“To the glory that was Greece, And the grandeur that was Rome.”【英米文学この一句】

翻訳家の柴田元幸さんが、英米現代・古典に登場する印象的な「一句」をピックアップ。その真意や背景、日本語訳、関連作品などに思いを巡らせます。シンプルな一言から広がる文学の世界をお楽しみください。

To the glory that was Greece, And the grandeur that was Rome.

?Edgar Allan Poe, “ To Helen” (1831)

エドガー・アラン・ポー(1809-49)ほど毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人も珍しい。ボードレール、マラルメ、ヴァレリーといったフランス文学の最重要人物たちに崇(あが)められ、日本でも芥川龍之介や萩原朔太郎に 影響 を与えた(江戸川乱歩などはペンネームまでその名を借用した)一方、恨みを抱いたライバル作家が捏造(ねつぞう)だらけの「伝記」を出版して「アル中でヤク中の人非人」イメージをばらまいたし、ヘンリー・ジェームズは“An enthusiasm for Poe is the mark of a decidedly primitive stage of reflection ”(ポーに熱狂するのは、思考力がはっきり原始的段階にあるしるしである)と切り捨てた。あるいはまた、詩人ジェームズ・ローウェルにはこんな一節がある―
There comes Poe, with his Raven, like Barnaby Rudge, Three fifths of him genius and two fifths sheer fudge.

(ポーがやって来る、大鴉(おおがらす)を連れて、バーナビー・ラッジみたいに、5 分の3 は天才、5 分の2 はまるっきりのたわごと。)

?James Russell Lowell, “A Fable for Critics” (1848)

“Three fifths of him genius” なんだから60 パーセント褒めてるじゃん、というわけにはいかない。Rudge とfudge の愉快な韻のせいで、印象に残るのは圧倒的に40 パーセントの方である。ディケンズの小説の登場人物バーナビー・ラッジがここで出てくるのは、彼が一羽のカラスを友としていて、ポーにも「大鴉」(“The Raven”)という有名な詩があるからだが、もしfudge と韻を踏まなければ、ここでの登場はありえなかっただろう。

―と、悪口の方の紹介につい気合いを入れてしまったが、6割天才4 割たわごと、というローウェルの評価はたしかに言い得て妙の観がある。ポーの書くもの、特に小説以上に詩は、おーカッコええなあと思わせるものの、一瞬あとから「ん? でもこれって中身あるのか?」と思ってしまうところが多々ある。そして、まさにそこにポー独自の魅力がある。崇高なのか空虚なのか、真面目なのかふざけているのか、怖がるべきなのか笑うべきなのか、どうにも決めがたい。その決めがたさこそが、ポーにしかない魅惑なのだ。

ここで紹介する「ギリシャなりし栄華へ/ローマなりし壮麗へ」はその典型の一節と言えるだろう。ヘレンという美しい女性をたたえる詩の一節で、

Thy hyacinth hair, thy classic face, Thy Naiad airs have brought me home”

(きみのヒヤシンスの髪、典雅な顔、/ナイアスの歌がぼくを帰らせてくれた)

?Edgar Allan Poe, “ To Helen” (1831)

という二行のあとにここへ続く。ナイアスはギリシャ神話に出 てくる水の精のことで、まあそれはいいのだが、ヒヤシンスの髪って?どう美しいんだ、この人?

『アイスクリームの皇帝』(河出書房新社)という詩の対訳絵本で、きたむらさとしさんがこの詩の拙訳に絵をつけてくれているのだが、どんな顔だかわからない、ということで総勢21 人のヘレンが描いてある!これほど正しい「翻訳」もない。

柴田元幸さんの本 

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-
文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年4月号に掲載された記事を再編集したものです。

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