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小説の世界にリアリティを与える「ためらいのない言葉遣い」のススメ

クリエイティヴ・ライティング VOL.6

連載「クリエイティヴ・ライティング入門講座」では、立命館大学の吉田恭子さんが、英語で書く文芸創作エクササイズを出し、読者の皆さんに実際にクリエイティヴ・ライティングに挑戦していただきます。さらに、応募作品の一部を吉田さんが記事内で講評してくださいます。英語での表現力を広げるチャンスです!ぜひチャレンジしてみてください。

第5回の応募の中から作品を講評

この連載は、英文でのクリエイティヴ・ライティングのエクササイズに挑戦して、第二言語で創作する楽しみを体験してもらうのが目的です。読者の皆さんからの投稿から優秀作品を紹介しコメントします。

前回の課題は、現実の生活の中でよく見かけるけれど知らない人をきっかけに、そこから想像を膨らませて細部を加えていくことで、「知らない現実のあの人」から「空想上のよく知っているこの人」を創り出し、キャラクタースケッチを書いてみる、というものでした。人称や時制は自由、キャラクターには名前があってもなくても構わない、という比較的自由な条件でしたが、ポイントとなるのは焦点となる人物の存在感でした。

書き手に観察されるだけの対象、すなわち見る人の媒介によってはじめて存在が確認される人物であるかぎり、その人は「よく見かけるけれど知らないあの人」です。けれども、もちろんどんな人間だって私たちが観察しているか否かにかかわらず存在しています。それは単に物理的に目に見える形で存在するということではなく、その人に(観察者とは関係なく)歴史があり、未来への希望や不安があり、さまざまな人々とのつながりや葛藤といった、目に見えない広がりがあるということです。

小説の世界は書き手と読み手の協働作業によって共有される空想世界です。その世界の強度は、場所の独特の空気感や人物の個別の存在感に支えられています。ではいったいどうやったら空想の世界に強度が備わるのか?

この難しい問いに確たる答えはありません。文学的な創作には、たくさんのルールやノウハウがあるようでいて、けれどもそれが成功へのマニュアルになるわけでもないのです。あえて言うならば、作品の中のためらいがない言葉遣いこそが、その空想世界の存在を確信させるのでしょう。

さまざまな技巧や手法も、ためらいなく虚構の世界を描き出すために、書き手を後押ししてくれる味方としてこそ、使いこなす意義があるのです。英語創作のモットーとしてしばしば、「自分が知っていることを書きなさい」と言われるのも、知らないことを書いてはいけない、という規則なのではなく、自信を持って書くためのヒントに過ぎないのです。

今回は応募作品の中から町娘さんの作品を選びました。「知らないあの人」を「自分の小説世界の中でよく知っているこの人」へ変化させることに、一番ためらいがない作品だと感じたからです。

町娘さん

Time of Dolphinarium

Sena is rushing to her grandparent’s home with her swimming backpack swinging from left to right, which makes the new keychains of a metal dolphin and little starfishes jingling.

“Sena!” It is Sayo, her aunt, coming in hurry at a distance, and Sena spurts toward.

“You’re too late!” She blames her aunt in a cheerful tone.

“Sorry. I napped too long. Did you enjoy your lesson?”

“Yes! I've made new friends and our coach is funny and I did swim 10 meters with a kickboard!”

“Really? You will be able to swim with dolphins soon.” Sayo raises her thumb up, and Sena does the same with a big smile.

“The coach is chubby and we poked his tummy.”

“Oh no, you can’t be rude to your coach.” Sayo suddenly grew serious.

“But he enjoyed it. And he even drummed his tummy himself.”

“It doesn’t matter. Don’t do that.”

“Okay.” Sena mumbles. Then she looks up at her aunt for a moment to check if she is not angry, and she begins telling the next story of her first day of swimming school.

“I gripped the fence and got my feet touch the bottom of the next lane for grown-ups. It was so deep that I sank all the way. And I thought what about if there were sharks, rays and giant crabs. I was scared.”

“Haha. A dolphin pool is much deeper than the lane.”

“How deep?”

“Hm, I guess it’s about from the rooftop to the ground,” Sayo says, pointing at a two-story house nearby.

“Whoa.” In imagination, now Sena is sinking from the rooftop to the ground, underwater, blowing bubbles. That makes her feel weak at the knees.

“It will be alright when you grow up.” Sayo encourages her niece who is tilting her head with her mouth half-open.

セナがはじめての水泳教室から帰ってきたところを祖父母の家に住むおばさんのサヨが出迎えるという短い場面のスケッチです。祖父母の家に帰ってくるということは、夏休み中なのでしょうか。ビート板で10メートル泳げてうれしい、大人用プールにはまだ足が届かないといった細部から、小学校低学年の少女なのだと想像できます。

水泳教室でお友達ができたこと、先生が面白い人だったことを報告する様子からは、周囲の大人を信頼し、夏休みを満喫する子どもの喜びと充足感が伝わってきます。セナは周りの大人や視点人物に観察されることで幸せだとわかるのでなく、彼女自身の言動が効果的に描かれることで、生き生きとした存在感がダイレクトに伝わってきます。

そしてユーモラスな水泳教室の先生(お腹まわりがふくよかなので、現役競技者ではなさそうですね)や、先生をからかってはだめよ、と優しく諭すおばさん(母親でなくおばさん、という存在も面白いですね)といった周囲の人物との関係によってセナの性格や立場が明らかになり、キャラクターの輪郭が際立っていることも大切です。そこには物語の自律的世界も感じられます。

この作品にさらなる奥行きを与えているのが、背景としてのイルカの存在です。実物のイルカはこのスケッチには登場しません。けれども「イルカ水族館の時間」というタイトルから、セナのキーホルダーにきらめくイルカ、そしてイルカプールについてセナとサヨが話し合うくだりまで、この作品は一貫してイルカに触れています。どうやらセナはイルカと一緒に泳げるようになることが目標のようです。まだ浅いプールでビート板を使って10メートルしか泳げないので、今年の夏休みの旅行で実現する目標ではなさそうです。だとすると、セナの夢はイルカ調教師になることでしょうか?それとも研究者?セナの未来の夢を知っているサヨは、イルカプールは二階建ての家ぐらい深いのだと言って、夢を実現させるために乗り越えなければならない困難を示唆します。セナは深い深いプールを想像して一瞬怯(ひる)みますが、そんな彼女をサヨが励まします。

子どもらしい夢かもしれません。それでもこの瞬間、セナとサヨは未来の夢を共有しています。祖父母の家のある住宅街が、深くて真っ青なドルフィンプールに変わります。あまりに深くて今は飛び込むのをためらうようなプールには少女の未来に対する期待と不安が満ちていると同時に、夏休みという子どもにとっては冒険の時間の始まりを示唆してもいるようです。

町娘さんの作品は第3回の応募に続く二度目の掲載となります。毎回応募作を拝見するのが楽しみな本連載ですが、実は、応募作品についてはペンネームもわからないまま完全無記名で選考しています。掲載作と次点が決まった際にペンネームを知らせてもらっているので、二度目の掲載は素晴らしいことです。次点にも繰り返し選ばれている方々も含めて、これからもぜひ英語での自由な執筆を続けていってください。繰り返すことで言葉遣いに対する意識や、日本語の感性に変化が感じられるようになるはずです。

今回次点に選ばれたのは、Yu Yukitoさんです。次点に選ばれた方々には、吉田さんからの講評コメントをメールでお送りいたしますので、ぜひそちらもチェックしてみてください。

さて、ここまでは創作の課題と皆さんからの応募作を中心に連載を進めてきました。今までの課題を振り返ってみると・・・

・自分の最初の記憶を一人称の記述から三人称に書き換える

・絵を見て想像を膨らませ文章化する

・「それから」と文をつなげることで無理矢理でも話を前に進める

・英語の慣用句を刺激として言葉遊びから場面を想像する

・現実に見かけるよく知らない人を想像上の人物として肉付けして描く

次回からは少し趣向を変えて、英語創作の諸要素について、実際に英語小説からの実例を紹介していきます。

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吉田恭子

吉田恭子(よしだきょうこ)立命館大学教授。英語で小説を書く傍ら、英語小説を日本語に、日本の現代詩や戯曲を英語に翻訳している。著書に短編集『Disorientalism』(Vagabond Press、2014年)、翻訳にデイヴ・エガーズ『ザ・サークル』(早川書房、2014年)など。