日本文学の英訳を朗読することの意味とは?青谷優子の私はこれで英語がうまくなった!

本当に英語を上達させたいなら、これからは「朗読」。バイリンガルアナウンサーで英語朗読家の青谷優子さんに、今回は日本文学を英語で朗読することについてお話しいただきます。

日本の怪談をテーマにリポートを制作

英語アナウンサーになって3年たったころ、イギリスのBBCで研修を受ける機会に恵まれました。

アナウンス、テレビスタジオ研修などさまざまな訓練を受けるなか、ラジオ研修では「小泉八雲と日本の怪談」と題したリポートを制作しました。八雲の半生を紹介し、専門家へのインタビューをはさんで「Mujina *1 」の怪談朗読で終わるという構成でした。

まだ自信がなかったので、朗読は指導官にお願いしました。舞台俳優もされている方だったので、技術的に優れた迫力のあるMujina朗読となったのですが、私の中では何かもやもやしたものが残りました。

朗読には「理解」が必要と感じた瞬間

「Mujina」はいわゆる「のっぺらぼう」のおです。

ある晩、紀伊国坂 *2 を歩いていた男は、泣いている「お女中」を見かけて声をかけます。振り向いた女の顔には目も、鼻も、口もない!驚いた男は走って逃げ、そば屋の屋台の男に助けを求めます。「どうしましたか」と振り向いたそば屋もまたのっぺらぼう!

このような内容なのですが、指導官の朗読からは日本の怪談特有のヒュードロドロといった音は脳内に流れてきませんでした。頭に浮かんできたのは、むしろ暗い森の中を殺人鬼に追いかけられるホラー映画のワンシーンだったのです!

もやもやの 原因 は、日本の妖怪文化を感じさせない朗読への違和感だと気づきました。説得力を生む読みには「 Comprehension (理解)」 が必須なのだと再確認した瞬間でした。

ラジオ朗読番組の誕生

朗読が盛んな英国では、毎日何本も朗読番組が放送されており、研修中熱心なリスナーとなっていた私も、いつしか「朗読番組を作りたい、読んでみたい」と思うようになっていました。

まず、悩んだのが作品選びです。日本人である自分が世界に英語で紹介できるのは「日本文学しかない」という結論に至りました。日本文学を説得力のある朗読で世界に伝えてみたい、という思いから数年後、ようやくラジオ朗読番組「Listening Library」が誕生します。

制作と朗読を担当したこの番組は、国際放送とラジオ第二放送で3年間続き、夏目漱石、宮沢賢治、森鴎外をはじめとした多くの文豪の短編を、英語朗読で世界に紹介しました。

日本文化の再考にも役立つ英語朗読

興味深かったのは、内のリスナーからの反響が思いの外多かったことです。

「知っている話を英語で聞くと新鮮で面白い」というコメントのほかに、「英語で聞くと日本語の小説がわかりやすくなった」という感想があり、はっとしました。

確かに、樋口一葉など文語体で読みづらい作品は英の方がわかりやすく、その後、原作に戻って再読すると、難解だと感じていた文体が以前より読みやすくなるのです。

また、「英語で聞いてみて面白かったので原作を読んでみます」という意見もあり、英語朗読は日本文化の再考にも役立つのだと、うれしく思いました。

英語朗読がライフワークとなるまで

英語朗読には良質な翻訳が必要です。その中から自分のイメージに最も近い翻訳、つまり「納得のいく」英語になっているものを選びます。

英訳がない場合は新訳を発注します。出来上がった英訳は声に出して読み、原作と同じ映像が見え、同じ感情が湧き出るかなどをポイントに確認していきます。

たとえば、芥川龍之介の「蜜柑」を訳してもらった際は、当時の横須賀線の2等車の車内の写真を調べて、登場人物の列車内の座り位置を確認しました。

また、夏目漱石の「夢十夜・第三夜」では、おぶっていた6歳の息子が突然石の地蔵のように重くなるラストシーンを訳す際、「地蔵」の訳 a stone statue of Jizo にあえて the guardian of children(子どもの守り神)という説明を加えました。お地蔵さまを知らない海外のリスナーには、この英語の説明を足さないと不気味さが伝わってこないからです。実際声に出してみると、怖さが増して原作により近づけたと感じました。

こうして朗読を続けていくうちに、日本文学の素晴らしさ、それを表現する日本語、英語の奥の深さに魅了され、今では日本文学の英語朗読がライフワークとなっています。

青谷優子の英語読書 Vol. 4

A True Novel by Minae Mizumura, translated by Juliet Winters Carpenter

私の英語朗読を長年支えてくださっているのが、名翻訳家 Juliet Winters Carpenter(ジュリエット・ウィンターズ・カーペンター)さんです。彼女の英訳は正確でわかりやすいうえ、自然な表現が特徴なので、ときどき何語で読んでいるかわからなくなるほど内容が映像としてすっと心に伝わってきます。

『The True Novel 』も水村美苗さんの『本格小説』をカーペンターさんが訳したものですが、「翻訳」を読んでいるという感覚は一切ありませんでした。

この大作は、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』をモデルとしており、階級社会の残る昭和の軽井沢が主な舞台となっています。

東太郎(あずまたろう)という謎めいた男の一生と、彼を取り巻くさまざまな立場の女性たちの運命が、時に静かに時に激しく描かれています。読書をしながら、怒涛(どとう)の 展開 に大河ドラマを観ているような錯覚を覚えました。

カーペンターさんは、著者の水村美苗さんと表現などについて細かい確認を何度も重ねて、この名訳を生み出したそうです。原作の面白さ、英語の美しさに魅了された一冊です。

A True Novel
  • 作者: Minae Mizumura(著者)、Juliet Winters Carpenter(翻訳)
  • 出版社: Other Press
  • 発売日: 2013/11/12
  • メディア: ペーパーバック、ボックス版
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  • 著者: 青谷優子
  • 出版社: アルク
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  • メディア: 単行本

文:青谷優子(あおたに ゆうこ)

幼少期をロンドンで過ごす。上智大学を卒業後、NHKに入局。リポーターやキャスターを担当した後、NHK国際放送局(NHKワールド)のニュース番組『NHK NEWSLINE』のメインアンカーとして活躍。並行して英語文芸の朗読番組『Listening Library』の演出・制作・出演を務め、日本文学を海外に紹介した。2015年2月に独立。朗読家、バイリンガルアナウンサー、英語コミュニケーション講師として活躍中。

写真:山本高裕
*1 :むじな(貉)。1904年に出版された小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の怪奇文学作品集『怪談』に収録された一遍。

*2 :今の東京都港区、赤坂見附付近にある坂道。

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