通訳者の50歳問題【通訳の現場から】

通訳者の50歳問題【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

最近、通訳者の間で「50 歳問題」が話題になっています。某通訳会社のコーディネーターが「50 歳を超えた通訳者はあまり使いたくない」という趣旨の発言をしたらしく、ただのうわさだと思いきや、一部の通訳者は実際にそのような傾向を観察しているというのです。確かに、たまにコーディネーターさんと飲みに行くと、それらしい話は耳にします。

具体的な年齢は話題にならないのですが、年配の通訳者は「テクノロジーに疎いので、簡単なファイルのやりとりにもてこずる場合がある。紙の資料を用意できないと、とにかく不機嫌になったり、怒り出したりする」「服装が崩れてくる」「柔軟な現場対応ができない」「態度が悪い」というような意見があります。

まず「テクノロジーに疎い」ですが、通訳業界では資料を紙で欲しがるプロが大多数です。目に優しく、メモの書き込みがしやすいのが主な理由です。ただ近年では印刷の手間や宅配便・バイク便などにかかる経費の削減を理由として、データ形式でのみ資料を提供するエージェントも増加傾向にあります。

それに対し、ずっと紙中心で仕事をしてきたベテラン通訳者の中には抵抗感を覚える方が少なくありません。これに加えて、今ではテクノロジーがかなり進化・多様化していますから、単純にそれについていけていない通訳者もいます。メジャーなファイル共有サービスでも使い方がわからず、資料を紙で送ってください、というわがままな方もいますが(笑)。

「服装が崩れてくる」は受け手の解釈に左右されますが、基本的にスーツが標準である(=何も考えなくてもよい)男性に対し、女性はある程度自由なコーディネートが許されているので、時にはTPO を読み間違える通訳者もいる、ということでしょうか。

「柔軟な現場対応ができない」と「態度が悪い」ですが、私が思うに、経験を積めば積むほど自分の「形」が出来上がってくるので、そこから外れるような要求に対しては柔軟な対応を渋る方もいるということではないでしょうか。

現場でクライアントの要求を
聞き入れた結果、リズムが崩れてパフォーマンスの質が落ちるケースは確かにあります。他方、態度が悪いというか、通訳はサービス業の側面があることを忘れて、通訳さえできていれば顧客対応は気にしなくてよいと考えている通訳者がいることも事実です。

通訳者はメンタルアスリート

このように理由はさまざまなのですが、これに加えて、コーディネーターも通訳者も公にはあまり触れたがらない「年齢による能力の低下」という理由もあるかもしれません。通訳は仕事の性質上、頭脳と体を酷使するので、チェスや将棋、囲碁の選手と同じように一種のメンタルアスリートだと私は考えています。

そしてこれらのメンタルスポーツでは、30 代あたりから能力の低下が始まるというデータがあります。通訳業界の最前線で活躍されているプロの平均年齢は高め(40 代~ 50 代)というのが私の印象なのですが、例外はあるにしても、やはり能力の低下は避けられないと思います。

2014 年に7 万1000 人のアマチュアのチェス選手を対象にして、年齢別のレーティング(チェスの強さ)が調査されました。その結果、レーティングは26 歳でピークに到達し、その後は個人差がありながらも徐々に低下していくことがわかっています。

このデータは将棋のトッププロにも当てはまるかもしれません。河口俊彦著『大山康晴の晩節』(2003、飛鳥新社 刊)では、将棋棋士が最も勝てるのは20 代、棋力(将棋を
指す能力)が落ち始めるのが30 代~ 40 代、そしてはっきり衰えが見えるのが50 代と書かれています。

特に「ピークはだいたい30 歳くらいまで維持できるが、それからほんのすこしずつだが、棋力が落ち始める。そして40 歳を過ぎるとガクンと落ちる」という記述があります。最近、羽生善治九段が48 歳で27 年ぶりに無冠になったとニュースになりましたが、彼はまだいい方で、同世代のライバル棋士の多くは30 代後半から40 歳あたりで停滞・後退を始めています。

能力と経験の総合力で勝負

頭脳だけではなく、身体的にも年齢による衰えは隠せません。アメリカの著名データアナリストが著した『シグナル&ノイズ』( 2013、日経BP 社 刊)という本があるのですが、そこでは統計専門家ビル・ジェームスによるプロアスリートの年齢的衰えに関するデータ分析が紹介されています。重要な部分なので引用します。

「数千という選手を見て、ジェームスはパターンを発見した。典型的な選手というのは、20 代後半まで成長し、そこから徐々に衰えはじめ、30代半ばになるとその傾向が強まる。エイジング・カーブである。オリンピックの体操選手は10 代にピークを迎える。詩人は20 代、チェスのプレーヤーは30 代、経済学者は40代だ。フォーチュン500 に選出されるような大企業のCEO の平均年齢は55 歳である。ジェームスによると、野球選手は27 歳でピークを迎えるという。1985 年から2009 年にMVP に選ばれた50 人をみると、60パーセントは25 歳から29 歳にピークを迎え、20 パーセントはちょうど27 歳にピークを迎えている。身体面と精神面のバランスがとれ、一番力が発揮できる時期なのだろう」

日本の通訳業界の特徴として、女性の場合は、まず企業で働いてから出産などを機に通訳者になるルートが多いので、20 代からバリバリ仕事をしているプロはほぼいません。若くても30 代前半あたりからキャリアを始めるのがよくあるパターンです。

データが正しければ、キャリアを始めた時点ですでに身体的ピークは過ぎているので(というか業界の大多数も同様)、とても複雑な気持ちなのですが、その弱点を過去にこなした案件で得た知識や、多くの現場経験で育んだ大きな文脈を読む力、いわゆる総合力でカバーしているのが現実なのかもしれません。

私は今年で43 歳になるのですが、30 代前半の頃の瞬発力はもうありません。必要な情報を思い出すスピードも低下しています。なにより寝ても体力が回復しない(泣)。機関銃のようにしゃべり続ける講演者の一語一句を正確に捉える能力は確実に衰えていますが、その代わり、話の流れと要点を押さえて「聞かせる」通訳はうまくなってきたのではないかと思います。

昔と比べて声の使い方も工夫するようになりました。今後は通訳スタイルだけでなく、受ける仕事も絞ってパフォーマンスの質を維持していくことになるでしょう。ただ自分の形にこだわるあまり、「柔軟な現場対応ができない」通訳者と思われることは避けたいものです。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年4月号に掲載された記事を再編集したもので す。