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日本語アニメに魅了され「オタク文化」スペシャリストに!秋葉原で受けた衝撃とは

アニメ・マンガで英語学習

日本のアニメに魅せられ来日し、今は文化人類学者、「オタク文化」のスペシャリストとして大学で国際コミュニケーションを教えるパトリック・W・ガルブレイスさんへのインタビュー。この記事では、『ENGLISH JOURNAL』8月号に収録しきれなかったこぼれ話を特別に公開します!

インタビュー本編はこちら!

兄の姿に憧れて

アメリカ、アラスカ州生まれのガルブレイスさん。現在は専修大学国際コミュニケーション学部で教鞭(きょうべん)をとるほか、日本のマンガ、アニメ業界で活躍する20人の著名人に「萌え」にまつわるインタビューを行って『The Moe Manifesto: An Insider's Look at the Worlds of Manga, Anime, and Gaming』を刊行するなど、「オタク文化」のスペシャリストとして活躍されています。

そんなガルブレイスさんと日本のアニメとの出会いは、1980年代にさかのぼります。ガルブレイスさんによると、1980年代、アラスカ州では日本のビジネスやビジネスシーンで使う日本語が多くの人に学ばれていたそうです。

5人兄弟の4番目に生まれたガルブレイスさんに直接大きな影響を与えたのは、いちばん上のお兄さんでした。お兄さんは、通っていた高校で行われていた環太平洋研究(Pacific Rim studies、アジアの新興勢力、特に日本について学ぶ学問)に魅了され、日本語を学び始めました。

当時、日本からヨーロッパへ旅行するには、アラスカ州南部のアンカレッジという街を経由しなければならなかったため、当地には日本の雑誌やビデオテープなどの中古市場が存在していました。お兄さんは、こうしたお店に出掛けては、英語に翻訳されていない雑誌やビデオテープを入手し日本語を学んでいたそうです。当時小学生だったガルブレイスさんの目には、そんな高校生のお兄さんがとても格好よく見えたと言います。

彼は、私が学校から帰ってくると、聞いた日本語を繰り返したり、ビデオテープを見たりしていたんです。私は彼が何を言っているのかわかりませんでした。彼は私よりずっと年上で、クールなお兄さんといった感じです。

彼はアニメを見ていたんです。私はディズニーやワーナーブラザーズのアニメになじんでいたので、「これはなんだ?」という感じでした。彼は『バブルガムクライシス*1』や『風の谷のナウシカ』などを見ていたんです。

私はそれを見てみたいと思いました。ところが彼は、「だめだよ、君には無理だ。これは君には合わない。これはシリアスなもので、大人のためのものだ」と言うんです。それで私はよりいっそう興味を持ちました。

お兄さんの影響で日本のアニメに興味を持ったガルブレイスさんは、雑誌や辞書を手に入れて、お兄さんと一緒に日本語を学び始めました。

アニメや日本語の学びを深め、研究者へ

ガルブレイスさんが中学生になる頃、家族はモンタナ州に引っ越します。いちばん上のお兄さんはアラスカ州のアンカレッジに残って働いたため、離れ離れになってしまいました。ガルブレイスさんはその寂しさを埋めるようにさらにアニメに熱中していきます。日本語についても、第2言語として助詞や文法などを含めて本格的に学び直すことにしました。

アニメを追求すればするほど、日本語が面白くなりました。また、日本語が自分の一部になればなるほど、アニメが自分の学びの中心的なものになっていきました。

そこから政治、文学、歴史などを学び、「これはどこから来たのか」「『風の谷のナウシカ』は誰がつくったのか」といったことを理解しようとしたのです。大学に入ってからは、アニメをつくる人や見る人に魅了され、そこからさらに、自分にはなじみのなかったマンガやコミック文化にも魅了されていきました。

こうして日本のアニメやマンガに没頭していったガルブレイスさんは、現在研究者として何十本もの作品を見る毎日を過ごしています。

今日に至るまで、日本のアニメは最も面白く、最もしっかりしていると確信しています。これだけたくさんのアニメを、これだけ多くの人に向けて定期的に制作している国は世界にありません。つまり、大衆文化なのです。

同じことがコミック(マンガ)にも言えます。集英社は、パンデミックの最中であるにもかかわらず販売記録を塗り替えた『鬼滅の刃』のようなシリーズをつくり出しています。常軌を逸していますよね。

紙媒体の力やテレビアニメとの相乗効果、ファンがより多くのコンテンツを求めていること、メディアミックス、広報活動によって、マンガから大衆的なメインストリーム文化が生まれています。これは私が知る限り、現代社会や世界では比較的ユニークな現象です。

秋葉原で受けた衝撃

アラスカ州でガルブレイスさんとお兄さんが日本のアニメに熱中していた頃、周囲に同じ興味を持つ人はほとんどいませんでした。インターネット黎明期にキャラクターの画像やプロフィールを掲載するサイトがつくられ始めて、ようやく「ほかにもアニメファンがいる」ということに気付いたと言います。

ガルブレイスさんが初めてほかのアニメファンと会ったのは、交換留学生として来日してからのことでした。ホストマザーである日本人の女性に、「あなたのような趣味を持っている人は、秋葉原に行ってみなさい」と言われて訪れた秋葉原で、大きな衝撃を受けました。

当時(2000年代前半)は、秋葉原がニュースなどで話題になっていた頃で、テクノロジーの中心地であるこの場所が、メイドカフェなどの新しいビジネスが生まれる場所になっていたんです。

当時住んでいた埼玉から秋葉原に行って、「これは何だ?」と思いました。アニメがそこらじゅうにあるし、道行く人たちがアニメについて話していて、これはクレイジーだと。

メイド喫茶に入ったら、隣の人が話しかけてきました。私はシャイだったので、とても興味深く感じました。日本語で、なんの理由もなく話しかけられたのは、そのときが初めてでした。

これがきっかけでそうした人たちと話をするようになり、また会うようになって、秋葉原周辺に来ることが多くなったのですが、人々がとてもオープンであることにとても魅力を感じました。彼らは自分の趣味について話したがりました。その影響もあって、私は秋葉原にとても親しみを感じるようになったのだと思います。

アニメが生んだ異文化交流

フランス・パリやマルセイユ、アメリカ・サンマテオなどで開催されている「ジャパン・エキスポ」は、世界中のコスプレイヤーが集まることで有名です。

ガルブレイスさんは、このように海外で広がっているコスプレ文化について、とても興味深いと語ります。

例えば、アメリカでは有色人種に対する偏見があり、特に黒人は魅力的でない、美しくないとされています。アメリカの黒人女性には、『セーラームーン』のコスプレをするサブカルチャーがあります。彼女たちが『セーラームーン』のコスプレをする理由は、力強く美しい本来の自分を感じられるからです。

同じ現象は黒人男性にも起きていると言います。例えば、ニューヨーク出身のウータン・クランというラップグループのメンバー、RZAさんは大のアニメ好きで、自身をアニメ『ドラゴンボールZ』の主人公である悟空に重ね合わせています。

彼は自身の本の中で、悟空は黒人であると語っています。彼は悟空というキャラクターの中に、アフリカからアメリカに連れてこられた黒人たちのメタファーを見ているんです。そして、ラップをしたり歌ったりするとき、彼は「スーパーサイヤ人になる」と言っています。彼は自分のアフロを悟空のトゲトゲヘアに似ていると思っているんですね。

アニメが、既存のヒエラルキーや差別的な構造から抜け出した自分自身を想像できるようなコミュニティをつくり出すことができるというのは、とても素晴らしいことだと思います。

特集「アニメで英語を学ぶ理由。」をEJ8月号でチェック!

*1:1987年から1991年にかけて発売された、全8巻のオリジナルビデオアニメシリーズ

パトリック・W・ガルブレイス

パトリック・W・ガルブレイス専修大学国際コミュニケーション学部准教授。アメリカ、アラスカ州生まれ。オタク文化、萌えのスペシャリストであり文化人類学者。著書にThe Moé Manifesto: An Insider’s Look at the Worlds of Manga, Anime, and Gaming(Charles E. Tuttle)、Otaku and the Struggle for Imagination in Japan(Duke University Press)などがある。