コロナ禍の今こそ送ろう!イギリスのグリーティングカード【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で10年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。

不思議な人気?のグリーティングカード店

イギリスに来たばかりの頃のこと。私はその店を「不思議な店」と呼んでいた。その店とは、グリーティングカード店。職場から歩いてほんの2、3分の距離に同じような店が2軒もあったのだ。店構えは特におしゃれというわけでもない。一見文房具店に見えるのだが、中に入ると紙製のグリーティングカード(以下カード)だけがびっしりと並んでいる。

オフィス街なので、文房具店であれば理解できる。しかし売っているのはカードだけ。「これで商売が成り立つの?大通りに店を維持するためには高額なテナント料がかかるはずなのに」と、余計なお世話だと言われそうなことまで考えつつ「不思議な店」をしばらく観察していたが、どうもそのカード店には客が絶え間なく来店しているようだ。次に「どうしてこんなにカード店が人気なの?」という新たな疑問が湧いたが、その答えがわかったのはその年の12月になってからだ。

イギリスで初めてもらったクリスマスカードは、フラットメート(=同居人)からのものだったが、彼女とは仲良しだったので特に不思議に思わなかった。しかしその後、職場や当時通っていた学校で、それほど親しくない何人もの人からカードをもらったのだ。「懇意でもない私にまでカードが回ってくるほど、この国にはカード文化が根付いている」――そのときやっと「不思議な店」の存在意義と需要に納得した。

いちばん多くカードをもらうのは、なんといってもクリスマス。板製クリスマスツリーにカードを飾った。

デジタル化に負けない「紙のカード文化」

日常でも仕事でもデジタル化が進み、たいていの通信はメールやSNS で事足りるようになっているが、イギリスでは「紙のカード文化」がいまだ健在だ。企業が出すクリスマスカードはここ数年でデジタルに切り替わったが、個人レベルではまだまだ紙のカードが主流。かつカードが活躍するのはクリスマスだけに限らない。

誕生日、バレンタイン、就職、退職、結婚、出産、入学、卒業、引っ越し、お見舞い等々ライフイベントからちょっとした「ありがとう」まで、うれしいときも悲しいときも、何につけてもカードを贈るのが習わしだ。年間を通して出番が多いので、必要なときに すぐに どこかで買えることも重要。だからカード店がたくさんあり、スーパーにも必ずカードコーナーがあるほどだ。

イギリスが“こんなにも” カード文化の国になったのは、それほど昔からのことではない。 きっかけ を作った人物は、19世紀に活躍した公務員であり発明家のヘンリー・コール(1808-82)。上流階級の社交家だった彼を悩ませていたのは「毎年用意するクリスマスカードが多過ぎる」こと。

そこでひらめいたのが機械印刷によるカード製作。1843年、自分が使用する分以外を一般販売したのが、イギリス初の商業用カードだ。当時の庶民には手が出ないぜいたく品だったが、1860年代から技術革新によって価格が下がり、1894年の安価な郵便システムの導入も普及につながった。

「紙もの天国」イギリス

私はそこそこの断捨離家なのであまり物を買わないが、実は紙ものには目がない。カード類はもちろんのこと、タグや紙箱、蔵書表、シールといったものが大好きで、お菓子を買うときは中身の味より包装紙と箱のデザインを重視するほど。かわいい紙ものを見るたびに断捨離と収集欲との間で深く悩み、店の前を何往復もウロウロしては気味の悪い人に成り下がっている。

そんな私が唯一“紙もの愛” をちゅうちょなく爆発させられるのがカードだ。何しろ使う機会が多いので、いくら買っても すぐに なくなる。利用度の高いクリスマスカードとバースデーカードに加え、用途を選ばないカードやプレゼントに忍ばせるミニサイズのカードもストックしておかないと、いざというときに使えない。

買い控えは無用なのだ。かつカード文化のお国柄故、クラシカルな絵柄から洗練されたモダンデザインのものまで、イギリスはすてきなカードにあふれている。「紙もの天国」と言ってよいレベルだ。 

その人のセンスが問われるカード選び

そんな国だけに、イギリス人はカード選びが達者だ。相手の好みを考えつつ、自分の個性も出せるカードを見つけるのが本当にうまく、「よくこんなカード探してきたなあ」と毎度感心させられる。

そんな粋なカード選びの洗礼を受け続け、私もここ数年は「かわいい!」「すてき!」だけに興じることなく、もうひとひねりしたカードを探すようになった。イラストレーターやデザイナーが自作販売する「アートフェア」が、私の秘密の物色場所。飛び切りユニークなカードに出会え、製作者とちょっとした会話をするのも楽しみだ。

ロンドンにある「ヴィクトリア&アルバート博物館」のカードコーナー。展覧会に行くと必ず立ち寄る場所。

しかしそんなカード探しの楽しみも、今は封印を余儀なくされている。この原稿を執筆している1月現在、イギリス全土がロックダウン中。カード店は閉まっていて、多くのアートフェアが中止またはオンライン開催を決めている。見て触って、そして選ぶ喜びがあることもカード文化が廃れない一因だと思うのだが、今は我慢のとき。

しかし郵便が生きている限りカードを送る楽しみは残されている。今こそため込んだカードの使い時だ。家にこもる日々が続いているが、なかなか会えない友人たち一人一人の顔を思い浮かベて「I miss you!」のメッセージをしたため、送ってみようと思う。

イギリスのロンドンってどんなところ?

イギリスの首都ロンドンはイギリス南東部に位置し、さまざまな人種・文化・宗教的背景の人たちが住んでいる「多文化都市」。ビッグベン、大英博物館など観光スポットも満載。

写真:宮田華子

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年4月号に掲載した記事を再編集したものです。

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宮田華子(みやた はなこ) ライター/エッセイスト。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

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