米津玄師、SEKAI NO OWARI、THE BAWDIES、ゲスの極み乙女。などの英語詞や英訳詞に携わる、アメリカ出身の作詞・訳詞家でミュージシャンのネルソン・バビンコイさん。初の著書であるEJ新書『J-POPを英語で届ける「文化通訳家」のしごと』の発売を記念して、ネルソンさんと、プライベートでも仲が良いというSEKAI NO OWARIのFukaseさんの対談をお届けします。
- 作者: ネルソン・バビンコイ
- 発売日: 2020/08/11
- メディア: Kindle版
出会って仲良くなるうちに世界が広がった
Nelson: SEKAI NO OWARIとの付き合いは、ずいぶん長いよね。Fukaseとは英語の作詞や訳詞をめぐって、よくけんかしたし(笑)。「英語でもこの言葉は絶対入れたいんだよ!」「英語にそんな表現はないよ!」みたいにね。俺たちが知り合った きっかけ 、覚えてる?
Fukase: スペースシャワーTVの「クラブサーモン」って番組だよね。
Nelson: そう、ナオト・インティライミと一緒に、俺がやっていた新人発掘番組。最初に会ったとき、SEKAI NO OWARIはまだメジャーデビュー前で、バンド名も「世界の終わり」って漢字と平仮名表記だったよね。
Fukase: うん、漢字だったね。その後、確かクラブサーモン主催で、Shibuya O-WEST 1 でライブをやったときが2回目で、3回目に会ったのはap bank fes 2 だった。それから、「深い森(Holy Forest)」の英語詞をNelsonに手伝ってもらおうということになって、初めて一緒に飲んだんだよ。それで、「なんだ同い年じゃん!」って、わかって。
Nelson: SEKAI NO OWARIのメンバーって、みんなストイックじゃない?俺は最初から、そこが好きだったんだよね。自分も日本の音楽業界でいろいろ仕事をしてきたけど、なぜかSEKAI NO OWARIだけは枠から外れて、自由自在な存在でいるところも、いいなと思った。好きなことをやって、好きなことを言って、たまに炎上したりして(笑)。そういうところは、俺自身も大事にしている部分だから、こいつらとは気が合うなと思った。本音でぶつかり合える気がしたし。
Fukase: 俺は海外に住んだことがないから、Nelsonと話してすごく世界が広がった気がした。日本にいると、よほどの大ニュースじゃない限り、海外の現地情報って案外入ってこないんだよ。その点、もともとアメリカに生まれて住んでいたNelsonは、俺たちが全然知らない話をしてくれるからね。
Nelson: そう言われると、なんかうれしい。
Fukase: 日本人ってさ、日本人だけでいる癖がついていて、海外の人と話すのが苦手だっていう意識がわりとある気がする。俺はNelsonと知り合ってから、そういう意識がだんだんなくなって、海外にも友達が増えてきたんだよね。
メンバーもそう。Nakajinなんて最近、日本語より英語でしゃべっているときの方が明るいの。Saoriは、英語しか話さない友達に、日本のお正月を体験してもらうんだって、実家に連れて帰ったりしてる。DJ LOVEは、何も変わってないと思うけど(笑)。
Nelson: そっか、今はEnd of the Worldとして海外進出も目指しているわけだし、みんなの意識もだいぶ変わってきたんだね。
Fukase: うん、Nelsonを通じて、日本人以外の人と初めてコミュニティーを持てたのが きっかけ だと思う。
日本語の音の多さに苦労した「Dragon Night」英語版
Nelson: Fukaseとの英語詞の仕事では、Fukaseから送られてくる原案を基に、俺が英語の下書きをして、「こんな感じでどう?」って見せて話し合うよね。その時点で解釈についてもめたことって、これまでにあったっけ?
Fukase: いや、なかったと思う。いつも「オッケー!」って感じだよ。Nelsonがよく言う文化翻訳って、日本語のニュアンスを英語で表現することで、それってやっぱりNelsonの得意分野だもん。英語になった歌詞をNelsonが持ってきて、英文のこの部分はこういう意味で、こんなふうに書いてあるって説明してくれたことは何回かあった。
Nelson: なぜ英語でこういう言葉を選んだかとか、一つ一つ説明してね。「Dragon Night」は、お互いに気合が入っていた分、英語にするのが大変だった。
Fukase: あの曲は、 そもそも 日本語でも文字がいっぱい詰まっているしね。
Nelson: 「Dragon Night」のストーリーは海外の実話が基になっているし、曲調もフォーク調だから、一見、英語の歌詞がうまくはまりそうなんだよね。でも実際にやってみると、意外に難しくて驚いたのを覚えてる。SEKAI NO OWARIの音楽のよさを、英語の曲としてどう引き出そうかと苦労した。
Fukase: あれは元の日本語の、言葉の音が多過ぎたんだよ。日本語は言語として note (音)が多いのが特徴で、それに合わせてメロディーが動きまくるの。そのせいで、英語を当てはめにくいんだと思う。日本語の音の多さに合わせて、カタカタカタカタ動き回るように作られたメロディーに、そのまま英語を乗せるのは無理がある。そういうやり方には、英語はあまり適していないってわかった。だから、ああいうメロディーはEnd of the Worldでは全然やらないよ。
「ANTI-HERO」はイメージを英語で膨らませて創作
Nelson: そこへいくと、「ANTI-HERO」はわりとスムーズにいったよね。
Fukase: うん、「Dragon Night」の経験から学んで、俺の中でも要領がつかめてきていたからね。Nelsonの英訳も一発だった。
Nelson: SEKAI NO OWARIの作品で、ゼロから一緒に英語詞を作ったのは、この「ANTI-HERO」が最初だよね。
Fukase: そうだね、実際に英語でバンと発表してシングルを出したのは、「ANTI-HERO」が最初。初めは俺、“I wanna be an evil ...”みたいなフレーズを考えていたんだよ。その後、「evilじゃなくてanti-heroはどうかな?」って、確かNelsonにメールした気がする。そうしたら、「いいんじゃない?」って。
Nelson: そうそう、最初はevilだった。♪ I’m gonna be a super evil ...♪(笑)
Fukase: それから、「アンチヒーローとアンタイヒーローって、どう違うの?」って聞いたんだよ。Nelsonの返事は、「まあ同じようなもんだよ」って感じだったから、じゃあ「アンタイヒーロー」でいこうと、この発音に落ち着いたと思う。
Nelson: 曲のイメージは、最初からあったんだよね。正義ってなんなのかとか、それに対するダークサイドは、とか。テーマもストーリー的なものも、日本語では最初からあった。
Fukase: そう、でも日本語をそのまま英語に変換しようとすると、ちょっと無理やりになっちゃうわけ。それで、「ここはこういう意味なんだよね」ってNelsonと話して、俺が言いたいことをよくわかってもらった上で、英語にしてもらった。
Nelson: 「ANTI-HERO」は好きな曲調でもあったから、楽しんでできたよ。日本語ってさ、言葉を 受け取る 人の想像に価値を置くから、詞 に関して もかなり自由度があるよね。主語がなくても成り立つし、日本独特の文化として、「あえて言わない」ことに意味があったりするじゃない。それで曖昧な表現が評価されるわけだけど、英語では日本語ほど抽象的な表現はしない。
詞とメロディーの関係も、日本語と英語では違う。SEKAI NO OWARIの歌詞もそうだけど、日本語は「物語る」ような歌詞に向く言語なんだと思う。それに対して英語はある意味厳格で、ちゃんと韻を踏みながら、言葉のリズムも大事にしなくちゃならない。それに歌詞は日本語よりはシンプルになる。英語をメロディーに当てはめながら、日本語の歌詞が描く世界を、そっくりそのまま英語で成立させるのは、だから難易度が相当高いんだよ。
日本語は言葉の意味を重視し、英語はリズムや韻を尊重する
Nelson: 自分が訳したり作ったりした英語の歌詞に、さらに和訳を付ける、つまり二重に訳すときがあるんだ。もともとの日本語の詩はこうで、それを英訳するとこうなる、そしてその英訳を日本語に直訳すると、こういうふうに言っている、って。これをやることで、自分自身でもいろいろ発見があるからね。
そもそも Fukaseは、すごく言葉にこだわりを持ってるじゃない?俺はそれに結構、 影響 を受けたと思う。英語の曲では、歌詞よりもサウンド、リズムやフローの方が大事だったりするから。歌詞も大事には大事なんだけど、たまたま歌詞がよければ、「ああ、いいね」と思うだけ。日本語と英語で、詞に対する意識や、曲作りのポイントがだいぶ違うんだなって思った。
Fukase: うん、俺も最初はびっくりした。日本語では意味が重要なのに、英語の歌詞作りでは意味よりもフローや韻を重視して、このまま進めていいのかって。初めはメチャクチャ抵抗があった。
でもその抵抗が最近、全然なくなった。今は、英語は英語で、音として聞くようにしてるよ。歌詞カードを見ながら聞くのではなくて、耳から入る音をそのまま音として聞いている。もともと自分が作った歌だから、英語になっても、何を言っているかはわかっているからね。そういう意味では、英語になった楽曲を、ちゃんと音楽として聞けているなと自分でも思うよ。
Nelson: そういう変化って、海外で英語の曲を出すことを意識し始めたことが、背景として大きかったのかな?
Fukase: そうだね。でも日本語の歌詞を書くときは、今までと変わらないよ。そこはぶれてない。日本で活動するSEKAI NO OWARIは、ぶれるべきバンドじゃないと思ってる。その代わり、End of the Worldとして英語で歌うときは、テーマさえ押さえれば、細かい意味はわりと大雑把に捉えて、むしろフローを意識するようになった。
Nelson: 最初は本当にこだわりが強かったから、めっちゃけんかしたもんね(笑)。
Fukase: した、した!「そこ、意味がまったく違うから!」とか(笑)。でも最近は、ライターと一緒に英語の歌詞を書くときは、そんなにカチカチにコンセプトを伝えないようにしてる。むしろざっくりしたテーマで、こういう歌詞を書きたいんだと話すくらいかな。海外で、スタジオセッションで曲を作るようなときも、最初からあまり決め過ぎない。でないと、自由に動けなくなっちゃうからね。
英語的な発想が新しい作詞につながっている
Fukase: 俺はNelsonと仕事をするようになって、英語で歌詞のフレーズを考えたりするようにもなった。「Mr. Heartache」の冒頭の“Hello again, Mr. Heartache.”ってフレーズなんか、初めから英語のインスピレーションだった。日本語で考えていたら、ああいう表現は出てこなかったと思う。「こんにちは、心の痛みさん」なんて、日本語の発想としてはおかしいもん(笑)。それが英語だとスッと出てくる。そんなふうに、日本語だけじゃなく、英語からも作詞にアプローチできるようになったのは、俺たちにとってすごくいいことだと思うんだ。
Nelson: 「Mr. Heartache」の出だしを見たときは、「え?これFukaseが書いたの?」って俺も驚いたよ。“Hello again, Mr. Heartache”が自然に出てきたなら、俺はもうここにいなくてもいいなと思った(笑)。
俺からすると、FukaseとSaoriが書く歌詞は、やっぱり文学的なんだよね。だから日本語の勉強もさせてもらってる。「そうか、こんな表現もありなんだ~」とか、今でも結構新しい発見があるよ。
俺自身、日本語で歌詞を書くこともあるし、日本語の勉強自体も歌から始まったようなものだから、いい日本語の歌詞は読んでいるだけで楽しい。SEKAI NO OWARIの音楽性にも勉強になるものが多いから、 影響 を受けているというより、みんなからいろいろと学ばせてもらってるよ。
「スペインのイメージは闘牛」って言ったら残念がられた
Nelson: ところでFukaseの英語との付き合いって、どんな感じなの?
Fukase: 俺の家って、外国人がシェアハウスしているんだ。今までに、イギリス人、ドイツ人、スペイン人、韓国人、アメリカ人の同居人がいた。彼らと話していると、日本で生まれ育った自分にはまるでない世界観だなと思うことがよくある。みんなほとんど、日本語はしゃべれないんだよね。でも言葉もわからない国に1人でやって来て、なぜかバンドマンの家に住んでいる。それ自体が、すごい世界観だと思うんだよ。
彼らの生き方も、俺とは全然違うの。俺はすごく保守的な人間で、日本どころか、地元からもあまり出ないタイプ。だから彼らと自宅のリビングで、酒を飲みながら話したりすることで、英語の勉強というより人生観そのものにすごく 影響 を受けていると思う。
Nelson: 例えばどんなときにそう思うの?
Fukase: 例えば、前に住んでいたスペイン人から、「スペインのイメージって何?」って聞かれたんだよね。俺、「闘牛」って答えたの。そしたら「すごいショック!」って言われた。スペインといえば闘牛のイメージがあったけど、当のスペイン人にしてみれば、それを言われるのはあまりうれしくないの かもしれない 。そのときは、「しまった、失敗したかな」って思ったけど、そういう失敗も、いろんな国の文化や時代背景を調べる きっかけ になるじゃない。だから彼らとの会話は、それ自体がすごく勉強になるんだよ。
Nelson: 世界にはいろんな国、いろんな文化背景があるけれど、酒を酌み交わして心が通じ合えば、結局、人間はみんな一緒なんだよね。そういう相互理解は、外国語を本当に自分のものにするための、とても大事な足掛かりなんだと思うよ。
※Fukaseさんとネルソンさんの対談は、月刊誌『 ENGLISH JOURNAL 』2020年11月号(10月6日発売)にも掲載。雑誌では、「音楽で表現する理由」「海外のファンの反応」「海外での制作活動」「英語上達法」「ポストコロナの音楽シーン」などについて語っていただいています。
『J-POPを英語で届ける「文化通訳家」のしごと』発売中!
- 作者: ネルソン・バビンコイ
- 発売日: 2020/08/11
- メディア: Kindle版
ビジネス文書や実用書、小説などとは異なる歌詞の翻訳は、どのように行われるのでしょうか?また、自身もミュージシャンであるバビンコイさんが、歌のコンセプトや日本語詞を基にした英語詞作りを依頼された際の創作過程とは?
単に言葉を訳すのではなく、異文化の懸け橋となる「文化通訳家」を名乗る著者が、日本の有名ミュージシャンたちとの英語詞の創作における苦労や楽しさ、歌詞の英訳ならではの工夫、「文化通訳家」の仕事、翻訳のコツや大切なことなどを語ります。
音楽が好き、翻訳に興味がある、英語を学習中など、すべての方におすすめの本です。
本書出版に寄せていただいたメッセージ
NO OWARI/Fukaseさん">SEKAI NO OWARI/Fukaseさん
ネルソンは翻訳家として、シンガーソングライターとして、アメリカで生まれ育ったアメリカ人として、そしてネルソン・バビンコイという個として、様々な視点を持っていた。
だから、単純に英詞を作るだけではなく時代背景や習慣、文化といったものを聞いた上で作詞に臨めた。それはマルチに活動する彼だからこそ出来る事だと思う。
ゲスの極み乙女。/川谷絵音さん
ネルソンさんはただ英訳するだけじゃなく、ちゃんと洒落た意味に解釈して訳してくれます。この絶妙な塩梅が最高なんです。自分の曲なのに僕は新しい世界を見せられました。そんなネルソンさんのセンスに脱帽です。
NO OWARI ニューシングル「umbrella / Dropout 」">SEKAI NO OWARI ニューシングル「umbrella / Dropout 」
2020年6月24日に発売されたSEKAI NO OWARIのシングル「umbrella / Dropout 」は、全3曲を収録。「umbrella」は、カンテレ・フジテレビ系全国ネットドラマ「?の道 ?つの顔の復讐者」主題歌。「 Dropout 」は、「au 5G その?に」篇CM ソングで、全編英語詞。
*2 :音楽プロデューサーの小林武史氏、Mr.Childrenの櫻井和寿氏が設立した非営利団体の「ap bank」が主催する音楽フェス。
『ENGLISH JOURNAL BOOK 2』発売。テーマは「テクノロジー」
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