何問解ける?文芸翻訳家が出題する難関「日本語訳クイズ」にチャレンジ!

『ENGLISH JOURNAL』9月号の特集「『超』難問で英語の腕試し!オトナの夏休みドリル」に関連して、この記事ではこの夏 取り組み たい「翻訳クイズ」をお届けします。文芸翻訳家の越前敏弥さんが、誤訳しやすい文章をピックアップ。あなたは何問解けるでしょうか?

問題!この文章、翻訳できますか?

文の構造を考えながら、下記の文章を日本語に訳してみましょう。

1. The rich water lilies.

2. What the half- drunken woman whom I told you of last night, said to me, when I tried to see him and obtain a week's delay ; and what I thought was a mere excuse to avoid me; turns out to have been quite true. (Charles Dickens “A Christmas Carol”より

3. He said it wasn't so much things that she upset, which wouldn't be so bad; more people and emotions. (Siobhan Dowd “The London Eye Mystery”より

4. Howard was born in 1917. It was just before the First War. (Ellery Queen “Ten Days' Wonder ”より、一部改変)

答えと解説

思い込みの落とし穴に注意!

1. The rich water lilies.

裕福な人たちはユリに水をやる。

water lilyは「睡蓮」ですが、そのつもりで読むと、動詞が見つからなくて、訳がわからなくなります。これはピリオドで終わるsentence(文)ですから、 原則として主語と述語動詞を具えているはず で、「豊かな睡蓮」「金持ちの睡蓮」という読み方はありえません。

では、どれが主語で、どれが述語動詞なのか。Theの直後のrichは動詞ではありえませんし、lilyという動詞は存在しません(辞書で確認してください)。

残ったwaterには「(植物などに)水をやる」という意味があるので、どうやら「The richはユリに水をやる」という形らしいことがわかります。

「the+形容詞」は複数の人物を表すことがある ので、これは「裕福な人たち」という意味で、動詞waterに三人称単数のsがついていないことも説明できます。

このように、ちょっとした錯覚や誤解のせいで構造が見えづらい文のことを garden path sentence(袋小路文) と言い、ネイティブの間でもいくつか知られています。

主語と動詞を見つけるという基本に立ち返る訓練ができるので、ネットなどでgarden path sentenceの類題を探して読んでみてください。

予想 しながら丁寧に読み解こう">文の構造を 予想 しながら丁寧に読み解こう

2. What the half- drunken woman whom I told you of last night, said to me, when I tried to see him and obtain a week's delay ; and what I thought was a mere excuse to avoid me; turns out to have been quite true.

一週間待ってくれないかとあの人に頼みにいったとき、酔っぱらった女がいたことはきのう話したろう。あの女が言ってたことは、ぼくを避けるための単なる口実だと思ったけど、ほんとうだったんだ。

長く込み入った文ですが、左から右へゆっくり読んで、文全体の構造を見極めましょう。

文の先頭にwhatがあるとき、いくつかの 可能性 が考えられますが、疑問文の語順ではないことはすぐわかるので、whatではじまる名詞節が文全体の主語になると 予想 して読んでいきます。

what節の中の主語はthe half- drunken womanです。その後のwhom I told you of last nightはそれを修飾している形容詞節ですから、この主語に対する述部はsaid to meです。ここでいったんwhatで始まる名詞節がまとまります。

その後のwhen I tried to see him and obtain a week's delay は副詞節で、文の大きな流れに 影響 を与えません。 delay のあとはセミコロン(;)で、これはカンマ(,)より大きい切れ目ですから、いったんここで区切ります。

となると、 文頭のwhatからセミコロンまでが文全体の長い主部であろうと 予想 できます

次に、andの後がまたwhatで始まっているので、 ここで第2の主語が始まった 可能性 が高い と考えられます。what I thought was ...の部分は「連鎖関係代名詞節」と呼ばれ、少々説明がややこしくなりますが、 とりあえず はI thoughtを無視して、What was a mere excuse to avoid me(ぼくを避けるための単なる口実だったもの)というまとまりで理解しましょう。

そこにI thoughtを挟み込んで、「ぼくを避けるための単なる口実だと ぼくが考えた もの」とでもすれば、正しい意味になります。

ここをもう少し詳しく説明しましょう。セミコロンの後に出てくる関係代名詞のwhatは、the thing thatを1語で表したものですから、この部分では元々

I thought the thing was a mere excuse to avoid me.

という英文が土台にあったと言えます。

そのthe thingが前に出て、

the thing that I thought was a mere excuse to avoid me.

となり、さらにthe thing thatがwhatに変わって

what I thought was a mere excuse to avoid me

となったわけです。

そしてこの後に2つ目のセミコロンがあり、 what I thought was a mere excuse to avoid meが第2の主語だと 予想 できます

二つの主語(と 予想 したもの)の後に turns outという動詞が来ますから、これが文全体の述語動詞であることがわかり 、ここまでの 予想 が正しかったことも確認できます。

あとは to have been quite trueだけで文が終わりますから、 この文は全体として「AとBがまったく正しかったことがわかった」という内容を伝えている とまとめることができます。

なお、turnsにはsがついていて、単数主語を受ける形になっているのは、そこまでの主語二つをひとまとまりにとらえたからと考えられます。ここでsなしのturnを使っても間違いではありません。

訳出にあたっては、前半のwhom I told you of last nightの部分が、その女に会ったのと異なる時点の話をしていて、原文のまま1文で訳すと混乱を招きかねないので、「~酔っぱらった女がいたことはきのう話したろう。あの女が言ってたことは~」というように、その部分を切り離したり、そこで文を分けたりして、わかりやすく表現するほうがいいでしょう。

熟語表現に気付けるかがポイント

3. He said it wasn't so much things that she upset, which wouldn't be so bad; more people and emotions. 

物を壊すならたいしたことではないが、彼女は人間や気持ちを壊すんだ、と彼は言った。

not so much A as B(AよりもむしろB)という熟語表現の変形だと気付ける かどうか がポイント です。

ここでは as の代わりにmoreが使われているのでわかりにくいのですが、it is ... that ...の強調構文の中にその形が組みこまれていて、 「彼女がupsetするのは thingsよりもpeopleやemotionsである」というのが全体の流れです

中ほどの which wouldn't be so badは仮定法を使っていて、意味は「もし彼女が壊すのが物ならたいして悪くないが」。

その後のセミコロンはカンマよりも大きな切れ目なので、not so much ... as (more)の構造に気付く目印だとも言えます。

定型から少し崩れた形ですが、正確な文法知識が定着していれば、そのことにも気付きやすいはずです。

内容も確認し、必要であれば言葉を補おう

4. Howard was born in 1917. It was just before the First War.

ハワードは1917年に生まれた。アメリカが第1次世界大戦に参戦するほんの少し前だ。

いったい何が問題なのかと思った人もかなりいるでしょう。

1文目は問題ありません。2文目は、普通に読めば「それは第1次世界大戦が始まるほんの少し前だった」です。しかし、多くの人がご存じのとおり、第1次世界大戦が始まったのは1914年です。小説の翻訳をしていると、原文に明らかな間違いがあることは珍しくなく、一つの長編に何カ所か見つかることもよくあります。

しかし、原文が誤りだと決めつける前に、もう少しよく考える必要があります。第1次大戦が始まったのは確かに1914年ですが、それはヨーロッパにおいての話で、アメリカが参戦したのは終盤に近い1917年4月でした。

この作品はアメリカ人作家がアメリカを舞台として書いたものなので、少なくとも登場人物の意識の中で「開戦」が1917年だったとしてもおかしくありません。だとしたら、この英文にはなんの誤りもないことになります。 これは原文に間違いがあったのではなく、訳出の際に少し注意してことばを補うべきケースだった のです。

文法力・語彙力を鍛えよう

誤訳・誤読を減らすには、主語・動詞を 明確にする 、カンマやセミコロンの役割に注意を払う、基本的な熟語表現に習熟する、常識を働かせるなど、ごく当たり前のことの積み重ねていくしかありません。

9月刊行予定の『 「英語が読める」の9割は誤読 翻訳家が教える、英文法と語彙の罠 』(ジャパンタイムズ出版)は、文法と語彙の両面から読解力を鍛えるための手がかりを提供できるのではないかと思います。

特集「『超』難問で英語の腕試し!オトナの夏休みドリル」をEJ9月号でチェック!

越前敏弥(えちぜん としや) 文芸翻訳家。1961年生まれ。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『おやすみの歌が消えて』『大統領失踪』『世界文学大図鑑』『解錠師』『Yの悲劇』など。著書 『翻訳百景』 『文芸翻訳教室』 『この英語、訳せない!』 『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』 など。
Twitter: @t_echizen

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