カツがのってないカレーもカツカレー!?イギリスの“新国民食”ことkatsu curry【世界のニホンゴ調査団】

「世界のニホンゴ調査団」の第28回は、イギリス在住のライター、パーリーメイさんがリポート。今回取り上げるのは「katsu curry」です。イギリスから日本に渡ったカレーが、今度はカツカレーとして逆輸入。日本とはちょっと違った(?)katsu curryとして、新たな国民食となりつつあるようです。

鶏肉が主流のイギリス式カツカレー

カツカレーと聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、豚カツを乗せたカレーではないでしょうか。カツには豚肉のほかに牛肉のビフカツやひき肉のメンチカツなどもありますが、イギリスでは鶏カツが主流。よって、カツカレーといえば普通「chicken katsu curry」を指します。

スーパー各社で売られている「レディミール(ready meal)」と呼ばれる、調理済み食品のカツカレー。

これは宗教上の理由で豚肉を避ける人が多いことや、イギリス生まれのインドカレー「チキンティッカ・マサラ」が国民食と呼ばれるほど広く浸透したため、日本式のカレーにも自然と鶏肉が取り入れられたからだと思われます。

katsu curryは今や、そのチキンティッカ・マサラを超える「新たな国民食」とも一部で紹介されるほど、現地で人気があります。

平たい切り身肉を意味する英語「cutlet」を略した言葉である「カツ」。けれど周囲に聞いてみても、katsuの意味まで知っているイギリス人は少なそうです。カボチャやサバの“カツカレー”、「seitan」と呼ばれる植物性代替肉を使ったヴィーガン仕様、“カツ味のみそ”がスープの米麺カップヌードルなど、「カツ」の定義がどうやら日本とは違う様子。

いったいイギリスの人たちは、カツやカツカレーをどのように捉えているのでしょう。

日本のカツカレーを広めたレストラン「ワガママ」

17世紀より東インド会社を通じたアジア一帯との貿易が盛んで、元々香辛料やインド料理にはなじみが深かったイギリス。以降1世紀ごとに、タミル語でスパイスソースを意味する「kari」が語源のカレーは市民権を得ていきます。

カレー好きで知られるヴィクトリア女王が統治する時代には、小麦粉でとろみが付けられるなどしてイギリス化したカレーが、明治期の日本にまで伝わります。

「ワガママ」の看板メニュー「Chicken Katsu Curry」のミールキット。コロナ禍で「ステイホーム」真っただ中の2020年には、オンライン上で初めてレシピが公開され話題になりました。

時は過ぎ現代、“輸出”されたはずのカレーをkatsu curryの名で“逆輸入”して大流行りさせたのが1992年創業、イギリスで164店舗以上をチェーン展開する日本食レストランの「ワガママ(Wagamama)」です。

イギリス式カツカレーの定義

ワガママのカレーメニューには、他に13ポンド(約2385円)前後で「Tofu Raisukaree」や「Yasai Katsu Curry」、始めに紹介した「おミート(セイタン)」を使ったヴィーガン版「Vegatsu」など種類が豊富で目移りしますが・・・ところで、

カツ=肉はどこ!?

どうやら、肉ナシでもいいようです。また、近年イギリスでも例外なく健康や環境に気を配る人が増え「naked food」、別名「nude food」とも呼ばれる、過剰包装されていない量り売り食品などを推奨する動きがありますが、ワガママも2019年に低カロリーで夏バテにもピッタリだという「naked katsu curry」なるものを新作発表しました。

ワガママだけでなく、スーパーの自社ブランド製品にもある「naked」シリーズのkatsu curry。

「naked」とは裸の意味ですが、この商品の場合「衣を脱いだ」、つまりカツではない“裸”のグリルチキンを指します。

ほかにスーパーでは瓶詰めされたJapanese katsuや、パウチ包装のkatsu curryなどさまざまな関連商品がありますが、こういったものにはどれもカツが入っておらず・・・。

そう、すでにお察しのとおり、イギリスのkatsu curryとは、カツ部分の意味が消え、「日本式のカレーソース」に意訳された言葉なのです。

大手スーパー、テスコ社のサバ缶はカレーの匂いに欠けましたが、豆腐とネギで軽く煮込んでみると、おいしい「豆腐サバ・カツカレー」ができ上がりました。

それでも「katsu curry sauce」であればまだ分かりやすいですが、「katsu」単体でもカレーソースを意味するので、「Pork katsu stir-fry」とはカレーソース(katsu)を絡めた豚炒め(pork stir-fry)のことであり、日本人としては混乱する一方です。

「カレー金曜日」に食べる特別感

2023年の9月には、高級スーパーのウェイトローズが「JAPAN MENYŪ 和食メニュー Japanese inspired food」と銘打って、新ブランドのレディミールを盛んに宣伝していました。エビの天ぷらや枝豆スロー(コールスローサラダ)、バンズ(中華!?)、唐揚げなど多彩な“和食”に混じって、もちろんカツカレーもあります。

ウェイトローズ社のウェブサイトより。10月の24日までにオンライン注文した場合は、キャンペーン価格で3.75ポンド(約688円)とお得でした。

説明書きには白米と「panko breadcrumbs」で覆われた、鶏のむね肉を揚げたものに「a mild coconut, onion and curry seasoning sauce」ココナッツ入りカレーソース(つまりこれがkatsu curry)をかけたもの、とあります。極めつきには、

A familiar favourite. OISHI. DELICIOUS
おなじみのお気に入り。おいしくて美味。

とあり、いかにkatsu curryがイギリスの人たちにとってなじみ深く、おいしいと認識されているかがよく分かるフレーズが添えられています(OISHI. DELICIOUSは、同ブランドすべての商品に記載あり)。ここまで現地に浸透し、人々に愛されているのかと思うと、日本人として感慨深いです。

購入客のRachyRooさんはこちらのカツカレーについて、同社の商品レビューのページで、以下のように評価しています。

Absolutely delish! Lovely Katsu. We enjoyed this for the first time as a Friday night treat. We love a Wagas Katsu and this was even better! Love it!

最高においしくてすてきなカツカレー!私たちはこれを、金曜日のごちそうディナーとして初めて食べました。ワガママのカツカレー商品が大好きだけど、これはそれを上回るおいしさで大満足!

イギリスにはいつの頃からか「フィッシュ・アンド・チップス(白身魚のフライとフライドポテト)の代わりに金曜日はカレーを食べる」という、バーミンガム発祥の「Curry Friday」という習慣が一部で広まりました。そのせいか、RachyRooさんのように週末の楽しみとして、こちらのカツカレーを食べる人が他にもいました。

また、同スーパーで「Yo! Aromatic Katsu Curry」を購入した別の利用客も

This is the nicest katsu curry sauce I have ever tasted, love it as a treat over chips or in a curry. It’s a lovely aromatic flavour and spoils you for the rest.

これは私が今まで食べた中で、一番おいしいカツカレーソースです。カレーとしてだけでなく、フライドポテトにかけて楽しむのも最高。香り高い風味は最後まで飽きさせないわ。

と感想を残すほど、カツカレー商品を絶賛しています。

イギリス国内外で100店舗近く展開する回転寿司チェーン「yo!」のカツカレーソース。実店舗では「chicken katsu sushi sando」やカツカレーなど、寿司以外のメニューもあります。

「アレ」をかけるのが現地式

イギリスの人たちが実際にカツカレーを食べている様子を見に、ロンドン南部にあるローカルな日本食店を訪れました。

katsu curryは、10年以上営業している「Tashi」の看板商品。一番売れているのは左のkatsu curryと右のチキンカレーだそうです。

ショッピングセンター内にあり、座席はカウンターのみというシンプルな作りのこちらでは、持ち帰りも提供しています。katsu curryをテイクアウェイ(テイクアウト)注文している男性をさっそく見つけたので、来店頻度を尋ねてみると「ここかい?毎日さ!」と、軽快なジョーク?を飛ばし、帰り際には店員に「いつもありがとう!」と満足げに親指を立てて去って行きました。

筆者もいよいよ「Japanese katsu curry」を実食。……こ、このルーは!!

実際に食べたkatsu curryは、まさに日本の味なので思わず店員に聞くと「ルーは秘密だが、日本から一部輸入したものを使用している」とのこと。途中「どうだい?」と聞かれたので、正直クオリティーの高さに驚いていると伝えると、ニヤリとしたあと「チリはいるか」となぜか聞かれました。

こちらの唐辛子をかけて食べるのが好きなイギリス人客もいるのだとか。

親切にサービスされたので試しにかけてみましたが、かなりの辛さで、せっかくの本格的な日本料理が逆にダメになりそうでした。イギリス人は元々、本場のインドカレーも「辛過ぎる」と、チキンティッカ・マサラのようにカレーソースに生クリームを加えるなど、マイルドな「アングロ・インド料理」を発明してきました。それなのに、いったいなぜこんな激辛チリを?

宅配・デリバリーアプリの「Foodhub」の2020年度調査によれば、以前と比べて「hot」、より辛いカレーを求める人はこの年24%と、近年どうやら増加傾向にあるようです。

ところで、隣の子は寿司を食べていたので「カツカレーは食べないのですか」と聞いてみたところ、「もちろん食べるし、ここのカツカレーはおいしいから好きだ」とのこと。

同店に6年越しで通う、常連客のバウターさん親子。

なお、注文時に並んでいた別の親子は母がkatsu curry、姉がチキンカレーを、妹が寿司を頼みましたが、途中でうらやましくなったようで、妹は母親に「ちょうだ〜い」とkatsu curryをねだっていました。その後も半時間ほど店内を観察していましたが、katsu curryを頼む確率が高かったです。

katsu curryは応用が利く万能料理

イギリスでkatsu curryとは、第一に日本式のチキン・カツカレーとして認識されていますが、カレーソースだけの意味もあるので「fish finger(白身魚のフライ) katsu sandwich」や「sweet potato(サツマイモ)katsu curry」といったヴィーガン、ベジタリアン版、揚げないヘルシー版など、日本でいう「カツ」本来の意味とは懸け離れた、イギリス独自の食べ方でも親しまれています。

特に持ち帰りのテイクアウェイ商品としては、イギリス料理の代表格「フィッシュ・アンド・チップス」と競り合うほどの人気で、まさに“新国民食”といえそうです。

海外書き人クラブ
文・写真 パーリーメイ

イギリス在住

海外書き人クラブ:https://www.kaigaikakibito.com/blog/

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