嫌だけど主役になる【通訳の現場から】

嫌だけど主役になる【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

通訳者は黒子のような存在だと言われることがあります。現場で的確な表現を用いてスムーズかつ心地よいテンポで通訳が進んでいる場合は、通訳者が会話の背景に同化して「見えなくなる」ことがあるらしいです。

しかし通訳者の意図に反して、黒子どころか主役にならざるを得ない状況も時にはあります。例えばある海外案件で、「正確な訳は当然だが、できるだけ時間を稼いでほしい」というクライアントの依頼がありました。とりあえず相手方と対話する場を設けなければならないけれど、相手方が求めている最終的な意思決定をまだできる段階にないので、相手の話を聞いて、それとなく協力的なそぶりを見せて建設的な雰囲気を作りたい。でも最後の最後でタイムオーバーというのが理想的、という依頼でした。通常、このような疲れそうな案件は断るのですが、やむを得ない事情により断りきれず、担当することになりました。

疲れる案件

なぜ「疲れそうな案件」だとわかると思いますか? 通訳者は本能的に、思考の最短距離で最適な訳を目指します。通訳学校でもこのようなアプローチを基本として教えられます。5 秒でシンプルかつ美しくまとめられる文章を、意図してわざわざ30秒の文章にするというのは直感に反しますし、慣れていない行為を無理にしてもうまくできるはずがありません。無理をすれば結果としていつも以上の肉体的・精神的疲労が溜まりますし、ひどい訳出をすれば心理的ダメージも増します。通訳者は、うまくできた訳はあまり覚えていないのですが、ひどい訳はだいたい出した瞬間に「あ、やってもうた」とすぐにわかりますし、結構長く記憶に残ります。そういう生き物なのです。

例えば話者が「そちらの立場は理解できるが、こちらにも期限がありましてね」と発言したとしましょう。難しい文章ではありません。普通の通訳者であれば

I understand your position, but we have a deadline to meet.( 11ワード)

というように訳してくると思います。これをわざと長く、時間稼ぎの訳にしたら、

Well, I wholeheartedly appreciate your argument on the subject matter, and I fully understand where you are coming from, and the position you just presented. I am certain you have your reasons. I do not disagree with that at all. However, I would appreciate it very much if you could put yourselves in our shoes, and consider our position and its implications, particularly the deadline we absolutely have to meet.( 70ワード)

と、ワード数にして軽く6 倍程度にできます。

文章の内容としては、ほぼ同じことを言っています。通訳者は言葉のプロですから、やろうと思えばこれくらいの処理はできますし、場合によってはもっと長くすることも可能です。ただ、前述したとおり、とても疲れるのです。聞き手も疲れます。そしてこのような訳を続けていると通訳者は場に溶け込むことができないので、どうしても存在が必要以上に目立ってしまいます。主役になってしまうケースも少なくありません。私は「この案件は無理かもなあ」と悲観していたのですが、なんと出国その日の朝に突然キャンセルになりました。いろいろな戦略的事情があったのかもしれません。個人的にはせっかくあれだけ準備したのにと一瞬思いつつも、案件がそのまま実現していたら1 週間ずっとサンドバッグ状態になることがほぼ確定していたので、胸をなで下ろしたものです。

全力でオブラートに包む

別の事例では、ある交渉の現場で、「日本側のリーダーの言うことはそのまま訳さず、発言の意図を伝えつつも険悪なムードにならないように優しい表現を選んでほしい」というリクエストがありました。難航している交渉なので、もしかしたらリーダーが感情的になり、厳しい言葉を使ってしまうかもしれないが、交渉が決裂するのはこちらが望むことではないので、相手側が怒りそうな厳しめな表現が出たらそれとなく毒気を抜いて訳してほしいとのこと。

このようなお願いもとても難易度が高く、あまり好きではありません。そもそも通訳者は何をもって特定の表現が「厳しめ」だと評価できるのでしょうか。勝手に丸くまとめてしまったら意図が伝わりにくいし、忠実に訳したらクライアントの意に反することになります。それにリーダーは流りゅう暢ちょうとはいえませんが英語を理解する方です。私が小細工をしていると解釈されたら信頼を失うかもしれません。これは通訳者にとって、最悪に近い状況です。

実際、交渉は通訳的綱渡りが続きました。リーダーが「あなた達が約束を守らないでチンタラしてるからこの状況にいるんじゃないか。真面目にやれよ」と言ったら、私は

We would not be in this situation if the promises had been kept. Perhaps we should put more thought into this.
約束が守られていればこの状況にはいないと思います。もう少しこの点について考えるべきではないでしょうか。

などと少し距離を置いて訳す。リーダーが「今この場でその資料を見せられてもすぐに回答できません。そっちの勝手に何でもできるとでも思ってるんですか?」と言ったら、私は

We’re reading this document for the first time, so it would be unreasonable for you to expect our response now, wouldn’t it?
この資料は初めて読むので、今この場で回答を求めるのは不合理だとは思いませんか?

と落ち着いてかわします。

ただ、肝心な所でどうしても処理に困りました。リーダーがたった一言、「ウソはつかないでくださいよ」と言ったのです。日本側の担当者はこの発言に反応し、それまで読んでいた資料から顔を上げて私の方を見ました。さすがに lie を入れなかったら、いくらなんでもリーダーにバレるというか、手の加え過ぎで彼の信頼を失ってしまうと思いました。なので私は少し間を置いて(これが永遠に感じるのですが……)、

What seem like lies can easily find their ways into our discussion if we’re not careful.
気を付けないと、ウソのように見えるものが会話に紛れ込んでしまう。

と訳してこの場をなんとかしのぎました。

この会議の後、両当事者は私の通訳をとても褒めてくださったのですが、私自身は複雑な気分でした。状況に強いられたといえども、私が交渉の主役のようになってしまった違和感が拭えませんでした。

関根マイクさんの本 

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年11月号に掲載された記事を再編集したもので す。