疫病下、戦時下で、人々はpeopleなのかpersonsなのか?【EJ Culture 文学】

お二人の翻訳家がリレー形式でお届けする「EJ Culture 文学」。今回、有好宏文さんに紹介いただくのは、100 年前、スペイン風邪が大流行した時代を描いた恋愛短編小説「Pale Horse, Pale Rider」(キャサリン・アン・ポーター 著)です。peopleとpersonsは、どのように使い分けられるべきなのでしょうか。

いいか、people なんて使うなよ、persons の意味では

Pale Horse, Pale Rider, Katherine Anne Porter (1939)

表題作の他2編を含む小説集(1990年版、Mariner Books刊)

キャサリン・アン・ポーターの代表作の一つ「Pale Horse, Pale Rider」に、100年前のスペイン風邪パンデミックのことが書かれていると知り、読んでみた。彼女は1890年に南部テキサス州に生まれ、カーソン・マッカラーズ、ユードラ・ウェルティ、フラナリー・オコナーといった次世代の南部女性作家たちに影響を与えた重要作家である。

第1次世界大戦中の1918年、主人公のミランダはコロラド州で新聞記者として働いていて、間もなく戦地に赴くアダムと出会う。戦争と疫病による死が迫る中での、二人の短い恋愛を描いた短編小説だ。

戦時下かつ疫病下のアメリカでの「愛国的集団熱狂」(英語ではpatriotic hysteriaで、patri-は元々「父の」という意味)が女性の精神にいかに作用したかを細密に語っている。著者自身、新聞記者の経験があり、スペイン風邪で生死の境をさまよったそうだ。

ミランダが新聞社で働く冒頭の場面で、校閲係の年配男性ギボンズ氏がミランダを注意する言葉がつい気になった。

“Never say people when you mean persons.”
いいか、people なんて使うなよ、persons の意味では。

このセリフに注目した批評家はおおむね、男性からの抑圧の一例、あるいは、作家自身の経験を生かした描写、と解釈している。どちらもそのとおりなのだろう。

しかし、私がこの場面に引っ掛かったのは別の理由のせいだった。一人の英語学習者として、peopleとpersonsのニュアンスの違いがいまいちピンと来なかったのだ。ギボンズ氏の口ぶりからなんとなく、伝統的な用法に固執しているのだろうと察しはついた。でも、もうちょっと何かある気がした。

この手の疑問でいつも頼りにしているのは、メリアム・ウェブスター社の無料ウェブサイト「Usage Notes」だ。ずばり、「‘People’ vs. ‘Persons’」という記事があった。それをまとめると次のようになる。

①「the French people」のように国民全体や集団全体を指すときには必ずpeopleを使う
②「two persons」のように数えられる個人を指すとき、かつてはpersons を使うことが多かったが、近年では「two people」のようにpeople を使う方が普通になっている

ギボンズ氏は、②の意味では昔ながらのpersonsを使うようにと言ったわけだ。

記事を読みながら考えた。peopleは一人一人が意識されないほど大きな集団、personsは一人一人の顔が思い浮かべられるくらいの集まり、というニュアンスを帯びているのだろう。疫病や戦争の中で、人は自分のためではなく全体のために生き、あるいは死ぬことを求められる。私たちはそれを知っている。

しかし物語の最後、全てが終わった後にミランダが大切に思う一人一人の名前を目にするとき、それはただの名前の連なり以上のものだったはずだ。その目に映ったのはpeople ではなくpersons だったと思う。

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
文:有好宏文(ありよし ひろふみ)

アメリカ文学研究・翻訳家。新聞記者を経て独立。訳書にニコルソン・ベイカー『U & I』、メアリ・ノリス『カンマの女王』。現在はアメリカのアラバマ大学大学院に在籍。Twitter: https://twitter.com/ariyoshihirofum

※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年10月号に掲載した記事を再編集したものです。

今回紹介した本

Image by Edwin P M from Pixabay

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