通訳・翻訳者で、ベネディクト・カンバーバッチさんやエディ・レッドメインさんなどの通訳や英語インタビューも行う川合亮平さん。この連載「通訳者が実践する英語学習法」では、15年ぶりに本格的に英語学習を再開した川合さんに、日々、向上し続けるための方法を多方面から教えていただきます。第2回のテーマは「英語のフレーズがスラスラ出る、英語の発音が通じる、英語が自動的にアウトプットされる、の3つのブレークスルーを起こす方法」です。
目次
こんにちは、イギリス英語通訳・翻訳者の川合亮平です。
前回の記事 は簡単にまとめると、運動すると頭がよくなる、食事を変えると集中力が上がる、休憩することでエネルギーが出てくる、という内容でした。これだけ見ると、「それと英語学習と一体何の関係があるのか?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、未読の方はぜひチェックしてみてください。
ブレークスルーは一夜にして成らず?!
今回のテーマはブレークスルーです。
状況の停滞やマンネリ感に苦しめば苦しむほど、「ここらで一発逆転満塁ホームラン」的なブレークスルーを求めたくなるのが人情だと思います。
使われる文脈は若干異なるかもしれませんが、「徐々に上昇していくのではなく、一気にバーンと上がる」という状態がブレークスルーと同じ意味合いを持つ英語表現に、overnight successというのがあります。意味は「一夜にして成功を収める」。
英米のメディアで新進気鋭のスターやいわゆる成功者のインタビューなどを聞いているとよく出てくる表現です。そして、そのほとんどのケースで冗談っぽく追加される表現が、「一夜にして成功を収めた。・・・10年以上の下積みのあとに」。
「一見パッと出てきて一瞬で成功を手にしたかのように見える場合でも、大抵はその陰に人知れぬ積み上げがあった。成功の直接的な きっかけ となるのは、ささいな『点』なの かもしれない が、そこに至るまでの『線』が実は存在する」ということです。
英語では次のように言うことができます。
It took me more than 10 years to achieve my "overnight" success.「一夜なのか10年なのかどっちやねん」という矛盾した時間軸を対比させているのが面白く、相手をニヤリとさせる気の利いたフレーズだと思います。「一夜にして」成功を収めるために、10年以上かかりましたよ。
英語力のブレークスルー体験
「この記事にはブレークスルーのコツを期待してたんだけど、なあんだ、結局、地道な努力をしろという内容か・・・」とちょっと残念に思った方もいらっしゃるかもしれません。
そんなあなたはちょっと待ってください。 ある種のブレークスルーを起こすには長い時間を要するのは確かですが、一方で、下積み不要の「ひらめき系」のブレークスルーが存在するのもまた事実 だと思います。
今回はさまざまな種類のブレークスルーを紹介します。
基本的には僕の個人的体験をベースに 展開 していきます。でも、「僕はこんなにたくさんブレークスルーを起こしてるんだぜ」と自慢したいわけでは決してなく、 具体的な 体験をシェアすることで、その背景にある、万人に通じる「メカニズム」を知っていただきたいというのが、体験を紹介する一番の理由です。では、以下、3つの個人的ブレークスルー体験を紹介していきますね。
口から英語が自然に出てきたブレークスルー
19歳のころ、自室で 1日8時間くらい英語独習をしていて、そのうちの1時間くらいはシャドーイングに当てていました (今から考えるともっと多くの時間をシャドーイングに当てればよかったのですが)。 当時、メインで使っていた素材のうちの1つが月刊誌 『ENGLISH JOURNAL(EJ)』 (アルク)で、その中の有名人インタビューをシャドーイング(と多聴)に活用していました。
EJは月刊誌なので、基本的には1カ月間ずっと同じ素材を毎日シャドーイングし続けることになります。すると、そのうち自然と内容を暗唱できるくらいになってくるのです。暗記を目的としていたわけではないのですが、シャドーイングの回数を重ねるにつれて、英語の内容が自分の血肉になっていく感覚がありました。
当時は生身の人間を相手に英会話をする機会はなかったので、シャドーイングを通じてひたすら自主トレに励む日々でした。そんなある日、英語ネイティブスピーカーとカジュアルな状況で半日くらい一緒に過ごす機会が訪れたのです。
ぎこちなく、それでも頭はフル回転でなんとか会話をつないでいたとき、 シャドーイングで何回も繰り返したフレーズが自分でも驚くほど自然に口から出てきて、それが相手にきれいに通じた のです。ひたすら素振りばかりしていたけど、そこにたまたまボールが来て、ジャストミートして一気にスタンドに入っちゃったというくらいの快感と感激をその瞬間覚えました。
どんなフレーズだったかは忘れましたが、その感触は今でも僕の中にしっかり残っています。相手にしてみれば、とりとめのない世間話の1つの言葉にすぎなかったはずですが。
それまでもシャドーイングをすることで英語力が確かに向上しているという自信はあったのですが、上記の経験で、「シャドーイングは自分にとって間違いない方法なんだ」と、自信が確信に変わりました。
イチロー選手を3打席連続三振に打ち取ったルーキーイヤーの松坂大輔選手の確信に比べたら、ちっぽけにもほどがあるのですが、それは確かに僕のブレークスルー・モーメントでした(松坂選手の「自信が確信に変わった」というあの名言は、 動画 の7:25~で聞けます)。
一夜にして通じるようになった英語
英会話講師を経て、企業の法人営業部で会社員をしていた20代中盤のある年のクリスマス、当時付き合っていた彼女(今の妻)のイギリスの実家を訪れることになりました。初めて(のちの)義理の両親に会う機会だったわけですが、あろうことか僕の英語が全く通じないという 厳しい 現実を突き付けられたのです。
例えば、 Would you like a cup of tea?と問われて、Yes, without milk, please.と返答するのですが、それすら通じませんでした。厳密に言うと、 1回では絶対に通じずに、必ず聞き返された のです。
井の中の蛙とはまさに当時の僕のことで、自分の英語というのは日本人英語に耳の慣れた日本在住の英語スピーカーにしか通じないレベルだったのだと痛烈に思い知らされた体験でした。
それで激しく意気消沈していたわけなのですが、何とか打開策をということで、とにかく義理のお父さんの英語をコピーすればいいのではないか?という非常に短絡的な考えに行き着いたのです。
自分の英語と彼の英語の決定的な違いは何なのか?居心地が決してよくない滞在に耐えながら考え続けた結果、それが「リズムと発声」であるとふと気付きました。ものすごく簡単に書くと、 とにかく大げさに抑揚をつけておなかから発声する ということです。
英語音声学的にも、いわゆる「英語らしい音」を出すときに一番大切な要素は、(特にイギリス英語では)リズムと発声なのですが、当時の僕はそんなことを知る由もなく、頭をぶつけながら実地で学んだというわけです。
それで、義理の父の英語の物まねを念頭にリズムと発声にフォーカスしつつ発言するようにしてから、うそのようなのですが(でも本当の話です)、僕の英語が一気に通じるようになったのです。まさにブレークスルーを感じた経験でした。
昨日全く通じなかった英語が、1つの気付きによって今日通じるようになったのです。文字通り、英語スピーキング力におけるovernight successと言えなくもありません。全く切れない包丁から、切れ味鋭い包丁に買い換えて初めて魚をさばくときのような快感がありました。今までは何だったのか、と。
僕は結構かたくなにイギリス英語にこだわっているのですが、僕のイギリス英語史の中で、このエピソードが強烈な原体験となっていることを付け加えておきます。義理の父はもうこの世にはいませんが、とても 感謝 しています。
二重人格ブレークスルー?!
僕の英語力向上のアプローチは「習うより慣れろ」がベースになっています。自分の性格に合っていると思いますし、「習うより慣れろ」が自分の英語力向上に役立ってきたという確かな実感もあります。
英語学習における「習うより慣れろ」というのは、 具体的に は多聴と多読だと僕は理解しています。僕の場合、個人的嗜好(しこう)から、過去10年間はどちらかというと多聴に偏って時間と集中力を費やしてきました。
僕が実感する多聴の効果は複数ありますが、根本的には、 多聴をすればするほど自分の中のネイティブスピーカーが(知らない間に)育つ ということだと思います。
自分の中のネイティブスピーカーって何なのか?というと、例えば僕は仕事で、日本語から英語への翻訳をすることがあります。その際、いわゆる「ゾーン」に入って 作業 できているときは、目の前の日本語テキストを読むと自動で英語が湧き出てくる状態になります(いつもそうだといいのですが、残念ながらそうでないときもあります)。
パッと頭に浮かんだ英語を(自動書記のように)タイピングしていくのですが、1文なり2文なりタイピングしてみて、自分で書いた英文を眺めて、うそのようなのですが(でも本当の話です)、「あれ、この英単語ってどういう意味だ?」となるときがあるのです。
自分から出てきた英単語が分からないから英日辞書で調べる、というちょっと面白いというか奇妙とも思えるプロセスを経ることがしばしばあります。そして、往々にして、その調べた単語は翻訳として適切な単語チョイスなのです。
この現象を最初に体験したときがブレークスルーでした。「うすうす感じていたけど、まさか、俺って天才?」と思ったのですが、冷静に 分析 すると(残念ながら)天才性の技ではなく、これまで多聴を通じて十数年間、(日本語を介さず)英語インプットを続けてきたのが主な 原因 だという答えに行き着きました。長年の多聴によって、知らないうちに自分の頭の中で英語だけの世界が構築されているというわけです。
いろいろな考えがあるかとは思いますが、個人的には、 オーセンティックな(本物の)英語力というのは、日本語を介さずにインプットした英語の量に比例する と実感しています。
ブレークスルーの起こし方
以上3つのブレークスルー体験の因果関係をまとめると、次のようになります。
- 集中して繰り返し行ったシャドーイング→スピーキング力のブレークスルー
- 英語が通じなかったネイティブスピーカーの発音のまね→通じる英語のブレークスルー
- 地道な多聴→日本語を介さずに英語が自動的にアウトプットされるブレークスルー
まあ、「ローマは一日にして成らず」というか、「千里の道も一歩から」というか、地道な積み重ねの 先に 、ブレークスルーもovernight successもきっと待っている、と僕は信じています。
次回の記事では、「これまでのような上達の実感が得られなくなった」ときの解決策について書いてみます。どうぞお楽しみに!川合亮平でした。
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文:川合亮平(かわい・りょうへい)
通訳・翻訳者。最近の通訳実績はエディ・レッドメイン来日イベント(OMEGA主催)、TBSドラマ『グッドワイフ』制作会議など。関西のテレビ番組で紹介され、累計1万部を突破した『 「なんでやねん」を英語で言えますか? 』(KADOKAWA)をはじめ、著書・翻訳書・監修書は現在9冊。イギリス現地の観光・エンタメ・文化情報を伝えるジャーナリストとしても活動中。ブログ: https://ameblo.jp/ryohei-kawai-blog/
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