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メルカリが実践する「やさしいコミュニケーション」が、言語の壁を超える

メルカリが実践する「やさしいコミュニケーション」が、言語の壁を壊す

さまざまな企業の英語教育や、英語への取り組みを紹介するインタビュー「あの会社の英語人」。 第2回に登場するのは、「やさしいコミュニケーション」などユニークな取り組みで社員同士のコミュニケーションをつなぐメルカリです。日本語教育の専門家として経歴を積み、現在はメルカリで日本語トレーナーそしてやさしい日本語トレーナーとして社員の言語学習をサポートするウィルソン雅代さんにお話を聞きました。

※本記事に掲載した写真はすべて2020年1月以前に撮影されたものです

独自のカリキュラムで、身に付けるべきスキルを磨く

私がメルカリにジョインした直後の2018年末頃、当社では日本語を母語としない社員が増え、英語学習に対するニーズが急増していました。すでに発足していたGlobal Operations Team(GOT)のメンバーが通訳・翻訳業務を担いコミュニケーションをサポートしていたものの、一人ひとりがより一層英語力を高め自立していく必要があったんです。そこで、言語の壁をなくし社員同士のギャップをつなぐために立ち上げられた言語教育専門チームが、私の所属するLanguage Education Team(LET)です。

当時も英語や日本語学習の機会は提供されていましたが、会社の成長スピードに追い付くような結果は得られませんでした。そこで言語教育を内製化して、社員のニーズに本当に合った独自のカリキュラムを開発していきました。まず最初に行ったのはテストの開発です。社員の英語力、日本語力がどの程度のものなのか知ることができたので、この結果を踏まえレッスンのカリキュラムを作っていったのです。英語に関していえば、すでに十分な英語力がある人もいましたが、当時はベーシックレベルの英語学習者が圧倒的でしたね。

メルカリ社内の様子

難しい文法を学んでも、社員同士の会話が進まない

独自のカリキュラムを作るに当たり「当社で求められている言語スキルは何か」と考えたとき、いちばん必要とされたのはやはり口頭コミュニケーション力でした。言語教育を外部委託していた際も、社員は皆学習にそれなりの時間をかけてインプットを行っていました。しかし、いくらレッスンで難しい文法を学んでも、いざ自席に戻ったときに隣の席の社員との会話が進まない・・・そんな課題があったんです。身に付けるべき口頭運用力をきちんと測れるよう、テストは言語知識を問うものではなくスピーキング力を試す形式を取っています。

所属するチームの状況やポジションによって社員の受講プログラムは異なりますが、英語学習者の一部はコーチングプログラムを受けています。疑問点などをコーチに質問することももちろんできますが、本人のやる気を引き出すメソッドによって、基本的には自主的に計画を立てて学習してもらう仕組みです。数カ月に一度のスピーキングテストでも具体的なフィードバックが得られるので、定期的に自分の進捗(しんちょく)がわかり、次の目標設定や課題に取り組みやすいと言えます。

メルカリ社内の様子

社員全員がこのプログラムを受けているわけではないので、ほかにもさまざまな手法で実践的な英語を使う機会を提供しています。例えばエグゼクティブを招いてのタウンホールイベントを英語で開催することが増えてきました。こういったイベントで私たちは、「やさしい日本語」「やさしい英語」を使うことを推奨しています。

「やさしい日本語」「やさしい英語」という発想

皆さんもよくご存じのとおり、言語学習において「今日学習したから明日ペラペラになる」ということは絶対にありません。年単位の長期スパンで身に付けるものですよね。プログラムを提供しただけではすぐに成果が出ないことはわかっていたので、より効率的にコミュニケーションを進めるための「母語話者への教育」が必須でした。そこから生まれたのが、「やさしい日本語」「やさしい英語」を使った「やさしいコミュニケーション」というトレーニングです。

実はこの構想は、私が当社に入る前から考えていたものでした。例えば、日本語を母語としない社員がチームに加わった場合、「明日からミーティングでは英語を使おう」ということになりがちですよね。それ自体は良い取り組みなのですが、「英語を話すこと」が目的化されて肝心な意見を言えなくなることは避けたかった。トレーニングの場でいつも言っているのは、「英語を目的化しない、日本語を目的化しない」ということです。大切なのは、自分の意見を発信して、相手に理解してもらうこと。英語、日本語はその手段であって、言語にこだわる必要はないんです。

「やさしいコミュニケーション」は言語形式ではなく考え方

外国籍の社員は、日本語がほとんど話せない状態で入社することが多いです。「やさしいコミュニケーション」のトレーニングでは、「やさしい日本語」の作り方として「短くはっきり最後まで発言する」「あいまいな表現や二重否定は使わない」「尊敬語と謙譲語は使わずに丁寧語で話す」といったルールを共有しています。日本語はどの視点から話しているのか非常にわかりにくい言語なので、「誰が何をするか、シンプルな構成で話してください」とも伝えています。それから、「オノマトペは使わない」こと。これは日本語学習者が必ず共感してくれますね。一方の「やさしい英語」も同様に「スラングやイディオムを使わない」といったルールを設けています。

ここまでルールについてお話ししましたが、「やさしいコミュニケーション」のトレーニングは言語形式を学ぶ場ではありません。あくまでチームとしてどんなコミュニケーションのベストプラクティスを共有し、それを使っていくかを重視しています。マインドセットの部分で強調しているのは、「相手が理解していないと思ったら、積極的に自分の言葉を変えてください」ということ。受け取る側も、「あなたの言いたいことはこれですか?」と、相手の言葉に傾聴することを意識付けています。それから、相手の言語レベルをジャッジしないということです。トレーニング受講者から必ずもらうフィードバックに、「言語は関係ないね」という言葉があります。コミュニケーションに必要な考え方について、一定の気付きを得てくれているようです。

初めて「やさしい日本語」セミナーを開設したときは、軽いワークショップなどを行ったんです。すると、コミュニケーションへの課題を抱えていた社員からすぐにポジティブな反応が得られました。「こう伝えればよかったのか」と、新しい方法を手に入れた実感が持てたようです。その反応を見て、私自身も確信を持てました。当時は日本語を母語とする社員の英語教育も急がれる状況だったため、「やさしい日本語」「やさしい英語」の2つを合わせて、2019年7月頃から「やさしいコミュニケーション」として社内に提供しています。

メルカリ社内の様子

言語やコミュニケーションにおけるバイアスを取り除く

当社で行っているもう一つのトレーニングに「コミュニケーションチームビルディング」というものがあります。これは、さまざまな活動を通して相手のコミュニケーションスタイルを知り、自分自身のコミュニケーションスタイルも開示するという取り組みです。トレーニングの目的は、「相手のコミュニケーションスタイルに合わせて、自分のスタイルを調整できるようにする」ということにあるのですが、これは異文化理解にもつながるんです。

異文化理解というと「日本人との働き方」とか「外国人との働き方」といったアプローチになりがちですが、それではかえってステレオタイプな考えを助長してしまう恐れがあります。私たちは本来、バックグラウンドとは関係なく個人としてのさまざまなスタイルを持っているはず。国籍や使用言語でラベリングせず、一人一人の快適なコミュニケーションスタイルをお互いに知ることができるトレーニングなので、私自身も受講してよかったなと思いました。

ほかにも当社では、マネージャー以上の社員に「無意識バイアスワークショップ」への参加を必須としています。「女性は管理職になりたがらないのではないか」「外国人だから自己主張が強いのでは」など、誰しも特定の属性がある人に対して無自覚のうちにバイアスを持ってしまいがちです。このワークショップではケーススタディを基に、どんなところにバイアスがかかってしまうのか考えて議論していきます。あくまでも個人の姿を見て評価や対応を決めていく。多様性のある社員が集まるメルカリならではの研修だと思います。

言語教育の文脈においてもバイアスは至るところに潜んでいるので、教育プログラムを提供する立場として、できるだけ意識的に言語化するようにしています。例えば日本語教育において、アジア圏の人々に対する日本語学習の評価はとても厳しくなる傾向があるんです。日本語話者の私たちにまず必要なのは、そもそも「日本語自体が多様化してきている」と知ること。世界中にはいろいろな個性のある英語を話す人がいて、私たち日本人が話す英語もその中の一つですよね。ネイティブのように話せなくても、相手に伝われば大丈夫。そんなマインドセットは「やさしいコミュニケーション」の中でも伝えています。

株式会社メルカリ

メルカリ

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ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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