『黒執事』を翻訳!ダジャレ・なまり交じりのせりふを英訳するワザって?

連載「マンガ翻訳の世界」では、翻訳学校フェロー・アカデミーで「マンガ英訳」の講座を担当されている翻訳家の木村智子さんが、日本のマンガを英訳する難しさと奥深さを紹介します。今回は、マンガ『黒執事』のせりふをどう訳すか、実例を基に解説します。

あのせりふはどう訳す?

枢(とぼそ)やなさん作の『黒執事』は、今年でマンガ雑誌月刊『Gファンタジー』(スクウェア・エニックス刊)での連載14周年、英語版コミックの発行10周年を迎えました。

今回はこの『黒執事』を基に、せりふの翻訳について解説していきます。

Black Butler Vol. 1 (English Edition)

二つの意味が込められた日本語を訳す

下記のコマの「(私は)悪魔で執事ですから」は、執事のセバスチャンが悪魔の力を使って、主人であるシエル・ファントムハイヴ伯爵を救出したときに口にするせりふです。

このせりふは「悪魔で」と「あくまで(飽くまで)」の意味を掛けていて、「悪魔で執事」は“I am a devil and a butler.”、「あくまで執事」は“I am merely a butler.”と訳せますが、両方の意味を組み合わせて“I am a devil of a butler.”と訳しました。

a devil of a~は「すごい」という意味で、 「悪魔」であるセバスチャンと「凄腕執事」のセバスチャンの両方を指す表現 になっています。

(C)Yana Toboso/SQUARE ENIX

あえて硬い英語表現を使うことも

『黒執事』の舞台はヴィクトリア女王在位中の19世紀末イギリスであるため、せりふは現代英語よりも硬い表現を使って訳しています。

下記のコマは、シエルが婚約者エリザベス一家の家族旅行に誘われて、一度断るシーンです。

「僕はそんなに休めない」というせりふは、例えば現代英語だと“I can’t take that many days off from work .”と訳せますが、このせりふは、より硬い表現を用いて“I can’t absent myself for such a length of time.”と訳しました。

I can’t absent myselfは「留守にできない」という意味で、 for such a length of timeは for such a long timeより硬い表現です。

下記のコマは、シエルが手づかみで料理を食べ散らかした後、セバスチャンが「お行儀が悪いですよ 坊ちゃん」と注意するシーンです。

親友同士の会話であれば、例えば現代英語だと“Your table manners suck!”と訳せますが、執事は自分の主人に対して、このようなくだけた口調で話すことは許されません。

このせりふは「ひど過ぎる」という意味のtravestyを使って“Your table manners are a travesty, young master.”と訳しました。

シエルはまだ子どもなので、使用人たちはシエルのことをmasterではなく、young masterと呼んでいます。

なまりのあるキャラクターのセリフは?

中国人メイドのメイリンは、せりふの終わりに「ですだ」「ですだよ」を付けて話します。

例えばアニメだと声優に中国なまりの英語で演技してもらえますが、マンガとなると英語の文字だけで彼女の口癖を表現する必要があります。

編集者と話し合って、メイリンが「なまり交じりの英語」を話していることを読者に伝えるために、彼女の口癖は、せりふの終わりで「せりふの一部分を繰り返す」ことを決めました。

下記のコマの「すごく良く見えますだ!」は“I can see very well , I can!”とI canを繰り返して訳しました。

ダジャレ交じりのせりふを訳す

下記のコマで、豪華客船に乗っている死神グレルが「これぞまさにDIE航海DEATH★」と叫んでいるせりふは、“Oooh yes! This truly is a luxury cruise to die for !”と訳しました。

このせりふはdieあるいはdeathを使った言い回しを使いたかったので、「素晴らしい」という意味の to die for を使って訳しました。

擬音の英訳

Yen Press社の英語版コミックスでは、日本語擬音の読み方とその英が、原作の日本語擬音の近くにレイアウトされています。

下記のコマは、ある雨の夜、使用人のタナカがドアをノックするシーンです。

雨音は、出版社独自の訳し方であるshaaa、ノック音は擬音の意味をそのままknockとして訳しました。

英国の歴史の注釈

『黒執事』の英語版コミックはアメリカで出版されていることもあり、イギリス史についての注釈を入れる場合があります。

25巻では、当時イギリスで発行されていた週刊新聞“The Penny Illustrated Paper and Illustrated Times”の補足説明を巻末に追加しました。

質だけでなく、速さも求められる

ここ数年、日本での雑誌発売日に最新話の英語版を電子書籍で 同時に 販売する、「サイマル配信」作品が増えています。『黒執事』も2015年からサイマル配信されています。

最新話の原稿ファイルは、Yen Press社から雑誌発売日の数日前に届きます。英訳は現地時間の翌日午前中に納品する必要があるので、 作業 時間は実質半日しかありません。

翻訳家は読みやすさ・わかりやすさという「質」を大事にする一方で、「時間」とも戦わねばなりません。

回は、私の担当作品である『黒執事』を基に、せりふの翻訳について解説しました。

次回は、ほかのマンガ翻訳家の方が翻訳された作品を基に、さらにせりふの翻訳について解説していきたいと思います。

木村智子(きむら ともこ) 2004年に『Full Moon o Sagashite(満月をさがして)』(VIZ Media)で翻訳家デビュー。フリーのマンガ翻訳家(日→英)として16年のキャリアを持ち、これまでに出版された英訳書は250冊を超える。2016年より翻訳学校フェロー・アカデミーで「マンガ英訳」の講座を担当。
Official Website: https://tkimura.net/

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