「伊勢海老とウドの江戸味噌小鍋仕立て」を英語で通訳?!【通訳の現場から】

「伊勢海老とウドの江戸味噌小鍋仕立て」を英語で通訳?!【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

通訳者と食事

私は食べるのが大好きで、おいしい食事にありつければ多少の悩みや苦しみはどうでもよくなります。海外出張が決まったら、会議の内容がどうというよりもまず、ホテルから近い店、それも地元民が集まる人気店を検索するのが恒例行事です(笑)。

おかげで下腹にスペアタイヤを抱える状態から抜け出せていないのですが、もう長い付き合いなので、これはこれでいいのかなと思いつつあります(諦め?)。

日本国内の通訳現場で提供される弁当は、すき焼き・しゃぶしゃぶで有名な人形町某店の確率が高い印象です。2000円近い弁当なので、外注の通訳者になぜそこまでするのかと業界関係者に聞いたことがあるのですが、「おそらく、会議参加者(幹部クラス)にランクの高い弁当を出しているので、通訳者向けにわざわざ別の業者から安い弁当を手配する方が面倒なのでは」とのことでした。納得です。

もちろん弁当は毎回手配されるわけではなく、近くの店やコンビニで自由にどうぞ、という対応も多いのですが。通訳者によっては高価な弁当はいらないから、外に出てリフレッシュしたいと言う人もいます。

積み上がるカロリーの山

ホテルで開催される大型会議の場合、ビュッフェ形式のランチが通訳者にも提供されることがあります。参加者と一緒にテーブルに座って食べるときもあれば、同時通訳ブースに持ち帰ってゆっくり食べることもあります(通訳者用の部屋が手配されない限り、唯一のプライベート空間です)。ホテルのビュッフェは肉系の料理が豊富な半面、野菜メニューにはあまり選択肢がない気がします。

つい最近、都内の高級ホテルで4日間連続の仕事をしたのですが、鴨肉、鶏肉、牛肉、豚肉とメイン級の料理が並ぶ中、サラダは2種のみ。おまけにそのうち1種はローストビーフサラダでした(笑)。

つまり現場で提供される食事は肉が多め、これでもかというくらいタンパク質が詰め込まれていることが多い。また、野菜も天ぷらなどの脂質が高めな調理法で出てきます。当然、カロリーが積み上がってくるので健康にはよくない。

通訳者の中には、出張には必ずエクササイズ用のゴムチューブを持参して、毎晩部屋で運動に励む人もいます。宿泊先として、ジムがあるホテルを指定する通訳者もいるとか。私みたいに何もせずぶくぶく太っていくのはどうやら少数派らしいです。

豪華な社食はうれしい!

企業で通訳をすると、社食でランチをするケースもあるのですが、質はピンキリです。オペレーション自体を完全外注するところもあれば、総合スーパーなどでは自社製造の惣菜を社食で販売している場合もあります。

私が個人的にいちばん気に入っているのはグーグル社の社食です。これはさまざまなメディアですでに書かれていますが、社食の最上級と言っても過言ではないと思います。一見、大学の食堂のような雰囲気なのですが、そこで提供される食事は質・量ともに最高です。

まず、メイン級の料理が20種類くらい。カツ丼、どて煮込み、お好み焼き、インドカレー、豚キムチ丼、海鮮スパゲティ……カツ丼のカツも普通の定食屋とは比較できない厚さ。サラダバーにも新鮮な野菜がずらっと並びます。「食事はすべての基本」と公言しているだけありますね。グーグルの社内通訳者になりたい!

「伊勢海老とウドの江戸味噌小鍋仕立て」を英語で?!

ところで、通訳者は業務の一環として求められない限り、基本的にはクライアントと一緒に食事したくはありません。理由はシンプルで、なんだかんだで通訳をしなければならない状況が生まれるから。休みたいのに休めなくなるのです。クライアントに勧められるままに食べていたら、口の中がいっぱいのときに「あ、ここの通訳お願いね」と言われてうげっとなるのは駆け出しあるあるです。

通訳に徹して食べ物には一切手をつけないのも一つの方法かもしれませんが、そうすると通訳者の前にだけ食べ物がどんどんたまっていきます。私自身、ある現場で中華料理のフルコースが出たのですが、淡々と訳し続けていたら最終的に冷菜からデザートの杏仁豆腐まで目の前にびっしり並ぶことになりました。これはこれでクライアントが申し訳なく思うかもしれないので、あまりお勧めできません。

もう一つの理由は、料理関係の通訳は意外に難しいからです。例えば「伊勢海老とウドの江戸味噌小鍋仕立て」や「あおり烏賊と茎立たち菜な のいしるバター炒め」、「鮪とネギのブロシェット 柚子胡椒風味のラヴィゴット」などを初見ですらすらと訳せる通訳者などいるのでしょうか。

企業幹部や弁護士、政府高官が行くような店は料理名も長い上に、私のように庶民派の店ばかりに出入りしている者には日本語でも意味がわかりません。心の中では「『伊勢海老の味噌鍋』でよくない?」と思っています。

通訳者は多くの現場でおいしい料理を食べているはずなのですが、不思議と覚えていません。やはり仕事なので、その瞬間はおいしいと感じても、すぐに仕事モードに戻ってすべて忘れてしまうのかもしれません。

食事中も通訳・・・

先日は都内の高級ホテルの最上階で行われた小さな会食で通訳してきたのですが、通訳者にも参加者と同じ数万円の和食コースが出ました。本当は通訳だけしたいのですが、クライアントに強く勧められるとなかなか断れません。通訳をしながら隙を見て、つまり会話が止まった瞬間に食べるので、どうしても一種の早食いのようになりがちです。さながら「だるまさんが転んだ」のようでした。

ディナー現場ではお酒を勧められることもあります。当然、仕事ですから、酒は口にしません。酒好きな通訳者には、勧められたのだからと飲む人もいるようですが、個人的にはどうかなと思います。例外はお酒のPR イベントなどで乾杯をするときです。この時ばかりは私も場の空気を読んで少しは飲みますね。

運よく友人の通訳者と海外出張に手配されたときはずっと行動を共にすることが普通なのですが、特に会議が終わった夜は、もう翌日の飛行機で寝て帰るしかないので、夜遅くまで地元の店で飲み食いをすることが多いです。

数年前にバリ島で開催された会議に友人3人と一緒に手配されたのですが、今では会議自体の記憶はほとんどなく、最後の夜にビーチ沿いの海鮮レストランでワインを6本くらい空け、店が閉まった後はビーチで午前4時くらいまで語り明かした記憶しかありません。

やはりおいしいものは友人とゆっくり楽しく味わいたいものですね!

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年8月号に掲載された記事を再編集したもので す。