通訳者、 もっと体を張る。【通訳の現場から】

通訳者、 もっと体を張る。【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

前回は私が経験した肉体酷使系の仕事の中でも特に追い込まれた案件を紹介しましたが、あれから風呂につかりながらゆっくり考えていたら、肉体的な制約がある案件が思った以上にありました(笑)。別にこちらから求めているわけではないですが、日頃の行いが悪い通訳者にはこの種の案件が集まってくるようです、はい。

声が聞こえない!

例えば通訳仲間の代役として、富士スピードウェイで開催されたWEC(世界耐久選手権:自動車の耐久レース)で通訳をしたときのこと。本選を翌日に控え、各ドライバーが指定の時間に舞台に上がってレース前の抱負、コースの特徴とそれに対する大まかな戦略などを語ってファンサービスをします。普は通訳者も舞台に上がり、ドライバーのすぐ横に座って訳すのですが、「通訳者が舞台に上がらない方が、観客がドライバーに集中できてよいのではないか」とその場で思い付いた私は、舞台袖にテーブルやマイクなどの機材を用意するようにスタッフさんにお願いしました。舞台袖なのですが、舞台の上の様子がギリギリ見えない程度に裏側です。

当時の私の論理としては、暴力団の鉄砲玉みたいな風貌の私が舞台に上がってファンの目を汚すよりも、自ら身を隠すことでファンがお目当てのドライバーに注目できる、というものでした。ただ、最初のトークセッションが始まってすぐに気付いたのは、私の位置には舞台上の音がほぼ届かないということ。大きなスピーカーが舞台の両側に設置されていたので問題ないだろうと思っていたのですが、肝心なそのスピーカーは当然ながら観客の方向を向いているし、大会場向けの設備なので音がかなり広がり分散されます。

要は、私の位置に届く音はとても小さく消えかかっているような音でした。これだけでもかなり厳しいのに、少し離れたレース場では予選が開催されていて、熊が襲ってきたような猛々しいエンジン音が周辺一帯をたびたび包みます。さすがに焦りました。

でも舞台上でのトークは続きます。外国人ドライバーがまず簡単な挨拶をしたらしいので、3 割も聞こえなかった私はとりあえず当たり障りのない訳(テキトーな訳とも言う)で場をつなぎつつ、近くのスタッフさんに耳を指すジェスチャーで状況を伝えます。

そのときの訳はもう覚えていませんが、おそらく「今回の日本でのレースを本当に楽しみにしています。ファンの皆さんもいいレースを期待しているでしょうし、私自身も全力を尽くしたいと思います。自分が思い描くレースができれば、きっといい結果が出ると思います。応援よろしくお願いします」みたいな感じだったと思います。不正確な訳とわかっていながらも、とにかく場をつながなければと腹をくくって発言した記憶があります。

「これが続くともたないな、死んだな……」と思いつつも、引き続き両耳に全神経を集中させていると、突然、外国人ドライバーの発言がはっきりと聞こえるようになりました。なんと事情を理解した裏方さんが、通訳者用に小型スピーカーを用意してくれたのです。これでなんとか救われました。時間にして2 分くらいの出来事だったと思いますが、今でも思い出すとゾッとする現場でした。

登山で通訳、マスクで通訳

某団体に同行して英国に出張したときのことですが、湖水地方にある標高600 メートルほどの山に登りました。「頂上についたらリーダーが話をするので通訳者さんも一緒に登ってください」とお願いされたので、もちろんです、と威勢よく登り始めたのですが、なかなかどうして、麓から見たら余裕に思えたルートがかなり険しい。

時間がたつにつれて太ももとふくらはぎがパンパンになってきて、マラソン中継でよく見る光景というか、1 人だけ先頭集団から遅れ始めます。グループが登頂したときに通訳者がいないと文字どおり話にならない、とわかっていても足が動きません。そんな悲しい私を見てグループメンバーが空気を読んでくれたのか、途中から頻繁に休憩をとり始めて私を待ってくれますが、私が集団に追い付いたらすぐに出発してしまうので私はまったく休めないという(笑)。

最終的には10 分程度遅れて、息を切らしながら登頂したのですが、リーダーはとどめとばかりに、なんと本を取り出して一節を読み始めます。丁寧に練り込まれた文章を正確に訳すのはとても難しいことなので、読み上げるのであれば本来は事前に原稿を提供してほしいのですが、もうその場で始まったらこちらも流れに任せてベストな訳を出すしかありません。酸欠気味の脳をフル回転させながら、おそらくヤケクソでプロらしくない残念な訳出をしたことでしょう。通訳ってこんなに大変な仕事だったっけ?

東日本大震災の後、原子力発電所や関連施設での通訳案件が激増しました。国内の電力会社はWANO(世界原子力発電事業者協会)など海外の専門家を招いてピアレビュー(訪問先の施設の評価や審査)を実施し、自社施設の安全性を確認・強化する活動を活発化させたのです。私はこれまでピアレビューをはじめ、原子力業界の最前線にあるさまざまな現場で活動してきました。時には放射線管理区域内で作業をしたこともあります。管理区域内ですから、当然ですが防護服とマスクを着用します。

ただ、初めてやってみるまで見当もつかなかったのですが、防護マスクを装着すると声がまったく通りません。マスクといっても風邪のときに着けるようなガーゼのマスクではなく、顔全体を覆うハイスペックのガスマスクなので、自分の声量が半分程度になり、音もこもるので聞きづらくなります。自分だけならまだしも、クライアントも同じ装備なので、彼らの発言が聞き取れません。実際、現場では、私「使用済み燃料プールが……」外国人「ええー? なんていったー?」私「ですから使用済み燃料プールがコレでアレなわけで……」外国人「プールがどうしたってー?」というような、ドリフのような掛け合いが何度も続きました。全然聞こえないので、私が「しむらー! うしろうしろー!」と叫んだとしても絶対にバレなかったと思います。

このように、ただでさえ肉体的に過酷な労働環境なので、案件によっては通訳者が2 名手配されることもあったのですが、ある案件に私と一緒に手配された通訳者さんは、現場に着いてから「私は閉所恐怖症なので防護マスク着用の仕事はできない」と言って作業を拒否しました。今となっては笑い話ですが、管理区域内に入ることは事前通知されていたわけで、まさかこの人はマスクなしで入ることを想定していたのでしょうか……。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 
 

文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年7月号に掲載された記事を再編集したもので す。