過去のことを話さない“Did you want ~?”の使い方【スーパー英会話表現】

英会話の達人、カン・アンドリュー・ハシモトさんが、知っているようで知らない英語について語ります。今回取り上げるのは「丁寧語」。英語と日本語の違いお話しいただきます。

謎の(?)外国人が大量の本を買った理由

ある日曜の昼過ぎ、新宿の大型書店に「本気?」と思うくらい大量の本をレジカウンターに積み上げている和服姿の白人男性を見かけました。190センチを超える長身の男性は積み上げられた本の一番上にクレジットカードを置き、きれいな発音で「2回払い」と言って2本の指を店員の顔の前に出しました。

男性は近所に住む僕の友人でした。彼は僕を見つけると言いました。

Hallelujah! What good timing ! You’re a lifesaver, Kan.やった!何ていいタイミングなんだ。Kan、ホント助かるよ。
4つの大きな紙袋に入れられた大量の本を見て僕は言いました。
Nope. I don’t wanna be your lifesaver.ムリ。僕、助けたくないから。
店内で僕はバッグの中にイヌを隠していました。帰り道、散歩が嫌いな彼女(イヌのことです)を引っ張りながら、いかにも重そうなその紙袋を運ぶなんてとてもできないと僕は思いました。

「そんなこと言うなよ。イイ天気だし散歩しようぜ。途中でワインでも飲もうよ」と彼は言いました。

僕: No can do. I have Annie in my bag.絶対ムリ。イヌがバッグの中にいるんだよ。

友人:I know she’s there. I also have my baby waiting on the street. I’m begging you.
知ってるよ。オレもイヌを外に待たせるんだ。頼むよ。

僕:Impossible.
ムリ。

友人: For Christ’s sake, please.
そんなこと言うなよ、頼む。

手を握り合った怪しい男2人の会話を、狭いエレベーターの中に居合わせた人全員が聞いていたと思います。優しい僕は結局、和服に下駄を履いたカナダ人と彼の愛犬と僕がバッグに隠していた茶色い小型犬と一緒に、とても重い紙袋を引きずりながら、日曜午後の新宿を歩き始めました。

日曜の昼下がり、ワイン片手に考えた日本語の面白さ

紙袋があまりにも重かったので僕たちは歩き始めた30秒後にはタクシーに乗ることに決め、ほんの2分くらいタクシーに乗り、書店を出た約5分後には、新宿御苑が見えるイヌ連れOKのイタリアンレストランで赤ワインを注いでもらっていました。

So , what are you gonna do with them?で、この本、どうすんの?
言った瞬間、「読むに決まってるよね、バカな質問したな」と僕は思いましたが、彼の答えは違いました。
I’m good at tsundoku. Actually I don’t like it though .オレ、ツンドクが得意なんだ。ホントはそうしたい訳じゃないんだけど。
Tsundoku?(ツンドク?)きちんと聞き取れなくて聞き返したのですが、彼は笑いました。
You don’t know? Letting books pile up unread on shelves or on floors. It’s a well -known word.知らないのか?本を買って読まずに棚や床にただ積み上げてること。有名な言葉だよ。
「英語で説明するならいくつも単語が必要なのに、日本語では1語で言える。初めてこの言葉を聞いたとき、オレは感動したね」

彼が言うにはtsundokuという日本語はインターネット上では有名な単語らしいのです。そのままtsundokuと検索してもかなりの数の site にヒットするとのこと(本当にそうでした)。

www.bbc.com

「あとオレが好きな言葉はね、木漏れ日。知ってる?聞いたことある?何だ、知ってるのか、つまんないの。こんなに美しい言葉、世界中のどこにもないと思うよ。日本語は難しすぎて、時に本当に頭に来るけど、こういう言葉に出合うともう少しだけ頑張ってみようかなと思う」

komorebi(木漏れ日): the sunlight shining through the leaves of trees, creating a sort of dance between the light and the leaves (Oxford Blog)
僕自身は彼が日本語を話しているのを聞く機会は 少ない のですが、でも好きな言葉を見つけてそれが言語習得の新たなモチベーションになるなら素晴らしいな、と思いました。

「僕の姪(めい)は、日本のアニメとかマンガが大好きなんだけど『シーン』って言葉に感動したって言ってた」

「シーン? 何それ」

It’s a word for silence, an onomatopoeia in comics.音がない状態を表す言葉だよ、マンガで見かけるよ。
「ふーん、知らない。だけど音のない状態を表現する言葉は確かに英語にはないね」

「あと『ガーン』っていうのも好きだって」

「あ、それはオレも好き。ショックを受けたときの言葉だろ。面白いよな。 Bang !と同じ意味だと思うけど、心理描写に使うのが日本ぽい。オレのパートナーもしょっちゅう言ってる。『ガーン!あのテレビ番組終わっちゃったんだ』とかそんな言い方で」

「あと、ドキドキとかワクワクとか、ウキウキっていうのもあるよね」

「Kanはどうなんだ、おまえの好きな言葉は何?」

「うーん、僕はね、『食わず嫌い』かな」

「え、何、それ?」

「これも英語にはない言葉だよ。さっきの『積ん読』や『木漏れ日』と同じ。pickyはさ、好き嫌いが激しいって意味だろ。でも『食わず嫌い』は食べてもいないのに嫌いってこと。好きか嫌いかは食べてから決めなよって思うけど、実際にはそうじゃない方が多いと思う。においとか見た目とか、まだ生きてるからとか、動いてるからとか。食べたことないけど、すでに嫌いってこと結構あると思うんだ。だから現実的で素晴らしい表現だなと思って。英語にはない」

「オレ、もうひとつ思い出した、好きな言葉」

「何?」

「エンガチョ、切った」

日本語は未来、英語は過去で丁寧になる?

日曜の昼間から酔っ払っている男2人連れに、新宿御苑のイタリアンレストランはとても親切でした。ウエイトレスが僕と友人が連れている2匹のイヌに干し肉と水のお代わりをくれたあと、僕たちにはチーズが盛られた皿を持ってきてくれました。

「こちら、チーズになります」

それを聞いて、本当はとても優しいのに、時に意地悪な皮肉屋の友人は言いました。

Are they changing into cheese? Gradually?これがチーズに変わっていくの?ゆっくりと?
“Knock it off.”(やめろよ)と僕は言いましたが、酔っている彼はやめませんでした。
They look like cheese already.もうチーズになってるみたいに見えるけど。
そのあと彼女が「ワインはこちらでよろしかったでしょうか?」と追加のボトルを持ってきてくれたときも友人は「よろしかったです」(これは日本語で)と満面の笑顔を見せて言いました。

誤解していただきたくないのでお伝えしたいのですが、友人は日本と日本の文化を心から愛しています。日本の大学で彼は日本語半分英語半分で授業を行っているとのこと。そして以前、僕と待ち合わせをした四谷三丁目のスターバックスではiPhoneで吉幾三を聞きながら、「家内安全」という四文字塾語を何度も書いて練習していたこともあります。

そんな彼が言いました。

「こちら、チーズです、でいいじゃないか。ワインでよろしいですか?が正しいはずだろ?」

僕も酔っ払っていたので、“Yeah, I guess.”(うん、そうだよね)とそのときは深く考えもせず適当な(← 前回の記事をご覧下さい )返事をしていたのですが、その日の夜、シャワーを浴びているときに気が付きました。

「こちら、チーズです」の代わりに「こちら、チーズになります」と未来形を使ったり(未来形なのか?それとも現在進行形?)「ワインでよろしいですか?」の代わりに「ワインでよろしかったですか?」と過去形を使ったり・・・似たような言い方は英語にもあります。

文自体の意味は過去の話になるわけではないのに、言い回しだけ時制(tense)を変える。例えばこんな例です。

スーパーマーケットで店員が「レジ袋もうひとつ必要ですか?」と言うとき、

Did you want another bag?
こんなせりふを聞くかもしれません。これは“Do you want another bag?”よりも丁寧な( courteous )印象があります。ここでのDid には「過去」の意味はありません。

レストランで「サラダにドレッシングは必要ですか?」とウエイターが言うとき、“Do you want some dressing with your salad?”だとちょっとぶしつけな感じがありますが、

Did you want some dressing with your salad?
と過去形にしてしまえば、その印象はなくなります。このDidにも過去の意味はありません。

Would you like ~?と同じ、礼儀正しい尋ね方です。

「お手伝いいたしましょうか?」と言うときも、高級ブティック(行ったことはありません)の店員なら“Do you need any help ?”ではなく、

Did you need any help ?
と言うように思います。

これも過去の意味はなく、過去形の方が丁重な印象がある。それだけの違いです。

金持ちのマダムを「映画でもご一緒にいかがですか?」と上品な口調で口説くなら、

I was hoping we could go to a movie together.

と言いましょう。

まとめ

形だけ時制を変える(過去形にする)ことで、相手との距離感が生まれ、それが相手に近付きすぎない配慮を感じさせる、そんなふうに思います。だからwant、 needhope のように心情を表現する動詞のときに、その言い回しが多く使われるのかもしれません。

英語では「?になります」のように未来形(?)にすることで丁寧さを表現する例はありません(過去形のみ)。でも「時制」を変えることで相手との距離感を作る、イコールそれが接客用の言葉や丁寧な言い回しとして使われる、これは言語が変わっても共通の面白い現象だと思います。

今回は、昼間からワインを飲み過ぎた日曜日に僕が言語について思ったことについて書いてみました。

いつも最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。 

 

※「こちら、チーズになります」の日本語が未来形ではなく現在進行形なら、時制(tense)ではなく相( aspect )を変えるということになりますが、その点はどうか大目に見てください。これが未来形なのか現在進行形なのか、言語学者の友人に尋ねる時間がありませんでした。

時制とか相とか、そういう「文法の要素を変えることで生まれる相手との距離感」について、少しでもお伝えできていたらうれしいです。

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カン・アンドリュー・ハシモト
アメリカ合衆国ウィスコンシン州出身。教育・教養に関する音声・映像コンテンツ制作を手がける株式会社ジェイルハウス・ミュージック代表取締役。英語・日本語のバイリンガル。公益財団法人日本英語検定協会、文部科学省、法務省などの教育用映像(日本語版・英語版)の制作を多数担当する。また、作詞・作曲家として、NHK「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」やCMに楽曲を提供している。9作目となる著作『外国人に「What?」と言わせない発音メソッド』(池田書店)が発売中。

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