知っているようで意外と知らないアメリカに迫るシリーズ、「アメリカの今」。本記事では、米中関係についてご紹介します。トランプ政権になってからいっそう話題に上がることが多くなった米中問題。「失敗だった」とされる歴代政権の政策、対中圧力を強めた理由、アメリカが脅威と感じているものとはなんなのでしょうか?現代アメリカ政治外交を専門とする前嶋和弘さんが解説します。
対中強硬姿勢の背景にあるアメリカの覇権維持の狙い
ドナルド・トランプの政権発足以降、貿易の面でも安全保障の面でも、米中の対立関係が鮮明になっている。貿易戦争から始まり、ファーウェイやTikTok などの通信技術を巡るスパイ疑惑、新型コロナウイルス感染症 拡大 の責任問題、香港やウイグルなどの人権問題、そして南シナ海と東シナ海の中国の進出問題など、両国の対立は極めて激しい。
トランプ政権時の米中関係はおそらく「新冷戦」という一言で総括されるだろう。もしかしたらトランプ政権の時代は、これから何十年も続いていく米中の対立が本格的に始まった きっかけ として、将来の歴史家が論じることになる かもしれない 。
バラク・オバマ政権時には、経済の成長センターとしての中国の役割を重視し、アメリカの貿易赤字を容認していた。また安全保障面でも、中国の海洋進出などに対して警戒し「敵国(enemy)」という関係はありながらも「友好国(friend)」であり続ける「フレネミー(frenemy)」な関係だったと言われる。しかしトランプ政権では、中国は貿易のライバルなだけでなく、安全保障上の脅威であり、事実上の「敵国」であることを強く意識している。
特筆すべきなのは、トランプ政権の中国に対する政策転換は、アメリカがこれまで堅持してきた自由主義や国際秩序からの逸脱の象徴と言えることだ。代表的なのが、アメリカが第2 次世界大戦後の覇権の中で最も重要視していた自由貿易という国際貿易上の規範を捨てつつあるという点である。トランプ政権の「公正かつ相互的な貿易(fair and reciprocal trade)」というスローガンは、はっきり言えば保護主義貿易にほかならない。ただ、対中政策を巡る動きの根底には、次なる覇権国に成長しつつある中国の台頭を崩そうとする「秩序維持」の動きという側面があることにも注意してほしい。 今後の 米中対立は「覇権争い」そのものになるの かもしれない 。
写真:ロイター
覇権争いの中核にある安全保障を巡る対中強硬姿勢
アメリカの覇権維持の中核にあるのが安全保障分野の対中圧力だ。アメリカ側としては、アジア太平洋の安定をもたらすのは日米同盟や米比同盟というアメリカを軸とした同盟関係であるが、海洋進出を狙う中国にとってはアメリカとアジア諸国の同盟関係こそが、アジア太平洋を不安定化させる元凶にほかならない。
オバマ政権時代、アメリカ側は「中国封じ込め」というよりも「現状維持」を念頭に動いてきた。これはすでに軍事 予算 が切迫する中、北朝鮮に続くアジアでの潜在的な火種は避けたいというのが思惑だった。オバマ政権時代の8 年間で、不作為に中国の南シナ海への進出を許してしまった感もある。しかし、トランプ政権に変わったことで状況が一変した。中国という次の覇権国をいかに抑えていくかが大きなポイントとなっている。
トランプ政権の安全保障政策を象徴する二つの演説がある。一つ目は、2018 年10 月4 日のマイク・ペンス副大統領の演説だ。演説では「アメリカは中国に、自国の市場へのオープンなアクセスを与え、世界貿易機関に招いた。これまでの政権は、中国があらゆる形の自由を尊重するようになると期待してこうした選択をしたが、その期待は裏切られた」など、対中貿易についての話が中心となっており、中国を「アメリカの民主主義に干渉しようとしている」などと厳しく批判している。
もう一つの演説が2020 年7 月23 日のマイク・ポンペオ国務長官の対中政策演説である。ポンペオ長官は、アメリカのこれまでの歴代政権が続けてきた一定の関係を保つことで変化を促す「関与政策」について、ペンス演説と同じように「失敗だった」と訴えた。さらに、「中国共産党は知的財産を盗もうとし続けてきた」「両国間の根本的な政治的イデオロギーの違いを、もはや無視することはできない」「世界の自由国家は、より創造的かつ断固とした方法で中国共産党の態度を変えさせなくてはならない」「中国共産党 に関して 言うなら『信頼するな、そして確かめよ』という原則が重要だ」などと、対中強硬の度合いをさらに一歩深めている。
強化 のためさらに冷え込む新冷戦時代">「秩序維持」 強化 のためさらに冷え込む新冷戦時代
「独裁」への反発、「自由」の強調など、アメリカがかつての外交の理念に回帰しつつあるのは注目に値する。ポンペオ長官の演説で聞かれたニクソン政権の対中姿勢などへの言及も、「新冷戦」を念頭にしているとみられる。対共産党という本丸に迫ろうとしているほか、中国の封じ込めを超えて、巻き返しを進めているようにもみえる。
これまでの貿易や技術革新の対立も、最終的には国家や共産党が変わらない限りは動かないという現実を、トランプ政権は再認識したの かもしれない 。中国企業の場合、国家資本主義からの呪縛があり、テクノロジーなり技術なり、あるいは盗んだ情報なりを吸い上げて、国や軍に渡してしまう 可能性がある 。この共産党への敵視はトランプ第2期政権、あるいはジョー・バイデン政権になっても、対中姿勢がさらに厳しくなることを示唆しているようにみえる。
さらに中国に対抗するため、ポンペオ長官は有志の民主主義国による新たな連合も提唱している。トランプ政権の対中政策を巡る動きの根底には、アメリカの焦りと共に、アメリカ主導の国家秩序を維持し、 強化 しようとする「秩序維持」の動きが見て取れる。
この記事の全文は『ENGLISH JOURNAL』11月号で!
前嶋和弘(まえしま かずひろ) 静岡県生まれ。上智大学教授。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『 アメリカ政治とメディア 』(北樹出版、2011年)、『 危機のアメリカ「選挙デモクラシー」 』(共編著、東信堂、2020年)、『 現代アメリカ政治とメディア 』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、“ Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan ” (co-edited, Palgrave, 2017)など。
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