日本と異なるイギリスの新聞事情【LONDON STORIES】

LONDON STORIES

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で10年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。

遠いようで身近な存在、イギリスの「新聞」

ロンドン暮らしも長くなり日々の英会話にはあまり困らなくなってはいるが、まだまだ知らない単語はたくさんある。「英語道は厳しいなあ」と感じつつ暮らしているが、来英当初から現在に至るまでずっと英語の先生として私を鍛え続けてくれているのが、新聞だ。イギリスの新聞事情は日本と異なる点が多々あるが、「ちょっと遠く、でもとても身近」という微妙な存在なのである。

まずは「ちょっと遠い」についてから。イギリスでは家庭への新聞配達は一般的ではない。もちろん配達料金込みで契約すれば可能だが、基本的に新聞と配達はセットではない。駅前にある新聞や雑誌を売っている「スタンド」や、「ニュースエージェント」と呼ばれるコンビニ、またはスーパーに「自分で行って、買う」ものなのだ。

毎日読む人は1 カ月分の割引クーポンをあらかじめ購入しておき、スタンドやお店で引き換える。日本の配達システムに慣れているとやや面倒に感じるが、スタンドでの毎朝のやり取りは悪くない。会社員時代、社内閲覧用の新聞を毎朝最寄り駅のスタンドで買っていた。当時は販売員との「おはよう」「よい一日を」の短い会話が一日の始まりだった。販売員が辞めるときに「今日で最後。元気でね」と言われたことや、手に取った新聞の温度で季節を感じていたことを、今でもよく思い出す。

大手スーパー「ウェイトローズ」で10 ポンド以上購入すると、好きな新聞を1紙無料でもらえる。

大手スーパー「ウェイトローズ」で10 ポンド以上購入すると、好きな新聞を1紙無料でもらえる。

ロンドンで人気の無料新聞2紙

わざわざ買いに行かないと入手できない新聞は「ちょっと遠い」存在だけれど、無料新聞は毎日公共交通機関を利用する人にとって「とても身近」な存在だ。多々あるロンドンの無料新聞の代表格は『メトロ』と『イブニング・スタンダード』の2 紙。『メトロ』はその名前からもわかるように、地下鉄や鉄道の駅構内で配布されている平日発行の朝刊紙だ。毎朝駅に設置された専用ボックスに山積みになって置かれている。『メトロ』をつかんで電車に乗り、車内でパラパラめくればその日の未明までのニュースをだいたい確認できる。

片や『イブニング・スタンダード』は平日発行の夕刊紙。1827 年創刊の歴史ある新聞で182 年もの間有料だったが、2009 年10 月に無料化に踏み切った。駅前や人通りの多い場所で夕方になると配布される。「イッブニングスタンダードッ!」と独特のアクセントで元気に叫ぶ配布員から手渡しでもらい、電車の中で今日一日の主なニュースをおさらいする。両紙共に電車やバスに乗る前にピックアップするので、たいていの人は車内に置いていく。すると誰かがまたその新聞を拾って読むので、同じ新聞が発行部数以上に読まれることになる。

『イブニング・スタンダード』の一日の発行部数は78 万7000 部だが、実質120 万人が手に取っているのだとか(公称部数)。無料紙だからといってクオリティーが低いわけではないのも人気の理由。大きなニュースに加え、地方紙としてロンドンの情報に多く紙面を割いている。これら2 紙のどちらかを読めばおおむねイギリスとロンドンがざっとわかる内容だ。

購読している新聞でその人がわかる?

ネットニュースがあふれ、無料紙も充実していることもあり、有料紙はここ数年苦戦を強いられている。どの新聞もオンライン版を強化しさまざまな購読方法を提供するなど工夫しているが、わざわざお金を払って新聞を買う人の場合、各紙の特長を理解した上で購入しているのは日本もイギリスも変わらない。特に全国紙は政治的見解をはっきり打ち出しているので、内容もおのずと異なる。

ざっくり分けると、保守党支持は右派『デイリー・メイル』と中道右派『タイムズ』。労働党支持は中道左派の『ガーディアン』。中道&リベラルの『アイ』と『インディペンデント』(デジタル版のみ)、経済的リベラルをうたう『フィナンシャルタイムズ』は支持政党を明示していない。どの新聞を読んでいるかでその人の政治的見解がはっきりわかるので、誰かの家に行ったときに「置かれている新聞が何なのか」はプライベートをのぞき見するぐらい興味深い。

わが家は一貫して『ガーディアン』を読んでいるが、特に楽しみなのは日曜版だ。週末版はどの新聞もやや高めの値段設定だが(『ガーディアン』の平日版は2.20 ポンド[約300 円]だが、日曜版の『オブザーバー』は3.20 ポンド[約440 円]もする)、それだけにボリュームがあり、特に文化や社会を掘り下げる特集は1 冊の本を読んでいるぐらいの濃さがある。

いつもより遅く起きる週末の朝、新聞を買ってなじみのカフェやパブにふらっと行き、コーヒーまたはビールを片手にのんびり新聞を広げる時間を「至福」と呼ぶ人は多い。新聞は専門用語や堅めの言い回しも多いので、外国人の私には何年たっても手ごわい相手だ。しかしオンラインではスルーしていたのに、紙面を広げたからこそ出会えた話題はたくさんあり、「これだから新聞はやめられない」と毎回しつこく思うのだ。

デジタル時代に生きる私たちだが、インクの匂いと紙の手触りを確かめながら読むのが新聞の醍醐味。ずっとこの楽しみが守られますようにと願いつつ、読み切れないのを承知の上で今日もまた新聞を買っている。

『ガーディアン』の日曜版の『オブザーバー』。この週は読み応えのあるデザイン特集号が付録。

『ガーディアン』の日曜版の『オブザーバー』。この週は読み応えのあるデザイン特集号が付録。

イギリスのロンドンってどんなところ?

イギリスの首都ロンドンはイギリス南東部に位置し、さまざまな人種・文化・宗教的背景の人たちが住んでいる「多文化都市」。ビッグベン、大英博物館など観光スポットも満載。

文・写真:宮田華子

ライター/エッセイスト。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年10月号に掲載された記事を再編集したものです。