質問者の声がまったく聞こえない!そんなときの通訳秘技【通訳の現場から】

通訳の現場から

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

記者会見の通訳

ここ数年は大好きなスポーツの案件を多めにというか、オファーが来たらコンマ2秒でかぶりつく勢いで受諾メールを返信しているのですが、最近、世界有数の某格闘技団体に付いて通訳する機会に恵まれました。同時期の世間はラグビーワールドカップの話題で持ちきりで、私もラグビーは大好きなのですが、今回は諸事情で仕事にありつけず。でも代わりに、ずっとテレビや動画で見ていた憧れの格闘家と同じ空間を共有し、その言葉を訳せたのはとても貴重な体験でした。

まずは大会の1週間前に、都内でファンフェスタがありました。そこで会長がメディア向けに団体の思想と未来を熱く語る60分程度の講演があったのですが、通訳者に事前提供されたのは何やら写真ばかりのスライド資料。プレゼンがうまい人ほどスライドは文字がなく、抽象的になりがちというのをどこかで聞いたことがありますが、30ページほどの資料はほぼ全部が画像です。試合が決した瞬間に喜びのあまり膝をついて泣きじゃくる褐色の男。セコンドと抱き合うキックボクサー。勝利したものの、殴られ過ぎて顔半分が腫れあがっている女子格闘家。

通訳者の準備は、まず画像の人物は誰かを検索するところから始まります(笑)。もっといえば、これはすべてのスポーツ通訳にも通じることですが、格闘技には必ず「ストーリー」があるので、これを事前に把握する必要があります。例えば選手の名前と階級は当然として、過去に誰と戦ってどのような結果になったのか。負けた相手との再戦なのか、前に勝ったとしても、KO だったのかギリギリの判定勝ちだったのかによって、次の試合に対する姿勢が異なります。

俺が最強

実際、この大会では、半年前に階級を上げたものの2 連敗して元の階級に戻った女子王者に、その王者を数カ月前に一度負かした相手選手が階級を落としてタイトル挑戦という、新たなライバル関係の誕生にメディアは注目していました。通訳者としても、このストーリーがわかっていないとスムーズに訳せません。さらに、試合後のインタビューでは必ず「次の対戦相手は?」といった系統の質問が出るので、階級別の有力選手も把握しておかなければならないのです。普段から格闘技を見ていない人にとっては、なかなか高いハードルかもしれません。

大会3日前には選手のメディアセッションがあり、各選手が抱負を述べました。近年では野球やバスケットボール、サッカーなどのメジャースポーツの選手は、入団と同時にメディア対応のトレーニングを受けるのが普通なので、あまり過激な受け答えはしません。「相手は強敵なのでしっかり準備する(I know he’s tough, so I’ll do all I can to prepare well.)」や「先のことは考えていない。まずは目の前の一戦に集中(I’m not thinking that far ahead. Right now I’m focused on this match at hand.)」など、教科書どおりの回答に終始することがほとんど。

けれど格闘家はこのようなトレーニングを受けていないのか、または単に大会を盛り上げるために演出したいのか、かなり挑発的な発言をする選手もいます。「俺が最強。相手が誰だか知らんけど、ぶっつぶすのみ(I’m the best. I don’t know who my opponent is, but I’ll crush him, that’s it.)」とか「当日は試合を受けたことを心底後悔させてやる(I’m going to make him really regret he ever accepted this match.)」などと、訳している私自身が心底ワクワクするような内容です(笑)。だって、誰にも怒られずに人を思いっきり挑発できる仕事って、そんなにないですよね?

回答から逆算して予測

試合当日。私は早い時間に現場入りして、通常はスタッフルームかメディアルームで待機します。リングサイドに張り付いて勝者インタビューをする通訳者も別にいるようです。私はメディア関係者に交じって座り、モニター越しに試合の様子を見守ります。一応、スタッフパスをもらっているので、メディアルームを離れて生観戦もできるのですが、やはり仕事は仕事、そのあたりの線引きはしっかりします。格闘技に限らずスポーツの通訳は、試合観戦の部分がとても大事。試合の中にもストーリーがあるのです。

例えば今回の案件では、ある選手が放ったバックドロップ的な投げ技が、大会規則で禁止されている相手選手の後頭部への攻撃になるのではないかという議論がありました。ただ、メディアはそんなに丁寧な聞き方はしません。単に「あのバックドロップは運営としてはどう見ているんですかね?」です。もし通訳者が試合を観ていなかったら、「どうって、どういうこと?」と思うことでしょう。

団体によっては各試合の終了後、すぐにぶら下がりインタビューや記者会見を実施するところもあれば、今回の案件のように、全試合が終わってから注目選手(ほとんどの場合、勝者のみ)を集めて公式会見を行うケースもあります。各選手と試合のストーリーを把握していれば難しい内容ではないのですが、今回は1つサプライズがありました。

ここで通訳してくださいと私に指定されたのはステージの真横だったのですが、音響設備(主にスピーカー)の配置の関係で、なんと質問するメディア関係者の声がほぼ聞こえないという状態。そしてそれに気付いたのが、なんと1人目の質問者が話し始めたとき! 質問者の口がパクパクしているのですが、ほぼ雑音にしか聞こえません。おそらく生声とスピーカーからの音声がぶつかって、私の位置だけ特に聞き取れない音になっていたのです。

駆け出し時代の私だったら、「質問をもう一度お願いします」と言ったかもしれません。けれど、今の自分の位置でそれを始めたら、おそらく全質問に対してそれをする必要が生じると瞬時に悟り、諦めました。もうこれは腹をくくって、選手の回答から元の質問を予測するしかないと判断したのです。幸いにも海外メディアが大半で、選手も外国人が多かったので、英語の質問と回答のワンセットを聞いてから訳すことができました。

まったく質問を聞き取れなくても、選手が「そうですね、ゴングから積極的に押していこうと思っていました。最後はバテ気味でしたが、なんとか仕留めることができました」と答えたら、おそらく質問は①「試合中に何を考えていましたか?」②「今回の試合にはどのような戦略で臨んだのですか?」③「最後はバテ気味でしたが、あれは予想外でしたか?」くらいに絞れます。そしてこのような状況では、私は直観的にいちばん無難な訳を選びます(たぶん①と②をミックスした質問)。そもそも聞き取れていない質問を回答から逆算して再現しようとすることが強引すぎる手法なのですが!それを1時間近くやるという・・・!(泣)

 

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

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  • 作者:関根 マイク
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通訳というおしごと

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文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年1月号に掲載した記事を再編集したもので す。