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英語ネイティブとも互角に渡り合うために、アート翻訳者が向上させるべき力とは?

「アート翻訳者」になる!

「美術が好き!」「英語が好き!」という方にとって、展覧会関連の翻訳などを手掛けるアート翻訳者はとても魅力的な仕事の一つではないでしょうか。連載「『アート翻訳者』になる!」(全6回)では、アート翻訳をはじめさまざまな専門翻訳を行うトライベクトル株式会社のご担当者に、アート翻訳者になるための方法、アート翻訳の重要性や現状、将来などを教えていただきます。第5回では、「質の高い翻訳」のために向上させるべき二つのポイントを紹介します。

「質の高い翻訳」って、どんな翻訳?

皆さん、こんにちは。

第4回では、アート翻訳で注意したいポイントについて具体的に説明しました。

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今回は、「質の高い翻訳を提供し続けるためには」というテーマでお話ししましょう。

「質の高い翻訳」とは、どういう意味だと思いますか?

一般に「翻訳の質が高い」と聞くと、なんとなく「高度な英語を使っている」とか「専門的な用語や表現を多用している」というイメージを持つかもしれません。

確かにそういう面もありますが、アート翻訳の現場において「質が高い」というのは、「商品価値が高い」という意味です。

「商品価値が高い」というのは、「売れ筋」の製品の取り扱い説明書であるとか、今脚光を浴びているアーティストについての文書であるといった意味ではなく、「翻訳物として商品価値が高いもの」という意味です。

つまり「ミスがなく、その業界の約束事に準じ、クライアントがドキュメントとして使用できる」ということです。

例えば、あなたがある展覧会の展示解説の英訳の注文を受けたとしましょう。

仕上がった訳案を翻訳会社に提出します。当然、その社内でチェックもしくは校正・校訂され、ドキュメントとしての編集を経ることになります。

この過程で、校正者、校訂者、編集者がたくさんの修正や検討をしなければならず、その負担が大きくなる翻訳ほど、商品価値は低くなります

逆に、校訂者や編集者がそれほど手間をかけずに、すぐに公式ドキュメントとして使用したり、クライアントに納入したりできる翻訳ほど、商品価値は高くなります

当然ながら、その方が翻訳会社にとってコストパフォーマンスが高いからです。

「商品価値が高い」翻訳にするための二つのポイント

「品質の高さ」ないし「商品価値の高さ」は、主に二つの点から成り立っています。

1. 編集力

1つ目の点は、翻訳者の矜持(きょうじ)、つまり姿勢や認識に関係します。

・関連する背景情報の調査がなされている

・訳抜けがない

・提供されている用語集や、スタイルガイドで指定されている用語選択、表記方式に確実に従っている

・業界の約束事第4回の記事で取り上げた、「正式英語呼称などを調査し適用すべき」といった決まり)もよく守られている

つまりこれらの「仕様をきちんと守っている」という点です。これはいわば「編集力」があるかどうかということです。

2. 英語力

2つ目は、当然ながら語学力に依存する点とも言え、特に英訳について言うならば、

・英語が自然で流ちょうである

・英文法に即している(品詞の使い方、特定の語の用法、句読点[パンクチュエーション]のルールなど)

・誤訳がない

・品位のある英文である

・頻出する用語が、一定の法則性に基づいて、統一あるいは訳し分けされている

といった、「よい英語か」という点です。これを「英語力」と呼ぶことにします。

これらの各要素をよりよく満たしていればいるほど、その訳案の商品価値は高い(=翻訳会社としてはより少ない労力でそれを実際に使用できる)ため、すなわち品質が高い、ということになります。 

英語力だけでなく、編集力も重要

よく見掛けるのが、こなれた英語で、2つ目の「英語力」はなかなかよく満たしているのにもかかわらず、1つ目の「編集力」が足りないという例です。

つまり、美術館名やキュレーターの氏名の表記間違いや、指定された表記スタイル(「東山魁夷」は「Kaii HIGASHIYAMA」というふうに、氏名は日本名であっても「名姓」の順とするなど)の見落し、いわゆる凡ミス(一つのフレーズをうっかり見落として、日本語文に相当する英文が抜けている)が見られるということです。

これらは、英米の大学・大学院を卒業した方、英語ネイティブスピーカーの翻訳者であっても比較的頻繁に見られます。

英語そのものは流ちょうでネイティブらしい自然な流れがあり、とても好感が持てるのに、肝心の館名を誤ったり、用語集の不適用が見られたりすると、訳案全体あるいは訳案作成に対して信用がなくなります

結果、校正者や校訂者は全文を詳細に確認し、随所に修正を入れたり、場合によっては翻訳者に差し戻して回答を求め、それを待ったりして、あっという間にかなりの手間や時間が掛かってしまうこともあります。

また、相当高い日本語力を持つネイティブ翻訳者でも、日本語原文の読み込みが不十分で、修飾語と被修飾語の関係が逆になっていたり、冠詞や時制を付け間違っていたりして、校正・校訂段階で、予想外の時間を要する場合もあります。いずれの場合もコストパフォーマンスが下がります。

現場において、提出された訳案が、どのような点において「商品価値が高い」=「品質がよい」と見なされるかがおわかりいただけたでしょうか。「翻訳力」(商品価値の高い訳案を生み出す能力)と「語学力」は、必ずしも同一ではないのです。

以上のように、翻訳者としての矜持を高め、英語力の強化に努めることが、質の高い翻訳を提供するためには必須なのです。

現状を知り、改善する努力を

現場を長年見ていると、多くの場合、各翻訳者の「編集力」や「英語力」といった資質は、デビューのときにほぼ明らかになります。

どちらも、各翻訳者が持っている性格や生来の能力にかなり依存しており、「英語は素晴らしいがうっかりしている」人は、何年経ってもこの傾向を拭えないことが多く、凡ミスや「仕様の適用を忘れがちなところがある」といった点に対するリスクヘッジをしなければならず、それが続くようだと、翻訳料アップも厳しいかもしれません。

一方、「編集力」は高水準で、逆に英語力に限界のある翻訳者は、誠実さがよくわかると会社からの信頼は得やすいのですが、英語の表現力も短期間では身に付かず、根気強く勉強していくことが必要です。

「生来の能力にかなり依存している」と言いましたが、デビューの時には二つの点のうちのどちらか、あるいは両方が「イマイチ」だった翻訳者が、度重なるフィードバックや指摘(ときにはクレーム)を受けながらも、日々の努力や研さんによって強力なベテラン翻訳者になった例もあります。

ぜひ自分の現在の実力を正確に把握し、狙いを定めて努力していただきたいと思います。

「編集力」は翻訳者としての武器になる

また、この記事を読んでおられる日本人の方に特に申し上げたい点として、大人になってから英語を学んだ人が、アート翻訳者としてネイティブ並みの語感や表現力を身に付けるのは、容易なことではありません。

それでも、「高い商品価値」の1つ目の点である「編集力」については、ネイティブ翻訳者と互角、もしくはそれ以上の力を身に付けることが可能です。ここにチャンスがあるということです。

日本語原文が専門的になればなるほど、原文を適切に解釈する点で有利な日本人翻訳者の力量を発揮できます。特に、話題が日本の歴史や古美術などの場合は、日本語や日本文化への造詣の深さ(日本人、日本語ネイティブであるということ)が重要になってきます。

そこで、この「編集力」の各要素を高水準で満たし、なおかつ(英語ネイティブには及ばないとしても)一定水準の英文を作成できれば、十分勝負になります

もちろん「一定水準」以上の英語のクオリティが必要であることは言うまでもありませんが、英語としてより優れた表現や、ネイティブでなければ出せない語感については、ネイティブチェックの工程に委ねることができるからです。

日本人翻訳者にとっては、抜群の「編集力」で質の高い基礎訳案(一次訳)を作成し、文法および表現だけネイティブチェッカーに見てもらう、という道が開かれています。

実際、このパターン(特定のネイティブチェッカーとチームを組む、登録先の翻訳会社のネイティブチェッカーに見てもらう)で活躍しているアート翻訳者は多数います。

次回は、日本人として英語力を高める方法、そしてアート翻訳の将来についてお話ししたいと思います。

第6回はこちら!

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トライベクトル株式会社

トライベクトル株式会社2010年からミュージアム専門の翻訳サービスを開始。現在では上野を中心に全国のミュージアムの翻訳を請け負う。日本博物館協会/全国美術館会議 会員。
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