日本、カナダ、アメリカで育ち、東京大学を卒業後、「カクシンハン」でシェイクスピア俳優として活躍し、NODA・MAPの新作『フェイクスピア』にも出演した岩崎 MARK 雄大さん。英語講師も務める多才な岩崎さんに、海外での生活や帰国後のカルチャーショック、大学受験や俳優活動、英語学習について伺いました。
東京大学文学部(英米文学)卒業。NY出身。在学中より俳優として活動するほか、演劇や英語を利用した教育や国際的な社会活動にも意欲的に 取り組み 、通訳やイングリッシュコーチとしても活躍中。令和2年度神奈川県児童福祉審議会推薦図書『さくらまつ』(銀の鈴社)英訳。NODA・MAP『フェイクスピア』に出演。2021年8月には中心的な役割を担ってきたカクシンハンの『シン・タイタス ‐2038‐』への出演を控える。
https://kakushinhan.org/
日英バイリンガルのシェイクスピア俳優として演じる
シェイクスピア演劇を演じる上で、戯曲を原文の英語で読めるというのは、私の俳優としての特徴にはなっていると思います。
上演台本には日本語訳を用いますが、翻訳とは選び取る行為でもあるので、原文のどの要素を翻訳で抜き取っているかということがわかるのです。これは、シェイクスピアの全戯曲を完訳した翻訳家の松岡和子さんもおっしゃっていることですが、完全にすべてを翻訳することは不可能で、翻訳では残す要素を選ぶ必要があります。それで、翻訳と原文を比較すると、何が重視されているかといった背景が見えてくるのです。
もちろん、翻訳された日本語の台本のみに向き合って演じ、作品をつくるということでよいわけですが、それを土台としつつ、プラスアルファとして、その台本が原文から 抽出 している部分もわかるということです。オマージュの制作をする際に、オリジナルを知っている かどうか 、に近いかもしれません。
口に出して初めてわかる英語のリズム
話が少しずれますが、 『フェイクスピア』 の舞台でご一緒させていただいた川平慈英さんのセリフの強調の仕方は、日本語でありつつ、英語的ですよね。英語と同じように、言葉を短い 単位 として扱い、声の強弱で強調を表現していて、英語のようなリズムを感じます。
イギリスやアメリカでは、中学校くらいからシェイクスピア劇を習うんですよ。私も現地の学校で『ロミオとジュリエット』の原文と現代英語訳を学びました。そのときは意味を理解できずそんなに面白いとは思えなかったのですが、実はちょっと基本を知れば原文もそれほど難しいわけではありません。慣れればちゃんと理解できます。
シェイクスピアの英語と現代英語との距離は、歌舞伎のセリフと現代日本語と同じくらいの感覚です。シェイクスピアの戯曲より日本語の古文を理解する方がずっと大変だと思います。古文では主語が書かれていないことも多いですが、英語では主語はたいてい明確なので、構造として追いやすいですしね。
英語のリズムは、聞くだけでなく、自分で声に出してみると体感できます。シェイクスピアのリズムは、言っている本人が意味をわかっていなかったとしても、聞く側には耳で理解しやすかったりします。
RSC(英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)のサイトにある動画でもわかるのですが、シェイクスピアが多用している 「弱強五歩格」 のリズム、あれは心臓の鼓動なんです。タンタン、タンタン、タンタン・・・というように。実際に言ってみるとリズムが心地よく、実は日常の英語もそうしたリズムに満ちていることがよくわかります。
野田秀樹さんの新作『フェイクスピア』に出演
東京と大阪での公演を終えた、野田秀樹さんによるNODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』は、出演オファーを頂いて参加しました。実は私自身にも、どういう経緯で依頼があったのか詳細はわかっていないのですが。
おそらく、パルコ・プロデュース公演『FORTUNE』に出演したときに、NODA・MAPのスタッフさんも見に来てくださっていたので、そういった機会や、カクシンハンでずっとシェイクスピア劇を演じてきたことから、お声を掛けていただいたのだと想像しています。
『フェイクスピア』は、シェイクスピア劇と、実際にあった出来事を取り上げています。実はシェイクスピアも、事実を基にして戯曲を書いているのですよね。時事ネタとか、昔からある話へのオマージュというかアレンジとか、当時から見て近い過去の当事者や事件を題材にしたりもしているわけです。
『フェイクスピア』のテーマについてはいろいろなご意見があるかもしれませんが、実際の事件を扱う点がシェイクスピアとクロスしていると思います。未来においてこの作品はどう見られるのか、などと考えたりもしています。
野田さんとは今回の作品制作で初めてお会いしました。野田さんの演出は、ほかの出演者の方々もインタビューで語っているように、作者である野田さんのイメージから外れない範囲で自由に演じさせてもらえました。ずれたら 修正する 、という感じで。本当に意外なほど自由に。もしかしたら、今回の舞台では全体的に30代以上のベテランの俳優が多かったことも 影響 しているのかもしれません。
コロナ禍で高まる演劇の価値
コロナ禍が続いていますが、舞台活動は徐々に再開してきています。
カクシンハンは劇団からプロデュース 体制 へ移行し、プロデュース公演『シン・タイタス』 『ナツノヨノユメ』を控えています。形を変えたことで、キャスティングの幅も広がり、より多くの人に作品を届けていけるのではないかと思います。
この一年は、演劇を続けていけるのか、演劇は残るのか、と不安になり、少し弱気になってしまっていました。
でも『フェイクスピア』に出演して、野田さんとお客さんの熱気に触れて、この状況でも連日満席になって、立ち見してまで長時間鑑賞してくれて、スタンディングオベーションという事態を目の当たりにして、やはり「演劇の力」というものがあると教えられました。
これまでの生の舞台公演とは別の形であっても、観客の皆さんと呼吸を合わせて一緒に作品にするということは変わらないと思いますし、リアルな演劇の価値はかえって高まるでしょう。
昨年から映像配信が日本でもかなり普及しましたが、例えば「暗闇の中で見る」という演出は、映像で見せるのは難しいところがあります。『フェイクスピア』はWOWOWで放送予定ですが、本番前に暗闇のシーンのカメラテストをひたすらやっていて、映像で見る人は同じ暗闇を体験できないし、映像で見せるのは難しいだろうと思いました。
ただ逆に、劇場では座席によって暗闇の中で見えないものを、映像ではアップにするなど、リアルとは別の見方が可能になるとも言えるかもしれませんね。
ほかにも、生の舞台を観客たちが一緒に見ること自体に演出効果があったりします。ネタバレはできませんが、『フェイクスピア』でも、笑いが起こるシーンの後、あの場面で皆で笑ってはいけなかったのだと観客が罪悪感を抱くことが想定されるような 展開 もあります。
そうした感情を想起させる、生の舞台だからこそ成り立つ仕掛けは、映像配信での鑑賞では効果が薄れてしまいますよね。
コロナ禍で情報漬けになり、疲れて生きづらさを感じている人もいると思いますが、演劇は人間の生きる力を思い起こさせてくれます。
海外生活や俳優の経験を生かして英語を教える
俳優業のほかに、英語を教える仕事もしています。個人で教えていて、生徒さんのニーズに合わせたレッスンの計画を立てます。
生徒さんには小学校低学年の子もいますし、いわゆる「受験英語」の指導もしています。もちろん大人の生徒さんにも教えています。
お子さんですと、学校でネイティブスピーカーの先生が行う英語の授業があるけれど、ついていけなくて英語が嫌いになりそう、という状況があり得ます。その場合は、まず音からということで、フォニックス(つづり字と発音の規則性を学ぶ方法)に親しみながら、身近な物事を英語で言えるようにしていきます。
英検対策の要望も多いです。語彙をスケジュールに沿って覚えていくことや、基本的な解き方の習得、二次試験対策をします。ライティングとスピーキングでは意見を述べることが求められるので、論理的に意見を表現する練習が必要です。こうした意見表明は日本では普段あまりしませんよね。その対策をしなければならないところが、英検は面白いと思います。
英語のライティングには「型、スタイル」がありますよね。導入、本論、結論、というように。アメリカなどの学校ではその基礎を小学生のときからたたき込まれますし、私はアメリカの大学出願のエッセイでもさんざん鍛えられましたから、ライティングを教えるのが得意なのです。
出願のエッセイでは、A4の1枚で、「あなたの人生でいちばん印象的だったことを語りなさい」といった抽象的なテーマについて書くことが要求されます。その練習の過程でライティング力を磨き上げました。私自身はアメリカの大学には進学しませんでしたが、生徒さんがアメリカの名門であるプリンストン大学やスタンフォード大学に合格した 事例 もあります。
また、ライティングの訓練をすると英文構造を 把握 できるようになるので、大学受験や英検の長文読解にも役立ちますね。
中高一貫の進学校に入ったけれど思うように勉強が進まず英語に苦手意識を持ってしまった子が、アメリカに留学したり、大学の英文学科に進学したりしたケースもありました。
私が大切にしているのは、英語は単に勉強するための科目なのではなく、人に何かを伝えるためのものなんだよ、ということ。常にそのことから教えるようにしています。それは、子どもに対しても大人に対しても同じです。
大人の生徒さんの場合は本当にいろいろな学び方があって、少し特殊な例としては、演技をしている生徒さんもいます。そういう方には、ミュージカルの『RENT』や映画『プラダを着た悪魔』のセリフを教材に教えるんです。
『プラダ』は、オフィスでの言葉遣いも、友人や恋人とのカジュアルな言葉遣いも、両方学べるので人気です。実際の英語よりもだいぶ「きれい」にしたものではありますが(笑)。
中には、中学校の英語の先生もいて、小説に描かれる心情やニュアンスが感じ取れるようになりたいとのご要望を受けて、一緒に『若草物語』の原文を読んだりしています。
さらに変わったところでは、スポーツ整体を専門とする方が、海外の論文を読んだり、海外のワークショップに参加したりするために、英語のブラッシュアップを目指す場合もあります。そういう方は、専門用語は英語でも理解できますが、論文など複雑な文章の構文がつかみづらかったりするのです。
「心が動く」もの、「好き」なものを英語学習のエネルギーに
いつも思っているのは、繰り返しになりますが、英語は人に何かを伝えるためのものということです。
それに、自分の心が動かないと、単語や文法も覚えられませんし、やる気も湧いてきませんよね。でも、面白いと思ったり、衝撃を受けたりすれば、学ぼうという意欲が出てくるはずです。
モチベーションについては、学ぶ 先に 何があるのかを意識することもとても大切で、それは日本語を学ぶ外国の人を見るとよくわかります。アニメや漫画が好きという気持ちが強烈な頑張りにつながっていることも多いですよね。
最近、漫画『ONE PIECE』などのキャラクターに関する世界的なイベントで通訳を務めたのですが、そこに日本語がとても流ちょうなモロッコの方が出演していました。『ONE PIECE』が好きで日本語を独学で習得し、日本語を教えるまでになったのだそうです。
「好き」は、「英語の先生が好き」でもいいですし、学びを進めるためには、なんらかの外部刺激を受けることが大切になります。
それで思い出したのですが、俳優は体を使う職業ですから、私も身体の構造やムーブメント、身体の機能的な使い方に関心を持っています。筋肉は使い過ぎると痛くなってしまうのですが、振動する系のマッサージ器具や転がすボールで筋肉を刺激すると、体がそれに抵抗することで、筋肉がよりしなやかに動けるようになったりするのです。
抵抗を力に変え、外部刺激によって体が強くなれる。これはあらゆることに当てはまるように思います。英語学習でも、外からの 影響 をうまく利用することが大事なのです。
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