通訳者が食べていくために資格は必要か【通訳の現場から】

通訳者が食べていくために資格は必要か【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

通訳者、資格を取る

学生向けに講演をすると、「プロの通訳者になるのに、資格は必要ですか?必要な場合は、どんな資格ですか?」という質問を受けることがあります。

ただ質問に答えるだけであれば、「資格は必要ないです。通訳業界はほぼ完全な実力主義なので、できる人には仕事が来るし、できない人には来ません」と言えばよいのですが、それだとあまりにも素っ気ない。

やはり学生相手なので、「通訳の仕事に直結はしないけれど、まずは英語の資格にチャレンジして知識を積み上げていったらどうかしら」というような答え方をするようにしています。私も大人になったなあ……。

そんな私も、大学を卒業して帰国したばかりの頃は、何の資格も持っていませんでした。私は2000年にカナダから沖縄に移住したのですが、現地には親類も知り合いもいませんでした。フリーランスで翻訳・通訳を続けながら、まずはどこかの会社でしばらく働いてみようかなとコンビニで履歴書を買ってきたことを覚えています。

ただ、在学中に何も資格を取得しなかったので、資格欄に書けるものがありません。よし、ないなら取りにいくまでや!と、勢いですぐに英検、国連英検、TOEICに申し込みました。

英検1 級は3 つの中でいちばん簡単だった気がします。というか10年以上も海外で生活・勉強して、すでに翻訳者・通訳者としてデビューしていたのですから、どれも圧倒的なスコアで合格するようでないと恥ずかしいくらいなのですが。

資格試験での武勇伝を少し・・・

英検は筆記試験の後に面接試験があるのですが、あまりにも退屈な私は与えられた課題にささっと答えて(4コマ漫画をその場で見せられて、物語を創作する、といった感じだったと記憶しています)、「今日は暑いですねえ。ビールでも飲みにいきませんか?」と試験官をガチで飲みに誘っていました。マナー的には明らかに不適切なのですが、「こいつ、めっちゃ余裕あるな」と、逆に評価されたのかもしれません。試験には合格し、なんと成績優秀者を東京に集めて開催される表彰式にも招待されました。

ひとつ悔やまれるのが、当時の私は社会常識をあまり理解していなかったというか、むしろどうでもいいと思っていたのかもしれませんが、全参加者がスーツなど正装で来場する中、パーカーとボロボロのジーンズにキャンバスシューズ、ぼさぼさの髪に無精ひげで舞台に上がったことです。間違いなく空気の読めないやつだと思われていたことでしょう。

英検と同様、TOEI も人生で1度だけ受験したことがあります。スコアは965点(990点満点)でした。深夜までプレステで遊んで、寝不足で臨んだのが響いたのかもしれません(笑)。リスニング試験の途中で何度も眠りそうになったのを覚えています。というか寝ていたのでしょう。後で開示されたスコアによると、リーディングは満点だったのですが、リスニングで減点されていました。

満点を取るのが当然だと思っていた私は、悔しいのでリベンジするべく「目指せTOEIC990点!」的なタイトルの書籍を買ったのですが、怠け者なので、結局1回も読まずに忘れてしまいました。当時お付き合いしていた彼女がその本を見つけて、「そんなに満点にこだわるの?」と、大笑いしていました。あれは恥ずかしかった!

それから、TOEIC関連の余談を一つ。私が沖縄で通訳事務所を営業していた頃、履歴書・実績表を送ってくる求職者が結構いたのですが、年に数回は「TOEIC 1000点」と書く人がいました。990点満点なのに、どこでボーナスポイントを獲得してるんだよと、そういう人はすぐに落としていましたが。

面接官に真っ向から挑んだ私

国連英検はいちばん厄介でした。最高レベルの特A級を受験して、筆記試験は難なくパスしたのですが、元外交官を交えた面接試験が個人的に結構なバトルでした。国際情勢についてはそれなりの知識を持っていたので、あとはどんな質問をされても「やはり平和が一番ですよね」「国連は平和構築に重要な役割を担います」と、教科書的な無難な答えをしていれば余裕で合格していたと思います。

けれど運が悪いことに、当時の私はクラウゼヴィッツの『戦争論』をじっくり読んでいた時期で、どうしてもそのような予定調和が許せませんでした。今風に言えば「こじらせたお兄さん」だったのです。

湾岸戦争やインド・パキスタンの紛争に関していろいろと話したのですが、どうしたら平和的解決が実現できるか、武力行使を避けることができるか、という流れの質問に対して、「平和的解決が一番なのは確かですけど、最終手段としての武力行使は別に違法ではないですよね。だって国連も憲章第42条で軍事措置を認めているじゃないですか」と、相手に真っ向からケンカをふっかけました。これが正しいかどうかの話ではなく、その場で言うことではなかったですね。当然のように不合格をいただきました!(笑)

結局、できる人に仕事は来る

ちなみに、今、現場で活動している通訳者の大半は通訳関係の資格を持っていません。そもそも日本には通訳の国家試験が存在せず、通訳技能向上センター主催のビジネス通訳検定(TOBIS)のような民間資格しかありません。

そして、通訳を雇うエージェント(派遣会社)は英語の資格や通訳資格をほぼ評価していないのが現実です。過去の通訳実績などは一定の評価をしますが、通訳者の技術や人柄(顧客対応など)は現場を見ないと評価が難しい。それゆえ、最初の現場にはコーディネーターさんが実際に来て評価をするケースが少なくありません。

通訳案内士(通訳ガイド)資格について聞かれることもあるのですが、「通訳案内士の資格を持っていればプロの通訳者として食べていけるか」という質問であれば、答えは「ノー」です。

日本の地理や文化、観光名所などについて詳しい知識を有するのは大きなメリットですが、通訳案内士と実務通訳者では求められるスキルがまったく異なります。通訳案内士のスキルが高くても、それが国際会議の通訳に直結するわけではありません。

結局のところ、誰もが納得できる通訳試験・資格は、そもそも作るのが難しそうです。通訳にはスタイルがあり、訳出速度を優先する人も、あえて速度を落として(たとえ細かい情報を犠牲にしても)全体的な表現力を優先する人もいます。どちらがいいとは一概には言えませんし、聞き手にも好みがあるでしょう。

加えて、パートナーの通訳者と協力したり、クライアントのむちゃ振りに柔軟に対応したりする「現場力」は試験では評価しにくい能力かもしれません。そうなると、やはり結論としては「できる人には仕事が来るし、できない人には来ません」と言いたくなってしまうのです……。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年8月号に掲載された記事を再編集したもので す。