さまざまな言葉が飛び交った植民地期アメリカを描いた文学【EJ Culture 文学】

お二人の翻訳家がリレー形式でお届けする「EJ Culture 文学」の連載です。今回は有好宏文さんが、19 世紀アメリカの作家ジェイムズ・フェニモア・クーパーの出世作、日本では『モヒカン族の最後』として知られる小説を紹介します。

英語、フランス語、ネイティブアメリカン諸語が入り乱れる風景

The Last of the Mohicans, James Fenimore Cooper (1826)

アメリカ合衆国では、書籍出版点数のうち翻訳書は3%にすぎないそうだ。近所にある大手書店「バーンズ&ノーブル」に行っても「海外文学」という棚はなく、フィクションの棚に翻訳作品がぽつぽつと交ざっているだけ。そんな本棚を眺めていると、「本ってみんな英語でしょ?」と言われている気さえしてくる。

しかし、そもそもアメリカ大陸は言語と言語がぶつかり合う土地だった。さまざまな言語を持つネイティブアメリカンが暮らしていた所に、ヨーロッパ人が、アフリカ各地から奴隷化された人たちを無理やり連れて来たのだ。アメリカの歴史は言語接触の歴史、ひいては翻訳の歴史でもある!

そんな大それたことを考えながら、最近は『The Last of the Mohicans』を読んでいた。18世紀、北米大陸で英仏がネイティブアメリカン諸部族を味方に付けて戦った頃の物語で、英語にフランス語、そしてネイティブアメリカンの幾つもの言語が入り乱れている。言葉を巡って勘違いが起こる場面には笑わされ、行き違いを利用して相手を欺く場面は言語オタクとして興味深く読んだ。例えば、ネイティブアメリカンの男が鹿にまつわるあだ名を持つ人物の居場所をイギリス人に尋ねる以下の場面は実にややこしい。

“Le Cerf Agile is not here?”
“I know not whom you call ‘The Nimble Deer,’” said Duncan, gladly profiting by any excuse to create delay.
“Uncas,” returned Magua, pronouncing the Delaware name with even greater difficulty than he spoke his English words. “‘Bounding Elk’ is what the white man says, when he calls to the young Mohican.”
“Here is some confusion in names between us, Le Renard,” said Duncan . . .

「〈機敏な雄鹿〉はいないのか?」
「〈すばしっこい鹿〉っていうのが誰のことか、分からないなあ」とダンカンは言った。どんな口実もちゃっかり利用して話をはぐらかした。
「アンカスだ」とマグアは答えた。デラウェア語のこの名前を発音する方が、英語を話すよりもずっと大変そうだった。「〈跳ねるヘラジカ〉って、白人どもはそのモヒカンの若いやつに話し掛けているな」
「俺とお前の間で、いろんな名前がこんがらがっているなあ」とダンカンは言った(後略)

本書では、ネイティブアメリカンの言葉で会話している(ことになっている)部分は著者クーパーが英語に「翻訳」してくれていて、「読者に分かりやすいように意訳したが、その一方で、話者と言語の特色をどちらも残すようにも努力した」と立派な方針を掲げている。フランス語の会話はそのまま書いてある。

マーク・トウェインは「言葉のセンスがまれに見るほど鈍い」とクーパーをあげつらったが、それは彼自身も異なる言葉の響きを大切にした作家だったからこその批判だろう。『ハックルベリー・フィンの冒険』でトウェインは、西部の野生児ハックと黒人奴隷ジムの、それぞれに「標準英語」とは音色の違う話し言葉を生き生きとつづった。『ハックルベリー・フィンの冒険』をヘミングウェイは、アメリカ文学の源流だと言った。さまざまな響きの言葉はアメリカの中心にずっとあったし、移民が流れ込むアメリカに、これからもずっとあるに違いない。

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
文:有好宏文(ありよし ひろふみ)

アメリカ文学研究・翻訳家。新聞記者を経て独立。訳書にニコルソン・ベイカー『U & I』、メアリ・ノリス『カンマの女王』。現在はアメリカのアラバマ大学大学院に在籍。Twitter: https://twitter.com/ariyoshihirofum

※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年4月号に掲載した記事を再編集したものです。

今回紹介した本

Image by Chen from Pixabay

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