“Inspire the Next”は正しい英語か?

不思議なエイゴ

日本で普通に使われている外来語や和製英語。でも、世界から見るとかなり不思議!?アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、最近日本で見つけた「不思議なエイゴ」をご紹介します。今回は、あの有名な企業スローガンを取り上げます。

ちょっと怪しいスローガン、海外でも使われている?

私は日本に来たとき、本当にいろいろな場所で「すごくランダムに英語が使われているなぁ」と思いました。「英語の意味を考えないで、適当に単語を並べているの?」と聞きたくなるくらい、不思議に思っていました。

ところが、適当に並べていることもきっとたくさんあるけれど、意外と意図的に使われているときもあることに気付いたのです。

日立の、“Inspire the Next”というスローガンを聞いたことがありますか。失礼を承知で書きますが、私はこれを初めて聞いたときに、めっちゃ笑いました。

「文章が終わってないやん!」

とからかっていました。

英語話者は、nextを形容詞として使うことがほとんどで、後に必ず名詞を付けるからです。

例えば、“Inspire the next generation”(次の世代を奮い立たせよう!)みたいな感じだと自然です。

generationを入れず、Inspire the Nextだけだと、「次を奮い立たせよう」みたいな意味になります。だから、“The next what?”(次の何を?)と言いたくなるのです。

日立のCMでは、こう言っています。

「次の時代に、新しい風を吹き込んでいきます。Inspire the Next」

これを英語に訳すと、“To the next generation, a new wind is blowing. Inspire the next.”になります。

私は、結構このスローガンをばかにしていました。全国に広告を出す前に、ネイティブチェックぐらいやったほうがいいんじゃない?と思っていました。

けれど、「“Inspire the Next”は、日本だけで使われているスローガンではない」というすごくショッキングな事実に気付きました。

このスローガンは、英語圏でも使われているのです。

つまり、意図的に、このちょっと怪しいスローガンを使っているということです。

そして、バリ成功しています。このスローガンを聞けば、誰もが「日立だ!」とわかるでしょう。私が気付いたのは、「英語が正しいスローガンより、インパクトがあるスローガンのほうがよい」ということです。

考えたら、“Inspire the Next”は“Inspire the next generation”より、よっぽど響きがいいですよね。印象に残るスローガンです。

マクドナルドの“i'm lovin’ it”も、英文法的には微妙におかしいけれど、アメリカでも日本でもものすごくウケがいいのです。

“Inspire the Next”と言えば、日立。

“i’m lovin’ it”と言えば、マクドナルド。

どっちのスローガンも大成功です。適当に使っているわけではありません。

マーケティングはインパクトが命

じゃ、次を見てみましょう。

ヤマダ電機の“For Your Just”。

日本語で、「あなたの暮らしにちょうどいい」みたいなことを言いたいのだと思いますが、英語を話せる人の目から見ると、不完全な文章感が半端ないです。

英語のネイティブの方や英語が話せる日本人には、「日本人に正しい英語を使ってほしい」と思う方が多いと思います。

けれどマーケティングやPRの面から考えると、以下のことが言えます。

それは、日本にいる日本人に向けてマーケティングしているから、「日本人の」印象に残るような表現を使った方がいいということです。

和製英語はすでに日本の文化に浸透しているので、和製英語っぽいスローガンや単語を聞いても、日本人にはなんの違和感もありません。英語が母語の方、そして英語に興味がある日本人は、変な英語を気にしたり、嫌がったりすると思いますが、一般の日本人には、なんの違和感もないのです。

「英語はかっこいい」「なんとなく意味がわかる」。それでいいのです。そのほかの和製英語も、きっとそんな感じだと思います。

アルファベットとカタカナの書き分けにも法則がある?

今ものすごく大きな話題になっている「Go Toトラベルキャンペーン」を考えてみましょう。こういう日本語と英語のハイブリッド表現もよく日本で見かけますが、アルファベットで書かれている部分はシンプルな英単語であることが多いです。

「go」と「to」は、日本人でも誰もがすぐ読めるような英単語ですが、「travel」と「campaign」を英語で書いたら、すぐには読めない人が出てくる可能性があります。

カタカナにすればもちろん日本人にもわかるけれど、アルファベットにするとすぐにはわからなくなるという理由で、「Go Toトラベルキャンペーン」になっているんじゃないかなと、私は思っています。

面白いでしょう?

この名前は多くの日本人にあまり気に入れられていないようです。

訳がわからない外来語が嫌なのか、Go To キャンペーン自体に問題があるのか、よくわからないけれど・・・。もしかしたら、どっちもかも。

日本語で英単語を表すときにアルファベットもカタカナも使うおかげで、単語遊びとか、表現のニュアンスを微妙に変えることができます。

もう1つの例は、「withコロナ」です。

私は、最近までこの表現がとても嫌いでした。「コロナと共に生きる」と日本語にしたほうがふさわしくない?と思っていました。だって、多くの高齢者は意味がわからないカタカナ用語に疲れてしまうでしょう。

でも「withコロナ」と形容詞にすることで、例えば「withコロナの時代」は「コロナと共に生きる時代」と言うより、よっぽど印象に残るに違いありません。

withは、普通アルファベットで書かれます。たまに、「ウィズコロナ」とカタカナで書かれているのを見かけるけれど、珍しいと思います。そもそも、「with」は、日本人になじみがある接続詞なので、日常会話でもよく使われます。

withコロナの親戚に、「アフターコロナ」という表現もあります。afterは、withほどなじみがないからか、カタカナ表記になっていることが多いです。

無意識にアルファベットやカタカナ用語を使っているように思えるかもしれませんが、これらは決してランダムではなく、実はちゃんと考えられています

この連載のテーマは、「不思議なエイゴ」です。
パッと見ると、日本で使われている英語は不思議だ!訳がわからない!と思いがちですが、よく考えたり分析したりすると、このようにいろんなパターンが見えてくるのです。

言語学者の私は、これからもそのパターンを探していきたいと思います。

アンちゃんと一緒に、「不思議ではない」不思議なエイゴの魅力を発見しましょう!

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アン・クレシーニ

文:アン・クレシーニ
アメリカ生まれ。福岡県宗像市に住み、北九州市立大学で和製英語と外来語について研究している。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「アンちゃんから見るニッポン」が人気。Facebookページ更新中!

写真:リズ・クレシーニ