太宰治と夏目漱石の英作文を比較する。太宰没後70年記念[英語音声付き]

翻訳家ジュリエット・カーペンターさん(右)と朗読家の青谷優子さん

今年2018年は『人間失格』や『斜陽』などで知られる作家・太宰治の没後70年に当たります。 前回の記事 から 引き続き 、日本文学研究者で、阿部公房や司馬遼太郎作品の翻訳でも知られるジュリエット・カーペンターさんと、無類の読書好きである英語朗読家・青谷優子さんが太宰の魅力について語った対談をご紹介します。

青谷優子朗読家、フリーアナウンサー、英語コミュニケーション講師。23年間務めたNHKでは海外向け英語ニュース番組Newslineのメインアンカーや、朗読番組Listening Libraryの演出・制作・出演を担当。現在は朗読のリサイタルや、朗読メソッドを用いたセミナーを全国で 展開 中。

ジュリエット・W・カーペンター
高校から日本語学習を始め、1973年にミシガン大学修士課程を修了後、エドワード・サイデンステッカーに師事。1986年より同志社女子大学教員。1980年、阿部公房『密会』の英訳で日米友好基金文学翻訳賞受賞。司馬遼太郎、俵万智、渡辺淳一、三浦しをんなど、多くの作家の小説の英訳を手掛けている。

漱石と太宰 「英作文の答案」比較

文豪・夏目漱石は、実は英語の教師でした。『英語教師・夏目漱石』(新潮選書)を読むと、彼の教師としての足跡をたどることができます。

正確で完璧、漱石の満点答案

漱石が書く英語について、青谷さんが興味深いエピソードを紹介してくれます。

※ 再生ボタンを押すと音声が流れます。

Aotani I want to introduce something. Um, Natsume Soseki, as you know, was a very good English teacher to begin with . Dazai wasn’t. And back in Meiji Era, people had a(n) English language classroom, where, class, where they gave you titles, and they had to write little compositions about ...

Carpenter OK.

Aotani ... for example , fans. And Kinnosuke-san, which is Soseki, when I think he was 19 or 18, he wrote, uh, ...

Fans are used to create an artificial current of air on a hot summer day. They are made of thin and slender ribs of bamboo, upper half of them being covered with paper. There are two kinds of fans. One is called the shut, and the other the open fan. The former is always carried abroad, for it is opened and folded up with equal facility .

It goes on like that ? very, very correct . Very, very precise . But it’s not that interesting.

青谷:ご紹介したいものがあるんです。夏目漱石はご存じの通り、 そもそも とても優秀な英語教師でした。太宰は違います。で、明治時代にも英語の授業で、題材を与えられ、短い英作文をさせられるというものがあったんですね…

カーペンター:なるほど。

青谷:…えば「扇」のようなお題で。それで、金之助さん、漱石は確か19歳か18歳ですが、こう書いたんです。

「扇は暑い夏の日に人口の空気の流れを作るために用いられる。それらは薄く細い肋骨(ろっこつ)状の竹でできており、上半分は紙でおおわれている。扇は2種類ある。1つは閉じる扇(扇子)、1つは開いた扇(うちわ)だ。前者は常に外に持ち運ばれれる。なぜなら、開くのも閉じるのも同じくらい容易であるからだ」

こんな感じで続くんです――非常に正しい。非常に正確です。でも、それほど面白くはありませんね。

英語でも変わらぬ太宰の語り口

一方、太宰の英語はどうかというと…

Aotani Dazai was given a title “Kimono,” and what he wrote was:

Do you know why Japanese costume has two big ‘sode’? Perhaps you do not know. This sode has an interesting story. I will tell it to you. Long, long years ago, there was a very, very fair woman. She was so tender and fair that many men of that day wrote to her many love letters. If she took a walk, men flung their letters into her pocket. And at last, she had no space to receive them on her person. And then , that very clever woman made sode in her costume. Is this story not interesting, sir? All Japanese wish to have love letters flung to them.

Isn’t this very charming ?

Carpenter Ha-ha. That’s fantastic .

Aotani So , Dazai, even in his school days, he was a storyteller .

Carpenter Right .

Aotani And Natsume Soseki, when he started, he was an English teacher. And that’s, I think, one of the reasons I really like Dazai.
... How do you look at Dazai’s Japanese compared to others, say Soseki or Kawabata?

Carpenter Oh, that’s a difficult question. Um, I can’t compare it to others right offhand, but I find it very, uh, easy to get into . I think that people would enjoy, uh, reading them in both Japanese and English.

青谷:太宰は「着物」というお題を与えられて、こんなものを書きました。

「なぜ日本の衣服には2つの大きな『袖』があるか、ご存じですか? ご存じではありますまい。この袖には面白い歴史があるんです。教えてあげましょう。昔、昔のこと、一人の美しい女性がおりました。彼女はとても若く美しかったものですから、その時代の多くの男性が、彼女に宛てて、多くの恋文を書きました。彼女が歩くと、男性たちは彼女のポケットにその手紙を投げ入れるのです。そしてついには身一つでは手紙を受け取り切れなくなったのです。そこで、頭の良いその女性は、衣服に袖を作りつけたのです。どうです、面白いお話ではないですか? 日本人は皆、自分に恋文を投げてほしいと思っているのです」

…とても魅力的でしょう?

カーペンター:あはは。とてもすてきね。

青谷:要するに太宰は、学生のころからすでにストーリーテラーだったんです。

カーペンター:その通りですね。

青谷:その点、夏目漱石は出発点が英語教師でしたからね。それ(ストーリーテラーであること)が、私が太宰が好きな理由の一つですね。

…太宰の日本語を、他の作家、例えば漱石や川端(康成)と比べてどうご覧になりますか。

カーペンター:あら、それは難しい質問ね。うーん、他の作家とぱっと比較することはできないけれど、とても入りやすいと思います。太宰の作品は、日本語で読んでも英語で読んでも楽しめると思います。

朗報! 

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朗読家 青谷優子 オフィシャルサイト | Yuko Aotani Official Website

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構成・文:アルク 出版編集部

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