小学生の頃からモデルやエッセイストとして活躍し、テレビやラジオでも大活躍の華恵さんに、人との出会いで心が温かくなった、ふんわり楽しい、すてきな出来事を感じたままに伝えていただく連載です。2回目は、実際に体験した英語圏ではない場所で体験したお話です。
その1:「寒い!」が通じなかったブラジルでのマッサージ
ブラジルへ、仕事で訪れたときのこと。午前に取材のない日があった。その時間を利用して、私はホテル内のマッサージを受けに行った。平日の午前中だからか、人は全然おらず、 受付 にがっしりとした体型のおばさんが一人。早速マッサージを受けられるか英語で聞いてみる。しかし、通じない。部屋から持ってきていたマッサージのメニュー表をかざし、受けたいコースを指差して見せると、奥の部屋へ通してくれた。
白壁でほとんど物がない、無機質なマッサージルーム。ストレッチャーのようなベッドにブルーのシートが張られている。おばさんに身振り手振りで説明され、服を脱いでタオルを体に巻き、ベッドにうつ伏せになる。マッサージは すぐに 始まった。太くてゴツゴツしたおばさんの指。飛行機でむくんだ体に気持ちのいい圧力がかかる。極楽極楽……。ちょっと寒くなってきた。私は顔を少し上げ、おばさんの方を見上げて言った。
“Excuse me, can I have a blanket? It’s a little cold ...”
「????△?」
どうやら聞き返されているようだ。寒いのは伝わっていない。えっと、ブラジルはポルトガル語だから……ラテン語系なら、きっとフランス語と近いだろう。
「フロア。フロア。」
おばさんは眉間にしわを寄せるばかり。まだ伝わらない。そうか、スペイン語の方がポルトガル語に近いのかな。
「フリーオ、ミー、フリーオ」
おばさんがまた何かを言う。キョトンとした表情だ。大学で学んだフランス語、スペイン語は使えない。どうしよう。そんなことを考える間にも体がどんどん冷えてくる。よし、こうなったらジェスチャーだ。私は体を起こした。
「フリーオ、フリーオ!」
言いながら両腕を抱え、ガクガク縦に震えて見せた。身振り手振り、これこそ世界共通語だろう。おばさんは、あぁ、という顔をした。よし通じた、と思ったのもつかの間、おばさんは私の腕に手を当て、ギュッギュッギュ、と押してきた。……違う。ここが凝っているから押してくれとか、そういうことじゃない。タオルケットでもいい、部屋のエアコンを切るでもいい。この部屋の寒さ、どうにかできないものか。
その後も、紙に英語やスペイン語を書いて見せたり、あれこれ試して駄目だった。こんなに「寒い」ということを長時間かけて必死に訴えたことがあっただろうか。今なら、携帯の翻訳機能を使ってみようと考える かもしれない が、もともとアナログ人間の私は、7年前のこの日、もう何も浮かばなかった。結局寒いままマッサージを受け、肩は余計に凝った。それからは英語を過信するのをやめた。
ホテルの部屋からほとんど出ず、仕事のときはブラジル語と英語の通訳さんのそばを離れないようにした。
その2:「白人なのに、サングラスかけていないから、いい人」
取材がスタートして数日。ある田舎町の病院前で私やスタッフたちは、取材相手の患者が来るのを待っていた。郊外は、時間の感覚が緩い。私たちは病院の外でかれこれ1時間以上待っていた。ディレクターの女性は病院の前の待合室の椅子に座ってうたた寝をしている。カメラマンはその隣にいた。ちゃんと起きて、機材が盗まれないように見ている。
私はすることもなく、病院の門の脇で体育座りをしていた。日差しがとても強い。病院の塀が作る日陰に体をすっぽり入れて座った。目を細めて遠くを見ると、陽炎の向こうで褐色の肌のこどもたちが走り回っている。時々転んで、膝や腕に白い砂が付いても、それを払う様子もなく、男の子たちは無邪気にボールを追い掛ける。
子どもたちは、時折こちらを見始めた。何も言ってこないが、恥ずかしそうにしたり、お互いに笑い合ったりしてまた視線を送ってくる。そうか、私が見つめ過ぎたかな。外国人にじーっと見られていたら、そりゃ、居心地悪いもんね。少しニコッと笑い返してから、他の民家にも視線を向けてみたりする。と、ボールが目の前に転がってきた。後ろから男の子たちがボールを追いかけてくる。私はキャッチして、彼らの方へ転がして返した。
子どもたちは笑顔で口々に私に何か言う。「ありがとう」かなと思ったが、もう少し長いことを言っているようにも思える。ちょっと気になり、病院敷地内にいるスタッフたちの方を振り向いた。外廊下の椅子に座っていた通訳さんがすぐ気付いて、こちらへ来てくれる。
「子どもたち、なんて言っているんですか?」
通訳さんは笑って答えた。
「あなたは、とてもいい人だ、と言っています」
「いい人?ボールを取ったから?」
「いや、違うんですって。 あなたは、白人なのにサングラスをしていないから、いい人、ですって 」
驚いた。肌の色、身なり、貧富、態度……この子たちは、そんなところを日常的に見ている。子どもたちを、のどかな風景の一部のように見ていた私には、あまりに不意打ちで、なんと返したらいいのか分からなかった。サッカーボールで遊んでいる子どもたちは、いったいどんな傲慢な白人たちを見てきたのだろう。
ブラジルへ来る前、現地は日差しが 厳しい と聞き、私はサングラスを持ってこようとしていた。でもスタッフから「一応、やめた方がいいと思う。貧困街にも行くから、レポーターのあなたがサングラスをしていると変な感じになるし」と言われていた。そのときは、「変なの。格好付けたいからサングラスをしたいんじゃなくて、目の色素が薄くて、まぶしいと思うから言ってるだけなのに」と思い、こっそり持って行こうかとも思った。でも、なんとなく、結局持ってこなかった。持ってこなくて、よかった。そして、 言葉を分からないままにせず、通訳さんに訳してもらってよかった 。 「白人なのに、サングラスかけていないから、いい人」。こんな言葉、なかなか言われることもない。ずっと忘れないだろう。
生きてきた環境があまりに違うんだ。
そう考えると、隔たりを感じ、少し寂しくなる。
しかしその日の夜。隔たりなんかひとっ飛びするようなおかしなミラクルを見ることになる。
その3: 気持ちのこもった母語は、思った以上に伝わる
取材先からホテルへ戻ったら、部屋に荷物を置いてすぐロビーに集合、それから夕食へ行くことになっていた。荷物が 少ない 私は、 すぐに 1階へ降りた。すると、プロデューサーの男性が、ホテルのフロントで大きな声で何かを言っている。どうしたのだろう。
「部屋に水を置いておくって、昨日も一昨日も言ってましたよね。今日もないんです、ずっとないんです。置いてくださいってば。他の部屋はみんなあるんでしょう。分かる?みーず!」……日本語じゃん!
びっくりした。フロント周りにはスタッフが集まり始めたが、数人、ぽかんとしてる。あきれた顔をしている人もいる。フロントマネジャーは、神妙な顔でうなずきつつ、後ろのスタッフたちと時々目を合わせ、うつむく。よく見ると……困り顔で、少し笑いをこらえているようにも見える。それを見て、私もつられて笑いそうになる。
その後、みんなで夕飯を食べたが、そのときもプロデューサー男性はレストランで、「すいませーん、ちょっと、取り皿、もらえます?」と日本語で言った。そして、ちゃんと取り皿が運ばれてくる。私があんぐり口を開けていると、「日本語が一番伝わるのかもね」とプロデューサーは笑った。もちろん相手が日本語を理解できているわけではない。でも、時に、 気持ちのこもった母語は、思った以上に伝わるようだ 。なんだか力が抜けた。
英語が通じない地域は、結構多い。というか、全世界を渡り歩ける言語なんて、 そもそも 、ない。この言葉を学ぼう!と思っても、違う言語の人と向き合い、試行錯誤するシーンはまた出てくる。その繰り返しが、きっと面白いんだ。うーん、書いているうちに、言葉の通じない地域へ、また行きたくなってきた……。
華恵さん出演情報
◆TBS『世界ふしぎ発見!』の ミステリーハンター として出演。
◆「 simple style ~オヒルノオト~ 」JFN<
◆「渋谷のかきもの」 毎週月曜日 14:10~15:00 (毎月最終週はお休み)
周波数:87.6MHz アプリ試聴可能 < 渋谷のラジオ >
◆「華恵の本と私の物語」 第3土曜日掲載 < 毎日小学生新聞 >
文:華恵(はなえ)
エッセイスト/女優/ラジオパーソナリティー。TBS『世界ふしぎ発見!』にミステリーハンターとして出演など、大ブレイク中。アメリカで生まれ、6歳から日本に住む。10歳からファッション誌でモデルとして活動。小学6年生でエッセイ『小学生日記』(プレヴィジョン)を出版。中学生、高校生で多数のエッセイを執筆し、活躍の場を広げ続ける多才なアーティスト。
華恵オフィシャルサイト|ORIHIME 華恵 | アーティスト マネジメント | テレビマンユニオン | TV MAN UNION Twitter
Instagram
SERIES連載
思わず笑っちゃうような英会話フレーズを、気取らず、ぬるく楽しくお届けする連載。講師は藤代あゆみさん。国際唎酒師として日本酒の魅力を広めたり、日本の漫画の海外への翻訳出版に携わったり。シンガポールでの勤務経験もある国際派の藤代さんと学びましょう!
現役の高校英語教師で、書籍『子どもに聞かれて困らない 英文法のキソ』の著者、大竹保幹さんが、「英文法が苦手!」という方を、英語が楽しくてしょうがなくなるパラダイスに案内します。
英語学習を1000時間も続けるのは大変!でも工夫をすれば無理だと思っていたことも楽しみに変わります。そのための秘訣を、「1000時間ヒアリングマラソン」の主任コーチ、松岡昇さんに教えていただきます。