる。

パネルがやけどするほど熱くなることはなく、「ほんわり」とした熱さ。寒い日には「こんな生ぬるい熱さで、部屋が暖まるかな?」と毎回思うものの、わが家レベルの小さな家ではわりとすぐに暖かくなるのでありがたい。温風ヒーターではないので、部屋が乾燥しないのもよい点だ。

温度調節もタイマーも操作は簡単なのだが、一つだけ気を付けなくてはならないのは「冬季にボイラーのスイッチを決して切ってはいけない」こと。気温が氷点下に達する日も多いが、ボイラーが切れているとパイプの中の水が凍って膨張し、パイプそのものが破裂してしまう。長期・短期にかかわらず家を留守にする場合、ボイラーの火種を残しておくことに抵抗を感じる人は多い。しかし「当分は暖かそうだから」と油断してボイラーを切ってしまい、「帰宅したら、家じゅう水浸しだった」という話は、毎年聞こえてくる「冬物語」の一つである。

暖かいけど悩ましい、イギリスの暖房【LONDON STORIES】

居間のラジエーターは左下の丸いバルブで温度調節が可能。細いパイプは板でカバーされている部屋もある。

コートの下に着るのはセーター?それともTシャツ?

室内がポカポカなのは住宅に限ったことではない。パブやレストランなどの飲食店、デパートやショップなどの店舗、映画館や劇場などの娯楽施設でも同じように暖かい。室内にいる限りは冬でも半袖やノースリーブの服が活躍するので、イギリスには衣替えの習慣がない。

厚手のコートに帽子、マフラー、手袋と重装備で外出し、お店に入ると一転、真夏と同じような服装で食事を楽しむ人々の姿はごく普通の光景だ。しかしこの暖かさ故に困ることもある。それは、行った先が「どのぐらい暖かいか」がわからないので、コートの下に何を着ていくべきか毎回迷ってしまうこと。

特にレストランは「暖かい」を通り越して「暑い」と感じるほど暖房が効いている場合もある。となるとコートの下が分厚いセーターでは暑過ぎる。しかし「まあまあ暖かい」程度の温度の場合、T シャツだけでは寒過ぎる。カーディガンやジャケットなど、脱ぎ着がしやすい衣服を工夫し、行った先がどんな室温でもある程度対処できるものを着ていかないと、楽しいはずの数時間が悲惨なことになってしまう。「今日はちゃんとした服装で臨まねば」的な場所に行く場合は、SNSで店内写真を確認し、客の薄着具合をチェックしてから服を選んだこともある。

暖かいけど悩ましい、イギリスの暖房【LONDON STORIES】

今年2月、とても寒い日のパブの店内。スタッフはTシャツ姿で働いていた。

すべての人に暖かな冬が訪れますように

そんな悩ましさもあるものの、室内のぬくぬくした暖かさはイギリスの冬の醍醐味だ。もちろん暖房費はしっかりかかるので、冬前にエネルギー供給会社の乗り換えを行う人も多い。底冷えする夜に凍えながら帰宅しても、暖かな家の中に入った途端、一気に体がじわっと緩む――これは毎度のことながら幸せを感じる瞬間だ。

しかし同時に、痛いほど寒い路上で毛布にくるまる人たちの前を通り過ぎるとき、自分だけが暖かな家に向かうことへの罪悪感がこみ上げる。今年はコロナ禍の影響もあり、ホームレスが増えているそうだ。私自身は寒い冬が好きなのだが、誰にとっても厳しい年だった今年だけは、暖かな冬が来てほしいと願っている。

イギリスのロンドンってどんなところ?

イギリスの首都ロンドンはイギリス南東部に位置し、さまざまな人種・文化・宗教的背景の人たちが住んでいる「多文化都市」。ビッグベン、大英博物館など観光スポットも満載。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年12月号に掲載した記事を再編集したものです。

宮田華子(みやた はなこ)ライター/エッセイスト。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。