今だから笑える?レジェンド通訳たちの大誤訳【通訳の現場から】

通訳の現場から



イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

ミスってもレジェンド

つい先日*1、私が理事を務める日本会議通訳者協会(JACI)主催の第5回日本通訳フォーラムが都内で開催されました。その場で、通訳業界に多大な貢献をしたとして、JACI 特別功労賞が小松達也氏に贈られました。

小松氏は日本における会議通訳者の草分け的な存在で、第一線で40年以上にわたり活躍し、教育者としても後進の育成に長年尽力したレジェンド級の通訳者です。当日は小松氏本人が来場し、受賞スピーチで過去の大誤訳について語ってくださいました。

太平洋には何がたくさん?

70年代のこと。カナダで開催された北太平洋漁業会議で、小松氏は通訳者として日本代表団に帯同しました。北太平洋漁業会議とは、1953年発効の北太平洋漁業条約に基づいて設置された日本・アメリカ・カナダの3カ国から構成される国際機関による会議です。1993年に解散しましたが、当時は漁業資源の持続的生産性を確保するために規制の調整などを実施していました。

同会議でカナダのスピーカーが「太平洋にはhakeが豊富だ」という発言をしました。専門家でない限りわからないのが普通だと思いますが、hakeとはタラの一種で、タンパク質が豊富な魚です。

カナダのスピーカーは、「太平洋はタラが豊富だから、日米加の3カ国で協力して漁獲し、東南アジアの貧しい国々に提供しよう」という趣旨の発言をしたのでした。しかし、小松氏はhakeが何か知らなかったので、hate(hatred)、つまり「憎しみ」と解釈してしまいます。

知らないというのは恐ろしいもので、hateと認識してしまったが最後、通訳者の勝手な文脈理解はもう止まりません(私自身も、何度も経験があります)。小松氏は「太平洋戦争が終わってかなりの年月がたちますが、太平洋にはまだ憎しみが満ちています。協力してその憎しみをなくそうではありませんか」という訳を出します。

言うまでもなく完全な誤訳なのですが、これがウケた。通訳を聞いた日本人は感動して拍手喝采。会議終了後にはスピーカーに「素晴らしいスピーチでした」と伝えたそうです。あまりにも大好評だったので、小松氏は今さら言いにくいと感じたのか、訂正しなかったそうです(笑)。

ミスをミスにしないレジェンドの技

また、チベットのダライ・ラマが来日したある年、両国国技館でスピーチをしたのですが、この通訳も小松氏が担当しました。両国国技館は収容人数1万人超の大規模施設。そこに数千人を入れて講演会を開催したのですが、主催者は小松氏がダライ・ラマの隣に座るのはあまりにも失礼だと判断し、小松氏をダライ・ラマの後方、それも少し離れた席に追いやってしまいました。

両国国技館は天井が高く、とにかく広いのでただでさえ声が聞こえにくく、言葉を正確に捉えるのが難しい。スピーカーの後方からではまったくと言っていいほど聞こえません。そこで小松氏は事前に勉強した知識をフル活用して、聞こえないなりに文脈から「予想」して「適当に」訳したそうです(本人が語ったとおりの言葉です)。それでも観客を納得させるのだから、レジェンドはすごい!

私が尊敬しているレジェンド通訳者である相馬雪香氏も、大舞台で派手な大誤訳をしたと、娘の原不二子氏が『通訳という仕事』(ジャパンタイムズ)でつづっています。

アジア国会議員連合の会合に参加していた相馬氏は、タイの議員が“We Thaislike omen.”と言ったのを“We Thais like women.”と通訳しました。「タイ人は、縁起を担ぎます」というようなことだったのでしょうが「タイ人は女が好きです」と訳してしまったのです。しかし、これまたレジェンドが成せる技なのか、とがめられることはなく、状況を理解した参加者が爆笑して場が和んだのだとか。

真逆の訳ミスにご注意

私がレジェンド級なのは昼寝とサボりだけですが、通訳でもとんでもない誤訳、本来の意味の真逆の訳出をしたことがあります。日本の某教育機関に帯同して、海外にあるシーク教の寺院を訪れたのですが、そこでシーク教徒のガイドが“Weapons aren’t allowed in here.”(施設内への武器持ち込みは禁止されています)と発言しました・・・少なくともその瞬間、私にはそう聞こえました。

機械的に反応して、聞こえたとおりに訳したのですが、少したってから違和感を覚えました。ちょっと待て。事前勉強によると、シーク教徒は武器、具体的には短刀の携帯が許されているはずだ。というか、すぐそこに座って瞑めい想そうしているシーク教徒のおじさん、腰に短刀を着けているではないか!

これはアカン!誤訳や!と、気付いた瞬間に体中から一気に汗が噴き出したような感じがしましたが、落ち着いたふりで「訂正します。基本的には武器の持ち込みは禁止されていますが、シーク教徒の短刀は例外です」と説明しました。

翻訳でも、色々な意味で苦い体験をした真逆訳エピソードがあります。昔、まだ沖縄に住んでいた頃、私がポテンシャルを見込んでいた努力家の翻訳者兼通訳者のAさんに、あるクライアントから依頼があった外国の独身証明書の和訳を外注しました。

独身証明書とは、法律上、婚姻することができることを証明する書類です。通常であれば私自身が訳すのですが、小さな仕事なので、Aさんのさらなる成長のために経験を積んでもらおうと考えてお願いしました。

その後、大型の翻訳案件と複数の通訳案件を受けてスケジュールがいっぱいになった私は、連日遅くまで仕事を続けていました。そのため、Aさんから上がってきた訳文をまともにチェックせずに納品してしまいました。Aさんを信頼していた、と言えばかっこいいのですが、どちらかというとそれどころではなかったというか、大型案件に集中していて、小さな案件をなめていたのです。

数日後、県内の市役所にいるクライアントから電話がかかってきました。「どういうことなんですか!市役所が訳文を認めてくれないので結婚できません!」と、かなり焦った様子。

すぐに市役所に駆け付けて訳文を確認すると、原文のunmarried、つまり「未婚」と訳すべき部分が、なんと「既婚」となっている!頭の中が真っ白になりました。広辞苑で「顔面蒼そう白はく」を引いたら、たぶん私の写真があったはずです。提出文書に「既婚者」とある以上、市役所も婚姻を認めるわけにいかないのは当然です。すぐに修正訳を用意して、料金も返金し、死ぬほど謝ったのは言うまでもありません。

小さな案件でもなめたらダメ、きちんと責任を持って最後まで見通すべし。そしてポテンシャル採用には要注意。今日まで続く大きな教訓となりました。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

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  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

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文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年11月号に掲載された記事を再編集したもので す。

*1:編集部注、2019年8月24日