ミステリアスなシェフが腕を振るう孤島のレストランを舞台にした、極上のサスペンス映画『ザ・メニュー』【EJ Culture映画】

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気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に長谷川町蔵さんが解説します。

今月の1本

『ザ・メニュー』(原題:The Menu)をご紹介します。

※動画が見られない場合は YouTube のページでご覧ください。

太平洋岸の孤島を訪れたカップル(アニャ・テイラー=ジョイ/ニコラス・ホルト)。お目当ては、なかなか予約の取れない有名シェフ(レイフ・ファインズ)が振る舞う、極上のメニューの数々。「 ちょっと感動しちゃって」と、目にも舌にも麗しい料理の数々に涙するカップルの男性に対し、女性が感じたふとした違和感をきっかけにレストランは徐々に不穏な雰囲気に。 なんと、一つ一つのメニューには想定外の「サプライズ」が添えられていた……。レストランには、そして極上のコースメニューには、どんな秘密が隠されているのか? 果たしてミステリアスな超有名シェフの正体とは――。

舞台は孤島のレストラン――謎多きカリスマシェフに隠された秘密とは

フジテレビで1993年に放映開始された「料理の鉄人」は世界中に放映権が売れたヒット番組だったが、「Iron Chef」(2004-12)のタイトルで放映されたアメリカではお笑い番組として扱われたそうだ。視聴者は、番組の特色である「シェフを神や哲学者のように表現する」演出を現実感のないギャグとして受け取ったのだ。「楽しい料理を、なぜそこまで神妙に語る?」――アメリカ人はそう考えたのである。

しかし今や状況は一変した。故アンソニー・ボーディンを筆頭とするタレント性の高いシェフたちが、料理の奥深さを魅力的に語ったことで空前のグルメブームが到来。現在はNetflixが独自製作しているアメリカ版「Iron Chef」(2022- )をはじめ、多くのグルメ・バラエティー番組が放映、配信されている。

こうしたブームを踏まえて製作されたのが、『ザ・メニュー』だ。本作に登場する「ホーソン」は、カリスマシェフ、ジュリアン(レイフ・ファインズ)に絶対服従を誓うスタッフが孤島で集団生活を送りながら、自給自足で材料を調達しているという非現実的なレストランだが、バルセロナの「エル・ブリ」やコペンハーゲンの「ノーマ」といった実在の名店をモデルにしている。またカメラワークは、これらの店を有名にしたNetflixドキュメンタリー番組「Chef’s Table」(2015- )を巧妙に模倣しているのだ。

だが本作は単なるパロディーを超えて、実在の名店が抱える問題をもあぶり出す。現実のカリスマシェフは危うい存在だ。気まぐれな料理評論家や味音痴の金持ち客、そしてスポンサーの支持なくして、その地位にはとどまっていられないからだ。

それでは自分の料理哲学はどうなる?こうした葛藤が、ジュリアンを異様な行動へと駆り立てるというわけだ。しかし、たまたま店に居合わせた主人公マーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)にとっては人ごとでしかない。「楽しい料理を、なぜそこまで神妙に語る?」と考えているからだ。そんな彼女が映画の終盤、特別に注文する料理が一番おいしそうに撮られていることが、本作がアメリカ映画である何よりの証しだと思う。

『ザ・メニュー』公式サイト

Cast & Staff 監督:マーク・マイロッド/出演:レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト他/11月18日(金)より全公開/配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年12月号に掲載した記事を再編集したものです。

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
長谷川町蔵(はせがわ・まちぞう)

ライター&コラムニスト。著書に『あたしたちの未来はきっと』(タバブックス)、『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワーブックス)、『文化系のためのヒップホップ入門3』(アルテスパブリッシング)など。

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