“To be, or not to be, that is the question.”【英米文学この一句】

“To be, or not to be, that is the question.”【英米文学この一句】

翻訳家の柴田元幸さんが、英米現代・古典に登場する印象的な「一句」をピックアップ。その真意や背景、日本語訳、関連作品などに思いを巡らせます。シンプルな一言から広がる文学の世界をお楽しみください。

To be, or not to be, that is the question.

_Shakespeare, Hamlet, Act 3, Scene 1.

言わずと知れた、シェークスピアの数々の名文句のなかでも間違いなく一番有名な一行。日本では「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」という訳で通っているが、この一行を見ただけでは、be の意味は(少なくとも僕のようなシェークスピア門外漢には)よくわからない。

このあとの十数行で、うーんこのままこのひどい運命に耐えるか、それとも敢然と立ち向かって相果てるか、いやべつに死ぬのが怖いわけじゃないしむしろ死が眠りなんだったらそのこと自体は歓迎なんだけど眠るってことは夢を見るってことなわけでそれがどれだけ恐ろしい夢かはわからない、そこが困るんだよねえ……みたいなことを(もちろんもっと気高い言葉で)ハムレットが言っているので、まあとりあえず「生きるべきか……」という訳に落ち着く。

が、日本初の「翻訳」はだいぶ違っている。1874年1月、在日外国人向けに画家Charles Wirgmanが出していた漫画雑誌『The Japan Punch』に載った、思案するチョンマゲ武士の漫画に添えたローマ字がそれである:

Arimasu, arimasen, are wa nan desuka;̶

―と、グーグル翻訳なみに無茶苦茶な逐語訳(?)である(ちなみにTo be ... を本当にグーグル翻訳にかけると、出てくる訳は「そうであるかどうかは、それが問題です」)。

日本で屈指のシェークスピア学者河合祥一郎が、『新訳 ハムレット』(角川文庫)の訳者あとがきで“Arimasu ...” から始まる過去39本のTo be ... 訳を列挙してくれているので見てみると、大半は〈生きる/死ぬ〉の対比に基づいた訳だが、「やる、やらぬ、それが問題だ」(小津二郎1966)、「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」(小田島雄志1972)、「するか、しないか、それが問題だ」(高橋康也1992)と、別解釈もいくつかある。そして驚いたことに、河合氏が指摘するとおり、「生きるべきか、死ぬべきか……」というもっとも有名な「バージョン」はどこにも見あたらない。で、河合氏自身の訳は―「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」。

この科白(せりふ)を有効活用した文学作品としては、カート・ヴォネガットの短篇『2BR02B』(1962)があるが(0はnought と読む。このタイトル、人口過剰で人々に自殺を勧める未来社会の安楽死センターの電話番号である)、個人的に印象に残っているのは、映画『嘆きの天使』(1930)の冒頭、ドイツのギムナジウムで老教師が“To be, or not to be, that is the ...” を使ってth の発音ができない生徒をいじめるシーン。ここだけ見ると厳しいばかりの嫌なおっさんなのだが、この人がマレーネ・ディートリッヒ演じる踊り子の虜になって破滅し、生徒たちからもあざ笑われる末路を考えると、この場面もどこか憐れに思えてくる。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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  • 作者:柴田 元幸
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 単行本
 
【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/12/17
  • メディア: 単行本
 

文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年4月号に掲載された記事を再編集したものです。